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第27話 女装男、意気消沈する。

「そこにいる巨人女は、オレの娘なんだよ、如月」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はへ?」


 その衝撃の発言に、オレはただただ茫然と立ち尽くし―――パチパチと目を瞬かせることしかできなかった。


 そんな困惑するオレを他所に、銀城 遥希はこちらに顔を向けると、豊満な胸に手を当てニコリと微笑みを浮かべる。


「君は確か、昨日、廊下で会った‥‥女優科の新入生、如月 楓さん、だよね?」


「は、はい、そうです、銀城先輩」


「名前、覚えててくれたんだ! 嬉しいな! ―――てっ、そうだ! 楓さんっ! 何で昨日、レインにメッセージ飛ばしてくれなかったのかな!? 僕、昨晩は君からの連絡をずっと待ってたんだよ! 連絡先、ちゃんと渡したよね!」


「え、えぇっ!?」


 そ、そういえば、昨日、この女から連絡先とか言って紙切れ渡されていたっけな。


 もしかして、あれ、社交辞令とかじゃなくて本当に連絡してこい、ってことだったのか‥‥?


 プクッと頬を膨らませて可愛らしく怒っている先輩の様子に、首を傾げていると――恭一郎が横から声を掛けてきた。


「気を付けろよ、如月。そいつは性別は女だが、中身は男そのものだ。遥希にとって恋愛の対象は女性だけで、男は興味の範疇外。油断してっと、すぐにお持ち帰りされて喰われちまうぜ? クククッ」


「父さん、勘違いされるようなことを言わないで欲しいな。僕は女性なら誰でも良いというわけではないよ。僕は、綺麗な顔の女の子が好きなんだ」


「父、さん‥‥?」


 そ、そうだ、このデカ女が柳沢 恭一郎の娘って、いったいどういうことなんだよ!?


 あのクソ親父の実子は、オレとルリカしかいないはずだ。


 それなのに、娘‥‥? 


 当然だが、あいつが再婚したなんて話は聞いたことはない。


 恭一郎が再婚なんてしたら、すぐさまゴシップ記事にすっぱぬかれて、日本中のテレビで騒がれていることが間違いないからな。


 それ故に、再婚相手の連れ子、という可能性も低い。


 だったら、こいつはいったい‥‥こいつはいったい、何なんだ‥‥? 


「そういえば、さっきここに来る時に耳に入って来たんだけれど‥‥父さんと楓さん、一緒にご飯に行くんだってね? だったら僕もついて行こうかな。ね、良いよね?」


「お前‥‥いつもだったら食事の席には面倒くさがって来ないくせに‥‥どうせ如月が目当てなんだろ?」


「さて。どうだろうね」


「頼むから、オレの教え子に手を出すとかはやめてくれよ? 娘と教え子がドロドロな関係とかになったら、これから講師としてやっていくのが気まずくなるだろうが」


 その言葉に、目を細め、フフンと鼻を鳴らす銀城先輩。


 そんな彼女の姿に、困ったように後頭部を掻く恭一郎。


 オレはそんな仲睦まじい二人の姿を、どこか冷めた気持ちで見つていた。


(‥‥オレとルリカを捨てたくせに‥‥その得体の知れない女にはちゃんと父親をやっているんだな、クソ野郎)


 オレが10歳の時、母さんは病気で亡くなった。


 その一か月後に、あの男はオレたち兄妹に「これからは花ノ宮家の世話になれ」とそう一言だけ告げて、家を出て行った。


 元々、父親に対しては良い印象は無かったと思う。


 家には滅多に帰って来ないし、たまに帰ってきたと思ったらガキにするとは思えないスパルタな指導をオレに課してくるし、もう、子供ながらにどうかしてんじゃねぇのかこいつ、と、いつも思っていたからな。


 だけど、母さんは父さんのことをけっして悪くは言わなかった。


 母さんはオレが親父の悪口を言うと、いつも―――『父さんはひねくれものだからね、素直じゃない人なの。だから、家にはいないけれど、あの人はいつも見えないところで私たちのために頑張っているのよ』―――と、口癖のように言っていた。


 母さんのその言葉を、オレは子供の頃、ずっと信じていた。


 父は見えないところでは、ちゃんと、オレたち家族を愛しているんだって。


 親父を嫌いながらも、そう、頑なに信じていた。


 でも―――――それは、勘違い、だったんだろうな。


 あの時、何も言わずにオレたち兄妹を捨てた父親の姿と、今の、どこの誰かも分からない女を娘として可愛がっている父親の姿を見て、オレはそう、確信を抱いた。


 ルリカには娘としてろくに接していなかったというのに、他の女を娘として可愛がっているこの男に、憎しみに近い何かを抱いてしまっていた。


「‥‥‥‥てなわけで、如月、このバカ娘も来ることになったが、構わないよな? これから一緒に、レストランにでも―――――――」


「申し訳ございません。急用を思い出しました。‥‥失礼致します」


 そう言ってオレは深く頭を下げると、静かに練習室から出て行った。


 背後から、動揺した様子の恭一郎と銀城先輩の声が聴こえてくるが――振り返ることはしない。


 オレが愛すべき家族は、この世界でたった一人、ルリカだけだ。


 人を好きになっても、人を愛しても、どうせすぐに裏切られる。


 親愛の情を抱いていても、父のように、突如として目の前からいなくなってしまう。


 母のように‥‥いつの日か必ず、死んでしまう。


 だったら、愛する人は少ない方が良い。


 孤独こそが人を強くする。


 だからオレは、母が亡くなったあの日―――他人を愛することを諦めたんだ。


 香恋がどうなろうが、穂乃果がどうなろうが、茜がどうなろうが、正直どうでも良い。


 オレにとって大事なのは、自分とルリカが幸せになること。ただ、それだけだ――――――。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 実習棟から出て、校舎へと向かうと、連絡通路の入り口の前に穂乃果の姿があった。 


 恐らく、オレが練習室から出てくるのを待っていてくれたのだろう。


 彼女はオレの姿を確認すると、こちらに手を振って駆け寄り、笑みを浮かべた。


「あっ、お姉さ――――――」


 だが‥‥オレの顔を見て、すぐに、彼女はギョッと驚いた表情を浮かべ始める。


「え‥‥? お、お姉さま‥‥ですよね? な、何かあったんですか?」


「何か‥‥とは、なんでしょうか、穂乃果さん」


「すごく、怒った顔をされています。大丈夫‥‥ですかぁ?」


「怒っている? 私が、ですか?」


 廊下の窓に、そっと視線を向けてみる。


 するとそこには、いつもの―――無表情でジト目をしているオレの顔があった。


 オレは、感情が顔に出ることが殆どない。


 なのに、何故、穂乃果はオレが怒っていると思ったのだろうか。


 再び穂乃果へと視線を向け、オレは首を傾げ、口を開く。


「今の私が、怒っているように見えますか?」


「はい‥‥見えますぅ‥‥」


「そうですか‥‥」


 表情筋のコントロールや感情の操作といった技術は、子役時代からの癖で、常に表に出ないように鍛えていたんだが‥‥穂乃果に見破られてしまうほど、今のオレは感情が表に漏れてしまっていたのだろうか。


 オレはふぅと短くため息を吐き、頭を左右に振る。


 そしてその後、そのまま穂乃果の横を通り過ぎ、静かに連絡通路へと歩みを進めて行った。


 そんなオレの背後を、穂乃果も無言でついて来る。


「‥‥」


「‥‥」


 お互いに中庭を見つめながら連絡通路を歩いていると、タイミング悪く、ポツリポツリと雨が降り出してきた。


 オレはてのひらを広げ、空から降ってきた雨粒を無表情で見つめる。


「――――――困りましたね。傘を、持ってくるのを忘れてしまいました」


「‥‥」


「まぁ、たまには雨に打たれて帰るのも良いですかね。今日は、そういう気分でもありますし‥‥」


「あ、あのっ、お姉さまっ!!!!」


 背後から飛んできたその大きな声に振り返り、穂乃果に視線を向ける。


 すると、彼女は眉を八の字にし、身体をプルプルと震わせながら口を開いた。


「きょ、今日、その、ええと、その‥‥」


 ごにょごにょと言い淀んだ後、意を決したのか、穂乃果はこちらにまっすぐと視線を向け、大きく開口する。


「そのっ、きょ、今日、私の家に泊まっていきませんかっ!? お姉さまっ!!」


「え‥‥?」


「お馬鹿な私には、練習室に残った後、お姉さまの身に何があったかは分かりません!! でも、でもでも‥‥私、お姉さまがそんな苦しそうなお顔をされているのは、その、とっても辛くて‥‥で、ですから、穂乃果は、今朝のお礼をしたいんですよぉう!! お姉さまが元気が出るように、精一杯お料理とか作りたいんです!! い、いかがでしょうか!?」


 顔を真っ赤にしてそう訴えてくる穂乃果の様子に、オレは思わずクスリと、笑みを浮かべてしまっていた。

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