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第24話 女装男、ロミオを演じる。


 ――――――オレが役者を始めたきっかけ。


 それは、病気の母を喜ばせたかったからだった。


 母さんは、いつも薄暗い病室の一室でテレビを見ていた。


 滅多に帰って来ない父親を画面越しに見つめて、母はいつも楽し気に笑っていた。


 多分、その姿を見て、オレは悔しく思ったのだと思う。


 何でここにいない親父に対して、母さんは笑顔を浮かべられるだ、って。


 何でここにいるオレじゃなく、あの好き放題やっている親父が母さんを笑わせられるんだ、って。


 オレはシスコンでもあり、マザコンでもあったのだ。


 だから「母さんの一番は僕のはずだ」って、そんなしょうもない対抗意識を燃やして、オレは役者の世界へと飛び込んで行ったんだ。



 『―――――楓馬。また賞を取ったんだってね? 流石はお父さんの息子ね。やっぱり、血は争えないみたいね』



 日本からイギリスに帰り、たくさんの賞状を抱えて母の元へと向かうと、母さんはいつも‥‥ベッドの上からオレの頭を撫でて、そう、声を掛けてきた。


 それが、とても嬉しかった。


 オレも母さんを笑顔にできるんだって、そう思ったから。


 オレは、大切な人の笑顔が見たくて役者となった。


 ただただ人を喜ばせたくて、この道を選んだんだ。


 何か特別な賞を目指しているとか、役者として大成してやろうだとかは、別段、そんな大それた目標は何も持ってはいない。


 オレは、画面の向こう側にいる誰かを喜ばせたかった。ただ、それだけだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「出席番号6番 如月 楓です」


「しゅ、出席番号22番 柊 穂乃果ですぅ!」


 そう言って、12番目のペアであるオレと穂乃果は、パイプ椅子に座る審査員の講師二人に頭を下げる。


 そして顔を上げ、オレは久しぶりに、父の顔を間近で視界に納めた。


(‥‥変わらないな。いつも自信に満ちた笑みを浮かべ、常に他人を挑発しているような佇まいをしている‥‥本当に、ムカつく野郎だ)


 ―――――オレは静かに瞼を閉じる。


 今からオレがするのは、『演技の重ね掛け』だ。


 【柳沢 楓馬】としてロミオを演じるのではなく、女性の【如月 楓】として、ロミオを演じる。


 心から女性に成り切り、演技の節々に女らしさを発露させ、衆目に『女性』を意識させる。


 普通、男役を演技するのであれば、観客に女性らしさを見せるのはタブーだろう。


 だが、オレは敢えてそのタブーを侵す。


 何故なら今回のオレにとっての目的は、オーディションに合格することではなく、あのクソ親父を騙しきることだからだ。


「‥‥‥‥」


 目を開ける。


 そして、オレは妖艶に微笑み、父親と対面した。

 

「――――これからオーディションを開始します。ロミオとジュリエットが橋の上ですれ違い、その後、キャピュレット家の舞踏会で再会するシーンを演じてください。制限時間は30分間です。では、スタートします。始めてください」


 我妻先生のその言葉に、オレと穂乃果は向かいあった。


(‥‥大丈夫です、穂乃果さん。私の目だけを見て、演技をしてください)


 そう小声で声を掛けると、穂乃果は胸に手を当ててコクリと小さく頷いた。


 男性恐怖症の彼女には、事前に、オレの目だけを見つめて演技するように指示を出しておいた。


 本来であれば、この橋ですれ違うシーンで、向かい合って演技するというのはおかしなところではあるのだが‥‥彼女の視界に男性である講師の二人がちらついては、穂乃果は演技どころじゃなくなるからな。


 この立ち位置は恐らくオーディションにとってはマイナス評価になるだろうが、今のところ男性恐怖症に対する最善策はこれしかないのだから、仕方がない。


「スゥ―‥‥ハァー‥‥」


 静かに深呼吸した後、穂乃果は目を細め、淑女然とした貴族の少女を演じ始める。


「‥‥アディジェ川は今日も素敵な川面をしているわね。うん、とても良い朝だわ。あら、あそこにおられる方、何処か沈んだお顔をしていらっしゃいますわね。どうかしたのかしら‥‥」


「はぁ‥‥」


 大きくため息を吐き、オレは川面を見つめ、憂いた表情を浮かべるロミオを演じる。


 ここで、本来であれば、語り部であるロレンス神父のナレーションが入る。


『この橋の上で、二人は初めて出逢った』

 

『青年は鬱屈とした様子で水面を見詰め、少女はそんな彼を遠くから不思議そうな様子で見つめていた』


『青年が人の気配に驚いて顔を上げたとき、互いの目が深く吸い寄せられ―――時が止まったかのように、ただ静かに、ロミオとジュリエットはお互いの目を見つめ合っていた』


『青年の名はロミオ、少女の名はジュリエット』


『これから始まるのは、けっして叶わぬ恋に落ちてしまった、悲しい恋人たちの物語』


『どうか皆さま、二人の愛の物語を、最後まで見届けてください―――――』



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《柳沢 恭一郎 視点》


 場面は、キャピュレット家の舞踏会でのシーンに変わっていた。


 橋でのすれ違いの後、舞踏会で再会を果たしたロミオは、ジュリエットへとダンスの誘いを持ちかける。


「すいません、踊って下さいますか?」


「はい、喜んで」


 手を取り合う二人。


 ジッと見つめるロミオに対して、ジュリエットは首を傾げ、静かに口を開く。


「あの‥‥? そんなに見つめられて、どうかしましたか?」


「いえ。貴方は覚えていないかもしれませんが‥‥僕たちは以前、会ったことがあるのですよ。アディジェ川に掛かる、橋の上で」


「フフッ、覚えているわ。確か、三日前に憂いたお顔で川を見詰めていたお方、ですわよね?」


「あぁ、覚えていてくれたのですか! 嬉しいなぁ! 僕は、あれからあなたのことばかりを考えて、追い掛けていたんです!」


 そう言って、ロミオ役である楓は、ジュリエット役の穂乃果の腰を抱くと、手を握り、彼女の瞳と至近距離で視線を交差させる。


 その突然の行動は、どうやらアドリブだったようで。


 ジュリエット役の穂乃果は楓のその行動に役を忘れてしまい‥‥突如、頬を真っ赤にして、動揺した様子を見せていた。


「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?!? お、お姉さま、な、何を――――――」


「美しい瞳ですね。まるで宝石のようです」


「あ‥‥お、お世辞が上手いのね。舞踏会に出席しているのだから、あなたも貴族なのかしら?」


「僕は貴族じゃないですよ。もしかしたらあなたに出会えるかと思って、キャピュレット家の門を潜ったのです。そうしたら、こうして、貴方と再会することができたのですよ。この運命には、天上におられる神様に感謝しなければなりませんね」


「そんな嬉しい言葉、鵜呑みにしちゃうわ。ほどほどにお願い」


(―――――――ほう。上手いな)


 柊 穂乃果の方はそこまでのものじゃないが、如月 楓の方は節々に、積み重ねてきた演技の経験の深さが垣間見える。


 とはいっても、細かい技術力や感情表現で言えば、圧倒的に月代 茜の方が上ではあるのだが。


「‥‥‥‥」


 だが、月代 茜には持っていない、特別な何かを、如月 楓は持っている。


 何よりも大きなところは、彼女の演技には人を惹きつける『何か』が、あるところか。


「すごい‥‥謎の色気というか‥‥不思議な魅力があるわね、あの子‥‥」


「うん。他の科の人たちがあの人をお姉さまって呼ぶのも、頷ける部分があるわね‥‥」


 チラリと、オーディションを見守っている生徒たちに視線を向けてみると、そこには、ウットリとした表情をしている女優科のガキどもの姿があった。


 なるほど‥‥場のコントロール、観客の空気を掴んだ、か。


 洗練された高い演技力があるというわけでもなく、目だった能力があるわけでもない。


 ただ、何処か色気のある――女性らしさが漂う妖しげなロミオ、独自のキャラクター付けがされた主役の姿が、そこにはあった。


(なるほどな。あの如月 楓という少女は、台本の中にあるロミオを独自に脚色し、台詞だけをそのままに、違うキャラクター像を演出してみせているのか)

 

 セオリー通りの基本を準える演出家には嫌われるタイプのやり方だな、ありゃ。


 だが、それが面白い。見る者にとっては目新しい、興味の惹かれる対象となる。


「‥‥雄二。お前が興味を惹かれている理由が分かった。確かにあのガキは、他とは違う。面白い逸材だ」


「へぇ、君が素直に認めるだなんて珍しいね、恭一郎。今日は空から槍でも振ってくるのではないかな?」


「‥‥‥‥‥‥だが、それだけに惜しいな。あの如月 楓とかいうガキ、多分、相当なブランクがあったんだろう。あいつの演技には、必死に過去の自分を思い出しているかのような‥‥焦り、焦燥感がある。それと、演技することに対して何処か、恐怖心が感じられる」


 本当はもっと高く飛び立つことができるのに、何かが邪魔をしていて上手く飛び立てない。


 だから、全力を出さずに、低いところで低空飛行を続けている。そんなイメージか。


「なるほど。雄二、お前が本質を隠そうとしていると言っていた理由を理解した。アレは、力を敢えてセーブしているんだな」


 改めて、如月 楓を見つめる。


 その姿は、やはり、亡き妻――――柳沢 由紀と、瓜二つにしか見えなかった。


第24話を読んでくださって、ありがとうございました。

よろしかったら、モチベーション維持のために、評価、ブクマ、お願いいたします。

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