第28話 女装男、男性恐怖症の少女の家を訪問する。
目の前に聳え立つ、一戸建ての家屋を眺める。
周囲の住宅街にある新築の家々とは異なり、眼前にあるその家は二階建ての古い日本家屋の造りをしていた。
門の向こうに広がる前庭には手入れされた花畑があり、ピンク色の芝桜がグラウンドカバーのように一面に広がっているのが見て取れる。
庭木にあるシンボルツリーと思われる桜の古木――ソメイヨシノは鮮やかに咲き誇っており、さながらそこはピンク一色の世界が続いていた。
そんな美しい前庭の風景をボーッと眺めていると、穂乃果が門を開けて、こちらにニコリと微笑みを向けて来る。
「どうぞ、上がってくださいです、お姉さま~~」
「お、お邪魔しま‥‥す‥‥」
穂乃果に導かれ、石畳を踏み歩き、日本庭園の中を歩いて行く。
キョロキョロと辺りの風景を眺めていると、目の前を歩いている穂乃果が肩越しにクスリと笑い声を溢した。
「さっきから頻りにお庭を見ていらっしゃいますが‥‥お姉さまはお花がお好きなのですか?」
「そ、そうですね。華道をやっていた時期がありましたので、花には少しだけ、知識があるんです」
「お姉さまが華道‥‥っ! お花を生けられている御姿がすっごく、想像ができます~! 素敵ですぅ~っっ!」
振り返ってキラキラとした目を向けてくる穂乃果に、あはははと、引きつった笑みを浮かべる。
そしてオレは巨大な桜の木の前で立ち止り、夕陽によって紅く照らされているソメイヨシノを見上げて、ぽそりと小さく呟いた。
「‥‥‥‥‥‥桜‥‥」
「? 桜がどうかしましたです?」
「あ、いえ。その‥‥桜は、亡くなった母がとても好きな花だったんです」
「え‥‥?」
「イギリスの病室で、母はいつも、遠く離れた母国にある桜の写真を見つめていました。いつの日か必ずもう一度、桜を見に行く。―――というのが母の毎度の口癖でした」
「そう、だったんですか‥‥」
「はい。だから私は、幼い頃、ロンドンの外路に生えていた桜とそっくりの花――アーモンドの花を摘み取って、桜と偽り、母の元へと持って行くことにしたんです。そしたらもう、母はカンカンに怒ってしまって。『桜のガチ勢である私を騙せると思ったか、悪ガキめ』と言われ、頭に強烈なチョップを食らわせられましたよ」
そう言って目を伏せた後、オレは頭を左右に振る。
そして瞼を開け、悲しそうな表情をしている穂乃果へと静かに声を掛けた。
「申し訳ありません。突然、こんな自分語りをしてしまって‥‥。私、やっぱり変ですね。今日はこのまま帰った方が良いのかもしれませ――――」
「どんなことでも、話してください」
「え‥‥?」
「私、もっとお姉さまのことが知りたいのです。ですから、遠慮なくお話してください。どんな食べ物が好きなのか、どんな動物が好きなのか。好きなテレビや、好きな漫画。今日は、お姉さまのことを全部、この穂乃果に教えて欲しいのです。そうだ、夜通し、女子会を致しましょう! 枕を一緒に並べてお友達とお話するの、したことなかったから夢だったんですよぉう~!」
穂乃果はそう口にして優しく微笑むと、可愛らしい熊のマスコット人形が付いた鍵を鞄から取り出し、玄関の施錠をガチャリと解いた。
そして振り返ると、彼女は目を細めて、オレに向かって手招きしてくる。
「さささっ、お姉さま! 粗末な家ですが、どうぞ、いらしてくださいですっ!」
「ですが‥‥その、やっぱりご迷惑かと‥‥」
「良いから、ほら、早く来てくださいですぅっ!」
オレはそのまま穂乃果に手を引っ張られ、彼女に自宅の中へと、半ば強引に連れていかれたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お姉ちゃん、おかえりー」「おかえりーねーちゃーん」「おかえいー!」
「ただいまですよぉー。灯、浩人、柚希ー」
家に入ると、廊下の奥から三人の幼い子供たちが姿を現した。
その中で最年長と思しき小学校高学年くらいの少女―――お団子頭をひとつ結すんだ穂乃果そっくりの顔をした女の子が、キョトンとした表情で、オレに声を掛けてくる。
「お姉ちゃん、この人、誰?」
「この人は、お姉ちゃんのお姉さまです!」
「んー? お姉ちゃんの、お姉さま‥‥? うちにはもう一人、お姉ちゃんがいたってことー?」
「そういうことですっ!」
「いや、穂乃果さん、違うでしょう‥‥」
穂乃果にそうツッコミを入れた後、オレは栗毛色の髪のお団子少女へと腰を屈めて目線を合わせ、声を掛けてみる。
「初めまして。私は、お姉ちゃんのお友達の如月 楓、と申します」
「お友達‥‥。そっか、お姉ちゃん、さっそく新しい学校でお友達ができたんだね。あっ、私は妹の柊 灯って言います。それで後ろに隠れてるのが弟のヒロトと、妹のユズキです」
「‥‥こ、こんにちわ」「こんにちわー!」
何処か照れた様子の小学校低学年くらいの男の子と、明るく挨拶してくる元気いっぱいの幼稚園生くらいの幼女。
オレはそんな彼女たちに「こんにちわ」と挨拶を返し、笑みを向ける。
そして、隣にいる穂乃果に顔を向け、口を開いた。
「驚きました。穂乃果さんは長女だったんですね?」
「あ、あははは‥‥よく、末っ子っぽいとか言われますが、はい、私、実はお姉ちゃんなのですよぉ~。‥‥そういえばお姉さまは、確か‥‥お兄さんと妹さんがいらっしゃるんでしたよね?」
「いえ、私に兄はいませんよ?」
「え? でも先日、レインのヘッダーの写真に、お兄さんと妹さんが映っていたって、陽菜ちゃんが言ってましたよね?」
「‥‥‥‥あ゛。そ、そうですね。私には兄がいます! 妹です、私は!」
急いで訂正すると、穂乃果はクスリと笑い声を溢した。
「お姉さまはむしろ、長女っぽいイメージがありましたが‥‥真ん中なんですね。意外ですぅ。私はその、お兄さんが映っていたレインの写真を見てませんが‥‥お姉さまのお兄さんは、どんな人なんですか? 陽菜ちゃんはしきりにかっこいいと言っていましたが」
「そ、そうです、ね‥‥一言で言い表すならば、シスコン? ですかね‥‥?」
ルリカ教の大司教であるから、間違いはない。うん。
「なるほど。確かにお姉さまみたいな綺麗な妹がいたら、お兄さんがシスコンにもなるのも頷けますね~」
実はシスコンしている側なんだが‥‥そんなことは、口が裂けても言えないな。
「と、いうか‥‥」
今更だが‥‥冷静に考えて、オレ、穂乃果の家にいるのはかなり不味い状況なんじゃないのか?
オレ、中身はれっきとした男の子ですよ? それが、女装して男性恐怖症の女子の家に来てるって‥‥何それ、どんな変質者なんだ? オレは‥‥。
親父との騒動があったせいで、気が動転しすぎて周り見えなくなりすぎてるだろ。
「す、すいません、穂乃果さん。ここまで来て何ですが、やっぱり‥‥今日は帰らせていただきます。妹も家で待っていますし」
そう言って踵を返し、玄関の方向に向かおうとすると、後ろから手首を握られた。
振り返ると、そこには満面の笑顔の穂乃果の姿が。
「お姉さま~? 逃がしませんよ~? 今日は女子会をするんです。決定です」
「え、ちょ、え、えええっ!?」
そのまま穂乃果に手を引っ張られ、オレは半ば無理やり、二階へと連れていかれるのであった。
第28話を読んでくださってありがとうございました。
よろしければ、モチベーション維持のために、評価、ブクマ、いいね、お願いいたします。