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第26話 女装男、衝撃の事実を知る。


「‥‥‥‥柳沢先生。その決定には、流石に異議を申し立てるわ!! その女は、全然、演技の技術力が足りていなかった!!!! それなのに、このあたしを差し置いて主役に確定、ですってぇ!? ただの素人が!? 絶対におかしいと思います!!!!」


 茜はそう叫ぶと、瞳の端に涙を貯め、物凄い形相で恭一郎を睨みつける。


 恭一郎はというと、そんな彼女の様子にやれやれと頭を振り、どこか呆れた様子で口を開いた。


「月代。お前もこいつを見ていたから分かると思うが‥‥如月は確実に素人ではない。基礎はちゃんとしているし、演技の節々には、知識、経験の深さが垣間見える。過去、実力のある役者に稽古を付けてもらっていたのだろう。まだ拙い部分はあるが、そんじょそこらの新人役者よりは、演技力がある」


 ご明察。まぁ、その師匠ってのは、あんたなんだけれどな、親父殿。


 さり気なく父の横顔をチラリと伺っていると、前方から茜のくぐもった声が聴こえてきた。


「‥‥‥‥確かに。確かに、あたしにもそれくらいは分かっています。如月 楓の演技が、けっしてズブの素人のものじゃないことは‥‥。でも、でも、あたしは絶対にそいつを認められません! あんなふうに自己中心的かつ、脚本を無視した演技で、このあたしに勝つだなんて‥‥技術は間違いなく、あたしの方が上だったのにっ!!」


「そうだな。技術力でいえばお前の方が圧倒的に上だ。だが‥‥如月には、観客を魅せる力がある」


「魅せる、力‥‥?」


「そうだ。‥‥なぁ、月代、才人と天才の違いって何か知っているか?」


「え‥‥?」


「才人は、歴史を学び、先人の道を忠実に(なぞら)えて行く。だが天才は、暗闇の中、自分の力のみで新たな道を切り開いていくものだ」


 そう口にした後、恭一郎は、ただ黙ってこちらを見つめている女優科のクラスメイトたちの前に立つ。


 そして、生徒全体に向けて、大きく開口した。


「‥‥‥‥今一度、女優科の生徒たちに問おう。先ほどの如月の演技と、月代の演技、どちらが皆の心に響いたものだったか。如月の演技が良かったと思うものはその場で挙手して欲しい」


 その言葉に、恐る恐るといった様子で、生徒たちは手を上げ始めた。


 ひい、ふう、みい‥‥いや、数えるだけ無駄か。


 なんと、女優科のクラスの大半の生徒たちが、挙手していたのだった。


 その光景に、茜はギリッと悔しそうに歯を噛み締める。


「‥‥こんなの、こんなの認められないっ‥‥。同世代であたしを超えることができる役者は‥‥あいつだけ‥‥柳沢 楓馬だけよっ!! あいつ以外に、このあたしが敗けるなんてあり得ない!! あの男以外に、あたしが敗けるだなんて、許されないっっ!!」


 そう言って髪を掻きむしると、茜はギロリとオレを睨みつけてくる。


 ‥‥五限目が始まる前までは、まるでオレのことなんて、気にも留めていない様子だったのにな。


 今のあいつは、完全に、オレのことを『敵』として認識している様子だった。


「如月 楓‥‥誰が認めようとも、あたしは、あんたの演技は認めない。あんたなんかフーマの演技に比べたら全っ然、輝いてなんかいないんだから。同世代の中で彼の隣に立つに相応しい女優は、あたししかいないのよ!! 絶対に、あんたなんかじゃない!!」


 猛獣のようにガルルルルと唸り声を上げ、こちらを睨みつけてくる茜。


 その鋭い眼光に、オレは思わず「ヒッ」とか細い声を漏らしてしまう。


 ‥‥あの、普通におしっこ漏らしてしまいそうなのでやめて欲しいところです。


 女の子にそんな目つきで睨まれたことは一度も無いので、すんごい恐ろしいです、はい‥‥。


「―――――と、まぁ、こんな感じでジュリエット役は決まったが、ロミオ役のオーディションはまだ残っている。ジュリエット志望の奴には申し訳ねぇが‥‥ペアでの審査を再開させてもらうぜ。次、13番目のペア、前へ出て来い」


 そうしてオーディションは再開され、オレと穂乃果は列へと戻って行った。


 ‥‥その間も、茜はオレを睨みつけ続けていた。


 いや、オーディションが終わりを告げるまで、あの女はずっとオレに対して唸り声を上げていた。


 何なの‥‥ここまで敵意向きだしにされたことあんまりないからめっちゃ怖いわ、わたくし‥‥。


 マイゴッドルリカちゃん。どうかお兄ちゃんをあの悪魔からお守りください。ルーリカ(アー〇ン的な祈りの何か)。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ということで、オーディションの審査の結果、ロミオ役を月代 茜さん、ジュリエット役を如月 楓さんに担当していただくことになりました。みなさん、彼女たちに拍手をお願いします」


 我妻先生の言葉にパチパチと拍手が鳴り響く中、女優科の生徒たちの前に立ったオレは、ペコリと頭を下げる。


 そんなオレに対して、一緒に立っている茜が、隣から鋭く睨みつけてきてきた。


「ガルルルル‥‥」


 まるで血に飢えた猛獣のように牙を見せ、鋭い眼光で睨めつけてくる茜さん。


 悪魔のような形相をしている彼女に対して、オレは意を決して声を掛けてみることにした。


「あ、あの、月代さん、そんなに睨まないでください‥‥」


「嫌よ。あたし、あんたのことが大っ嫌いだもの」


「で、ですが、これから二人で主演を務めるわけですし、あまり険悪なままというのも‥‥」


「い・や・よ。何ならジュリエットを食い殺す勢いで、ロミオを演じてやるわ」


「いや、もうそれ、物語として破綻しますからね!? 恋仲にならなければ、モンタギュー家もキャピュレット家も一生抗争しているだけの家同士になりますからねっ!?」


「‥‥‥‥フン」


 茜はそっぽを向くと、不機嫌そうに唇を尖らせた。


 ‥‥いやー、何となくは分かってはいたが、ロミオ役は茜になった、かぁ‥‥。


 というか、最初はペアで主役ヒロイン役に抜擢されると思っていたのに、結局、個人間での審査になったのはどうなのだろうか‥‥まぁ、あの親父のことだから、気分次第でオーディションの形式がコロコロ変わるのも仕方がない、か。


 オレは大きくふぅと息を吐く。


 すると、茜はまっすぐと前を見つめたまま、隣から静かに声を掛けてきた。


「‥‥‥‥あたしにとって、あんたは単なる壁でしかない。あたしの目指す最大の敵はフーマよ。あなたなんかじゃない」


「フーマさん、ですか。先ほども仰っていましたが、柳沢 楓馬さんというのは、月代さんにとってどういう存在の方なのですか?」


「あんたなんかに話してやる義理はないわ」


 そう口にした後、茜はオレに対して無視を決め込み、口を閉じた。


 茜が何故、そこまでオレに執着しているのかを知りたかったのだが‥‥今のめちゃくちゃ嫌われている如月 楓が聞きだせるはずもない、か。


 その後、鐘の音が鳴り響き、七限目の授業は終わりを告げた。


 我妻先生の解散の合図と共にゾロゾロと列を成し、女優科の生徒たちは雑談を交わしながら練習室から出て行く。


 そんな彼女たちの列に続こうと歩み始めた、その時。


 突如、背後から声が掛けられた。


「――――――如月。少し、良いか?」


 背後を見ると、そこにはクソ親父、柳沢 恭一郎の姿が。


 彼はオレの姿をジッと見つめると、何処か困惑した様子で口を開いた。


「‥‥やはり、似ているな。他人の空似、なんてレベルじゃねーな、こりゃ‥‥」


「似ている‥‥? 何の話ですか?」


「いやな、オレの亡き妻とお前さんが、めちゃくちゃ瓜二つに似ていたからよ。ちょっと驚いてたんだわ、さっきから」


「‥‥え゛」


 か、母さんに似ている、だと‥‥? 


 いや、それはオレも初めて女装した日に思ったことはあったが、流石に女子高生に扮するほど若いイメージは無かったぞ?


 瓜二つなんて言えるほど似ては――――あぁ、そうか。


 親父は、大学生の頃の‥‥若い頃の母さんを知っているんだもんな。


 なるほどなるほど‥‥って、待て待て待て、それって今、結構ピンチなんじゃねーのか? これ?


 母さんに似ている=血縁者=息子、って解答にならないか!? 大丈夫なのか、これ!?


 内心で慌てふためいていると、恭一郎はフッと柔らかい笑みを浮かべ、再び開口する。


「‥‥‥‥如月。お前、まさか花ノ宮家の血縁者、ってことはねぇよな?」


「い、いいえ、違います、が‥‥」


「そうだよな。妻とは髪の色も瞳の色も違うし、そもそも花ノ宮家に異国の血が混じっているだなんて聞いたこともないし。ただの偶然なのだろうな。‥‥まったく、その顔を見ているとどうにも落ち着かなくなってくるぜ。思わず涙腺が緩んできやがる」


 眼がしらを押さえて、瞳を潤ませ始める恭一郎。


 オレはそんな彼に優しく微笑み、口を開いた。


「そんなに大事な方、だったんですね」


「あぁ。オレにとって由紀は‥‥妻は、何よりも大事な存在だったからな。マイゴッドユキと呼んで、遺影を祭壇に置き、女神として崇めていたくらいだ。ガッハッハッハッ!!」


「‥‥‥‥」


 親父はよく、自分が生涯で愛する女性は母さん一人だと、口癖のように言っていたからな。


 オレたち兄妹は捨てたが、母さんだけは大切だった‥‥それだけは、奴にとって真実なのだろう。


「やっぱり、奥さんはとても‥‥大切な人だったんですね」


 そう言って首を傾げ、ニコリと微笑む。


 すると恭一郎は突如ギョッとした顔をし、固まった。


「? どうかなされましたか?」


「あー‥‥い、いや、何でもない。‥‥クソッ、顔が似ているってのも、困ったもんだな」


 そう言ってコホンと咳払いすると、恭一郎は椅子に掛けてあったジャケットを手にとり、肩に掛ける。


 そして、胸ポケットから煙草を取り出すと、オレに対してニコリと微笑んだ。


「如月。今からオレと雄二はメシを食いに行くんだが、お前も来ないか?」


「え? 私も、ですか‥‥?」


「あぁ。オレはてめぇが気に入った。おっと、勿論、役者としてだぜ? ガキに手を出すほど、オレの人間性は終わってないからな。どうだ?」


 基本的に人間嫌いが激しいこの男が、出逢ったばかりのオレをメシに誘うなんて‥‥珍しいこともあったものだな。


 まぁ、悩む必要なんかないな。すぐに断るのが正解か。


 オレの正体を知るこいつの側には、なるべく長く居ない方が良いに決まっている。


「申し訳ございません、せっかくのお誘いですが、遠慮させてもら―――――――」


「父さん! 講師になったっていうのは、本当だったんだね!」


 突如バンと扉が開け放たれ、練習室の中に180cmはあろう長身の女子生徒が入ってくる。


 その女子生徒は、先日出会った‥‥ショートカットのイケメン女、銀城 遥希、だった。


「貴方は‥‥」


「あれ、君は‥‥?」


 互いに目が合って、数秒の間固まっていると、目の前にいる恭一郎が疲れたようにため息を吐く。


「‥‥‥‥遥希か。ったく、めんどうな奴が来たもんだな」


「めんどうな奴って何だよ!? 父さん(・・・)!!」


「父、さん‥‥?」


 オレの疑問の声に、恭一郎は何処かげんなりとした様子で口を開いた。


「あぁ。そこにいる巨人女は、オレの娘なんだよ、如月」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はへ?」


 その衝撃の発言に、オレはただただ茫然と立ち尽くし―――目をパチパチと瞬かせることしかできなかった。


第26話を読んでくださってありがとうございました。

作品継続に繋がりますので、よろしければ、評価、ブクマ、お願いします。

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