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第32話 女装男、お嬢様に怒られる。


「‥‥‥‥‥‥やっぱり、いる(・・)、よなぁ」


 自宅のマンションに帰宅すると、想像通り、玄関口には女性もののローファーの姿があった。


 ルリカにメールを送った時に、香恋が即座に反応してきたことで分かってはいたことだが‥‥中々に面倒だな。


 これからあのお嬢様に、レインのメッセージに気付かなかった件をネチネチと叱られることを考えると‥‥流石に辟易してくるものがある。


 オレはふぅと大きく息を吐いた後、靴を脱ぎ、スリッパを履いて、廊下の奥へと向かって歩いて行った。


「た、ただいま~‥‥ル、ルリカちゃん、お兄ちゃん、帰ってきたよ~」


「あっ、おにぃ、帰ってきた?」


 ひょこっと、リビングの入り口から姿を見せる、ツインテール、エプロン姿の大天使ルリカエル。


 彼女はどこか呆れた様子で笑みを浮かべると、自身の背後を指さし、口を開いた。


「香恋さん、来てるよ。おにぃのこと、ずっと待ってたんだから」


「悪い。ちょっとスマホの充電が切れて、彼女からのメッセージに気付けていなかった」


 そう言って片手を上げてルリカに謝罪した後、オレはリビングへと入る。


 するとそこには、ソファーの上に座って優雅に紅茶を楽しむ、香恋の姿があった。


 それだけ見れば、いつもの彼女らしい優雅なお茶会と言える風景なのだが‥‥香恋の眼前にあるテーブルの上には、異様な光景が広がっていた。


 何故かテーブルの上には、空になったスティック紅茶のゴミが大量に散乱していたのだ。


 ひい、ふう、みい‥‥数えるだけで、十数本くらい開けているな。


 えぇ‥‥何こいつ、もしかしてオレが留守にしていた間、延々とここで紅茶を飲み続けてたの‥‥?


 そんなに紅茶飲んでたら膀胱破裂しない? てか、夜にそんなにお茶飲んだらカフェインで眠れなくならない?


 その異様な光景にオレがドン引きし、引き攣った笑みを浮かべていると、ジロリと、香恋がこちらに鋭い目を向けてくる。


「‥‥お帰りなさい。随分と遅かったわね。いったい、今までどこをほっつき歩いていたのかしら?」


「いやー、その、連絡が遅れてしまったことについては、本当に申し訳ないと思っている。スマホの充電が切れていてな。お前からメッセージが来ていたのには、ガチでさっきまで気が付いていなかった」


「そう。それで? 九時過ぎまでいったいどこにいたというの?」


「‥‥友達の家だ」


「友達の家? まさか、その恰好で以前の学校の友人と遊んでいた‥‥とか、馬鹿げたことを言うわけじゃないわよね?」


「‥‥‥‥‥‥花ノ宮女学院の、友達、です‥‥」


「はぁ? あっ‥‥もしかして‥‥先日痴漢から助けた、あの子‥‥柊 穂乃果とかいう子の家?」


「はい‥‥」


 そう答えて頷くと、香恋は眉間に手を押さえて大きくため息を吐く。


「貴方、自分が男性だということを隠そうという気持ちはあるの? 何故、わざわざそんな危険な真似を冒したのかしら?」


「いや、その‥‥ちょっと、予期しないアクシデントに見舞われてしまってな。正常な判断が取れないほど、取り乱してしまっていた」


「予期しないアクシデント? もしかして、あの後、午後の授業で何かあったのかしら?」


 不思議そうに首を傾げる香恋にコクリと頷いた後、オレは、チラリと隣にいるルリカに視線を向ける。


 すると、その視線の意図を理解したのか、香恋はルリカに声を掛けた。


「ルリカさん、申し訳ないけれど‥‥ちょっと、今からお兄さんと二人きりでお話しても構わないかしら?」


「あっ、はい。分かりました」


「ごめんなさいね」


 ルリカはそのままスリッパをパタパタと鳴らして、自分の部屋へと帰って行った。


 その姿を見送った後、オレは香恋に視線を向けて、静かに口を開く。


「すまない。これから話す内容は、ルリカにとってはショックが大きい話だからな。こちらの意図を汲んでもらって助かる」


「構わないわ。それで‥‥何があったの?」


 オレは、午後の授業と、放課後に起こったある出来事について、香恋に詳細に説明していった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「‥‥銀城 遥希‥‥ね。まさか、あの柳沢 恭一郎に隠し子がいたなんて。全然知らなかったわ」


「その様子から察するに‥‥お前も、あの男にオレたち以外の子供がいたことは知らなかったか」


「そうね。正直に言って初耳だわ」


 そう口にすると、考え込むようにして香恋は顎へと手を当てる。


 そして数秒思案した後、顔を上げると、香恋はオレと視線を交差させた。


「柳沢くんは、銀城 遥希という生徒の素性をどこまで知っているの?」


「いや、まったく知らない。昨日、一方的に連絡先を渡されてナンパされたくらいだ。あとは、お姉さまと呼ばれていて、下級生から慕われていることくらいだな」


「そう‥‥。あの生徒は、女好きで有名だからね。過去に何名か、あの先輩とそういう(・・・・)関係になった女子生徒がいたという話は、私も聞いたことがあるわ」


「へぇ‥‥女子高ってそういうの、本当にあるんだな。てっきり漫画の中だけの世界だと思ってた」


「割と普通にあるわよ。私も中等部の頃、何名かの女の子に告白されたことがあったし」


 そう言って頭を振った後、香恋はスマホを開き、番号を打ち込んで行く。


 そして耳元にスマホを向けると、ある人物へと通話を掛けていった。


「―――――――もしもし、高杉? ちょっと頼みたいことがあるのだけれど。花ノ宮女学院にいる銀城 遥希って生徒の素性を、調べて欲しいの。‥‥え? 身柄を押さえる? いいえ、強行な手段は取らなくて良いわ。相手に気取られずに、彼女の経歴だけを洗いなさい。良いわね?」


 そう言って通話を終えると、香恋はスマホをテーブルの上に置いて、こちらへと顔を向けてくる。


「とりあえず、私の手の者に、銀城 遥希の素性を調べるよう命令しておいたから。これで、柳沢 恭一郎との繋がりが何か見えてくるはずよ」


「お前、一応、あの学校を陰から操る理事長なんだろ? あの銀城って女が入学する際に、親族関係だとかが書かれた願書とか書類だとかを受け取らなかったのか?」


「一年前、あの学校を祖父から貰い受けた時、一応、各生徒の個人情報が載った書類は受け取ってはいるわ。でも、私が記憶している限り‥‥彼女の保護者名の欄に柳沢 恭一郎の名前は無かったわね。そもそも彼の名前が何処かに書いてあったら、私が忘れるわけがないもの。記憶力には結構、自信がある方だから」


「そう、か‥‥」


 だったら、今のところ、香恋の手下からの情報に期待するしかない、か。


 オレは小さく息を吐いた後、香恋に向けて笑みを浮かべた。


「悪いな。親父の隠し子だなんて、お前にはまったく関係のないことなのに。手を煩わせしまったな」


「何を言っているの、柳沢くん。関係あるわよ。今日のお昼の職員室での騒動、見ていなかったの? 私の兄が、わざわざ柳沢 恭一郎を指名して‥‥あの学校の講師として雇えって、アポなしで突撃してきたのよ? 絶対に何か裏があるに決まっているわ。私の兄、花ノ宮 樹は、誰よりも当主の座に執着している人なの。その行動の背景に、何等かの策略を巡らせているに違いないわ」


「‥‥兄貴の策略と、銀城 遥希が何か関係がある、と?」


「兄が寄越してきた柳沢 恭一郎の周囲を警戒しなければならないのは、必然でしょ? もう既に、私は彼を兄の手先として見做している。そして、銀城 遥希も同様よ。二人がもし、こちらに対して何らかのマイナスとなる行動を取った、その時は‥‥私は、即座に奴らをこの学園から追い出してやるわ。敵には、一切容赦をしないと、そう決めているから」


 そう言って香恋は立ち上がり、スクールカバンを肩へと掛けると、こちらにキリッとした瞳を向けてくる。


「貴方は、柳沢 恭一郎に正体がバレないようにしながら、今まで通りの生活を送り、そのままロミオとジュリエットの劇で好成績を残しなさい。確か、来月末に市民館で公演するんだったっけ? 私も見に行くから、頑張りなさいよ。それじゃあ」


 そう言って香恋はそのまま、マンションから出て行ってしまった。


 後に残されたのは、スティック紅茶の残骸と、空になったティーカップだけだ。


 ‥‥あの、今からオレ、この残骸全部片づけなきゃならないんですか、お嬢様。


 きっと、あいつの家にはたくさんの使用人とかがいるのだろうが‥‥一人暮らししたとしたら、絶対、香恋の部屋はゴミ屋敷と化してしまうんだろうな‥‥と、女装男はそう思いました。


 少し、あのヤンデレお嬢様の欠点‥‥後片付けのできない性格が垣間見えました。まる。

第32話を読んでくださってありがとうございました!

よろしければモチベーション維持のために、評価、ブクマ、いいね、感想、お願いいたします!


次回も明日の八時頃に投稿する予定ですので、また読んでくださると嬉しいです!

三日月猫でした! では、また!

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