第31話 女装男、ヤンデレお嬢様に恐怖する。
穂乃果と抱き合っているところを、穂乃果の母親に見られた騒動の後。
オレは、穂乃果の家族たちと共に、一階のリビングで夕飯の席に座っていた。
「ゴクゴクゴク‥‥ぷはぁっ! いやー、さっきは誤解しちゃって悪かったねー。てっきり、うちの娘と外国人の美少女ちゃんが百合百合してるのかと思っちゃったよー! あはははは! ―――――あっ! ほらほら楓ちゃん、遠慮しないでご飯食べて食べて! 穂乃果の作ったハンバーグ、美味しいよ!」
「おいしーよ!」
「い、いただきます」
オレは、向かいの席に座る酒瓶を持った栗毛色の髪の女性――――穂乃果の母、柊 恵理子と、その隣の席に座る穂乃果の末の妹、柚希へと頷きを返し、目の前にあるデミグラスハンバーグへとナイフを通していく。
そして、ジュワッと肉汁溢れるハンバーグを一口サイズに斬り刻み、それをフォークで刺し込んで、口の中へと運んで行った。
「もぐ、もぐもぐ‥‥」
「ど、どうですか、お姉さま!?」
隣の席から緊張した面持ちで声を掛けてくる穂乃果。
そんな彼女にコクリと頷き、ハンバーグを咀嚼し、飲み込んだ後。
オレは、彼女に対して微笑みを浮かべる。
「んっ‥‥。はい、すっごく美味しかったです、穂乃果さん。お料理、お上手なんですね?」
「ほ、本当ですか!? 至らぬ点とか、ありませんでしたかっ!?」
「ありませんよ。とても素晴らしいハンバーグです」
「や、やったぁ~!! お姉さまに褒めてもらいました!! 嬉しいですぅ~!!」
頬に両手を当て、キャッキャッと喜ぶ穂乃果。
そんな彼女を微笑ましく思い、笑みを向けていると、向かいの席から穂乃果の母が声を掛けてきた。
「しっかし、穂乃果から事前に聞いてはいたけど‥‥本当、すっごい美少女ちゃんだね~、楓ちゃんは。いや、顔が整っているだけじゃないな。何か、妖しい魅力があるっていうのかな? ミステリアスな雰囲気がある子だね~、キミは〜」
「そ、そうです、か‥‥?」
「うん。良い意味で女の子っぽくない。こりゃ、男の子が苦手な穂乃果が好きになるのも頷けるな~」
「ちょ、お、お母さん!?」
「穂乃果、安心して。お母さん、百合アニメとか大好きだから。もし、穂乃果と楓ちゃんがそういう関係になっても、理解あるから。そこんとこは大丈夫よ」
グッと親指を立ててサムズアップする穂乃果の母と、そんな彼女に頬を膨らませて怒った表情をする穂乃果。
そんな仲睦まじい家族の様子に思わず笑みを浮かべていると、突如、ブレザーのポケットの中にしまっていたスマホがブブッと震えはじめた。
画面を見ると、そこには‥‥レインに新着メッセージが二件あります、との文字が。
一つ目を開くと、それは香恋からのメッセージだった。
『柳沢くん、放課後、何処かで落ち合わない? 午後の授業がどうなったのかを知りたいわ』
不在着信
『柳沢くん、柳沢 恭一郎が講師を務めた授業、結局どうなったの? 正体はバレなかったの?』
不在着信
『今、どこにいるの?』
『何でメッセージを返してこないの? もしかして未読無視、という奴かしら?』
『‥‥この、妹と抱き合う変態女装お兄ちゃんの写真、私のトイッターにアップしてしまおうかしら』
『‥‥‥‥ねぇ、見てるんでしょ? ねぇ?』
不在着信
『もしかして、私に対して何らかの抗議をしているつもりなのかしら。フフッ、この花ノ宮 香恋を敵に回すなんて、良い度胸をしているわね。そんな子供じみたことをしたところで、私が屈するとでも思っているのかしら?』
不在着信
『分かった。分かったわ。今回は負けを認めてあげる。だから、早く電話に出てちょうだい。話し合いましょう』
不在着信
『出て』
不在着信
『でろ』
不在着信
『でろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろでろ』
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥いや、普通に怖い、何なのあいつ」
穂乃果とゲームしている間、スマホの充電が切れていたから充電させてもらっていたんだが‥‥まさか、あいつからこんなヤンデレメッセージが連投されているなんてな。まったくもって気が付かなかった。
オレは香恋のレインを見なかったことにし、もう一件のメッセージを開いてみる。
すると、そこには大天使ルリカエルからの『遅いけど、いつ帰ってくるの?』の文字が。
オレはニコリと満面の笑みを浮かべ、ルリカへとメッセージを返す。
『ごめん、ちょっと友達の家に行っていたけど、充電切れてた。もうすぐ帰るよ、ルリカちゃん』
よし。これで良いかな。
オレはスマホをブレザーのポケットへと戻す。
すると、すぐにブブッとバイブの音が鳴った。
スマホを取り出し、再び画面を点ける。
すると、そこには―――――『何で妹のメッセージには返して、私のメッセージには返事しないの? ねぇ、何で?』と書かれた、香恋からのヤンデレメッセージが届いていた。
オレは思わず「ヒッ」と掠れた声を溢し、スマホを膝の上に落としてしまう。
そんなオレを不思議に思ったのか、穂乃果が首を傾げ、隣から声を掛けて来た。
「? お姉さま、どうかしましたですか?」
「い、いや、その‥‥ちょっとホラー展開が起きまして‥‥」
「‥‥ホラー展開? あっ、やっぱりさっきのバイオファーザー4、やりたいんですか!? お姉さま!!」
「いえ、絶対にやりたくありません!! ホラーモノは、あのお嬢様だけで十分です!!」
「お嬢様?」
「あ、いえ、何でもありません。何でも‥‥」
オレはそう言った後、ふぅとため息を吐き―――穂乃果が作ってくれたハンバーグを口に運んで行った。
そのハンバーグは、家庭の味がするもので‥‥何故か母を思い出すような、優しい味がした。
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「それじゃあ、楓ちゃん、またね! もう外も暗いし、気を付けて帰るんだよ!」
玄関先で、穂乃果の母―――柊 恵理子にそう声を掛けられたオレは、彼女にペコリと頭を下げる。
「夜分遅くまでお邪魔してしまって、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした、お母さま」
「迷惑だなんて、そんなことないよー! むしろ、楓ちゃんには痴漢から穂乃果を助けてもらった恩があるんだから!! これくらいじゃ、全然恩返しできていないよ! ね、穂乃果」
その言葉に、穂乃果は何処か寂しそうな顔をして、コクリと頷く。
「はい‥‥。あの、お姉さま、本当に帰ってしまわれるのですか? 今日は、事前に言っていた通り、泊って行っても良いんですよ?」
「すいません‥‥妹が、家で待っていますので。今日はとても楽しかったです、穂乃果さん。またいつか、一緒に遊びましょう」
「‥‥はい。絶対ですよ? 絶対またウチに来てくださいね!!」
「ええ。それと‥‥ありがとうございました。私、穂乃果さんのおかげで、明日から何とか頑張って生きていけそうです」
「え‥‥?」
「今日、どうしても受け入れ辛い出来事があったんですけど、穂乃果さんのおかげで、何とか飲み込めそうです。本当に、ありがとう」
穂乃果が泣き噦るオレを抱きしめてくれたおかげで、何とか心に整理を付けることができた。
もう、あのクソ親父にも、銀城先輩の姿にも、心が揺らぐことはない。
オレには、ルリカがいる。そして、オレには――――大事な友達の、穂乃果がいる。
だから、これから先も如月 楓は、花ノ宮女学院の生徒として生きていくことができるだろう。
投げやりになって全てを投げ出そうだなんてバカな考えは、もう、頭にはない。
オレは、オレらしく、生きていく。
もう、迷いなんてない。
「では、穂乃果さん、さようなら。また、明日」
「は、はいぃ‥‥また、明日ですぅ‥‥」
オレは穂乃果にそう別れを告げ、庭を歩いて行く。
ふと、横を見ると、そこには‥‥月明かりに照らされている夜桜の姿があった。
こちらを優しく見下ろしている夜桜に笑みを浮かべ、オレは前を向き、まっすぐと歩いて行く。
役者として再スタートをきったが‥‥親父にも、茜にも、敗けてたまるものか。
オレは元来、負けず嫌いな性格なんだ。だから―――だから必ず、いつかあいつらに目にもの見せてやる。
如月 楓の演技を楽しみに待っていろ、天上にいるスターども。
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去って行った金髪の少女の後ろ姿を見て、穂乃果の母、恵理子は小さく微笑む。
そして彼女はぽそりと、誰にも届かない声量で、小さく呟いた。
「‥‥‥‥フフッ、あの子は‥‥あんたの若い頃に本当にそっくりだね、由紀」
「? お母さま? 何か言いましたか?」
「いいや、何でもないよ。ふぅ、今日は気分良いし、もう一本、お酒の蓋開けよっかな~~!!」
「駄目ですよぉう! お医者さんに止められていたでしょう!?」
「ケチケチ言わないの、穂乃果ちゃん。今日は亡くなった旧友の子供に会えて気分良いんだから」
「旧友の子供‥‥? って、誰のことですか??」
「何でもないよ~ん」
そう言うと、カラカラと笑い、恵理子は家の中へと帰って行った。
第31話を読んでくださってありがとうございました。
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