第23話 幕間 月代 茜
《月代 茜 視点》
初めてあいつを見たのは、舞台の上だった。
光り輝くスポットライトの下、華麗に舞い踊る、金色の髪の異国の血が目立った少年の姿。
当初、あたしは『柳沢 楓馬』を、親が天才俳優だったから有名になっただけで、世間の評価に反して技術も経験も足りていない、よくいる二世役者の類だと思っていた。
でも、その考えは違った。
あいつの演技を見た瞬間に、あたしは今までの自分の演技は何て陳腐なものなのかと、そう思ってしまったからだ。
『すごい‥‥』
あいつの演技には、色があった、光があった、音色があった。
単純な演技の技術力だけではない。見る者すべての感情を突き動かす、形容し難い不思議な何かが宿っていた。
‥‥あたしは、親から顔が良いからという理由で子役を進められて、役者になり、芸能界へと入った。
あたしには何でもそつなくこなせる器用さがあったし、今まで参加してきたオーディションでは、殆どで良い成績を残すことができていたから。
だから、自分は天才であると、同年代で子役として自分を超える存在はいないと、そう思っていた。
でも、あいつの演技をその目で見た瞬間――――あたしの中の全ては崩れ落ちて行ってしまっていた。
あたしは、柳沢 楓馬という本当の天才に、自分が真の天才じゃないことを完膚なきまでに思い知らされてしまったんだ。
『あたし、貴方のような役者になりたいわ』
劇が終わった後。
あたしは速攻で柳沢 楓馬の楽屋へと押しかけて、そう、あいつに言葉を放った。
するとあの男は―――――柳沢 楓馬は、先ほどの舞台上での明るい少年像とは打って変わり、冷たい無表情のまま、首を傾げ、言葉を返してきた。
『誰?』
『月代 茜よ。顔は知らなくても、あたしの名前くらいは知っているでしょ? 子役としては、それなりに名を馳せているつもりだもの』
『ごめん、まったく知らない』
そう言ってふぅとため息を吐くと、楓馬はタオルで額を拭き、再度、口を開く。
『―――君は、僕のようにはなれないよ』
『え‥‥?』
『憧れというのは、アマチュアだけが持つ感情なんだ。本気でスターになろうとしている人間には、憧憬の念はただの足枷でしかない。相手がどんなに凄腕の役者だろうが、その身に牙を立てて食らいついていく。そんな気概を持つ狼だけしか、芸能界は生き残れない世界なんだよ』
『憧れは、足枷‥‥?』
『そうさ。憧れは成長の阻害となる。現に僕は一度も、高名な俳優である父、柳沢 恭一郎に憧れを抱いたことは無い。何故なら僕は、将来、彼を超える役者になる自信があるからだ。憧れなど抱いていたら、けっして、あの父親の壁なんて超えることはできはしないからね。だから―――君はそのまま僕に憧れているようじゃ、良い役者になどなれはしないよ』
彼の宝石のように綺麗なエメラルドグリーンの青い瞳は、あたしを見ているようで、見ていなかった。
こいつの目は、遥か頂きの果てだけをまっすぐと見据えている。
道端に転がる石ころような存在のあたしなど、認識してはいない。
その目を見た瞬間、あたしは思わず、思っていた言葉を口から出してしまっていた。
『‥‥‥‥‥ムカツク』
『は?』
『ムカツク、ムカツクムカツクムカツクーっ!!!! 確かに、あたしなんてあんたにとっちゃその辺の石ころにすぎないでしょうよ? でも、このあたしが目の前に立っているというのに、あたしに一切の興味を抱かないのはどういうことなのよ!! こんなに可愛い美少女が楽屋にまで押しかけて、尊敬してます、って言ってんのよ!? 少しは照れたりしなさいよ!!!!』
『え、は、何!? 何で君は突然、怒りだしたんだ!?』
『柳沢 楓馬‥‥いいえ、フーマ!! いつか、絶対に、あんたにあたしを認めさせてやるからんだから!! この先の未来で、役者の頂点に立つのは、あんたとあたしよ。あんたが日本アカデミー賞で主演男優賞、あたしが主演女優賞を取る。そしてその後も、お互いに競い、戦い続けて行くの。これからの芸能界を牽引していくのは、あたしたちよ、フーマ!!』
『言っている意味がよく分からないんだけど‥‥つまり、君は僕をライバル視する、ということなのかな?』
『そういうことよ!!』
『そうか、分かった。正直、君程度じゃあ、僕の相手にすらならないと思うけれど‥‥ついて来られるものならついて来なよ』
そう言ってこちらを見つめるフーマの姿は、あたしと同じくらいの背丈だというのに、とてつもなく大きな壁のように思えた。
そんな強者然とした彼の姿に、高揚し、絶望し、ときめきが胸を打った。
あいつは、あたしの初恋の人。
そして、あたしがいずれ絶対に越えなければならない、最大のライバル、役者としての到達点でもある人。
それが、彼、柳沢 楓馬という、あたしを裏切って役者を辞めた、心底大嫌いで、心底大好きな男の名前だった―――――――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――――ありがとうございました」
審査員である我妻先生、柳沢先生にお辞儀をし、あたしは顔を上げる。
今回のオーディション―――正直言って、楽勝なものに思えた。
何と言っても、この女優科のクラスに、あたしの敵になる存在はいないからだ。
強いて言えば、今回ペアを組んだ篠崎 理沙は、良い線行っている方だとは思うが‥‥技術力で言えば、圧倒的にあたしの方が上だった。
想像力、本番力、読解力においても、先に審査した生徒たちの中に、あたしを超えるものは一人としていない。
あたしが演じたロミオを超える役者は、この場には一人としていないだろう。
当然の如く、あたしの勝利は今ここに確定を果たした。
「二人とも、とても素晴らしい演技でした。特に、月代 茜さん。貴方が演じたロミオは、十代とは思えない、洗練された完成度の高いものでした。節々に、経験の深さが伺い知れます」
「ありがとうございます」
我妻先生にそう礼を言った後、あたしは柳沢 恭一郎へと視線を向ける。
彼は、あたしに対して何も言うこともなく、審査シートを見つめながら、つまらなさそうに右手でペンを回していた。
(―――――瞳の色だけは同じだけれど、柳沢 恭一郎は‥‥フーマとはあまり似ていないわね)
父親である彼ならば、今、フーマがどうしているのかを聞けるかもしれない。
何たってあたしは、彼が住んで居るとされるこの仙台に、関東圏からわざわざ引っ越してきたのだからね。
あいつの情報を得られるチャンスがあるならば、この場で彼に聞いてみるのも良いかもしれない。
あたしは、柳沢 恭一郎へと声を掛けてみることにした。
「‥‥柳沢先生。あたし、貴方の息子さん――柳沢 楓馬さんとは旧知の仲なのですけれど‥‥今、彼がどこにいるのかを知っていますか? 久しぶりに会ってみたいのですが」
「知らねぇ。あいつの親権はもうオレにはないからな。今、どこで何をしているのかも分からねぇよ」
「親権‥‥? 離婚でもされたのですか?」
「まっ、そんなもんだ。‥‥何だお前、もしかして、楓馬の元カノとかか?」
「いいえ。彼とはそういった関係ではありません。あたしと彼は‥‥そうですね、ライバル、と言った方がよろしいでしょうか」
「ほーん、ライバル、ねぇ。だったら尚更、今のあいつとは会わない方が良いんじゃねぇか? 今のあいつは役者の世界とは関係のない、ただの一般男子高校生になっているだろうからな。期待するだけ落胆することに――――」
「フーマは、ただの男子高校生なんかじゃないわ。あいつは、誰よりも凄い役者よ。あたしなんかよりも、そんじょそこらのプロの役者なんかよりも――――勿論、貴方なんかよりも‥‥ね」
そう言ってギロリと睨むと、柳沢 恭一郎はニヤリと、歯を見せて笑みを浮かべる。
「面白いことを言うじゃねぇか、お前。このオレ様が役者を辞めたあのガキに劣る、だと?」
「不快に思ったのなら申し訳ございません。ですが、これはあたしの本心、ですので」
そう言葉を返すと、柳沢 恭一郎は突如腹を抱えて笑い出す。
そして、一頻り笑い終えると、目の端の涙を拭い、こちらに声を掛けてきた。
「気に入ったぜ、月代 茜。お前がもし、楓馬の彼女になることがあったのなら――心からお前を歓迎してやろう。お前みたいな奴こそ、今のあいつを前へと進ませられる可能性がある存在だろうからな」
「は、はぁ!? こ、このあたしが、あんな男の、か、かかかか、彼女になんか、ならないわよっ!!!! ふざけたことを言わないでっ!!!!」
「がっはっはっはっ! さぁ、オーディションは終わりだ! さっさと列に戻れ、二人とも!」
「は、はい‥‥」「‥‥失礼します」
ペアを組んだ篠崎 理沙と共に頭を下げて、オーディションを見守っているクラスメイトの集団へと戻って行く。
「―――――――では、次のペアの人、前に出てください」
「はい」「は、はいですっ!」
その時、列から離れて、金髪の少女とお団子頭の少女がこちらに向かって歩みを進めて来た。
エメラルドグリーンの青い瞳でまっすぐと前を見据えて、ブロンドの髪をふわりと風に靡かせ、堂々とした佇まいで歩いて来る美少女――如月 楓。
その異国の血が目立つ美少女とすれ違う間際、あたしは何故か一瞬、如月 楓の姿が‥‥柳沢 楓馬とダブって見えてしまった。
「え‥‥?」
振り返り、如月 楓の姿を目で追ってみる。
だが、そこにあるのは彼とは似ても似つかない、そもそも性別が違う、造り物のように美しい少女の姿だった。
何故、彼女とフーマが重なって見えてしまったのか。
その理由はまったくもって分からないが‥‥今、横を通り過ぎて行った如月 楓が発していた雰囲気は、子役の頃、あたしが畏敬の念を抱いていたフーマと同じ気配を纏っているように感じられた。
(彼女‥‥素人のはず、よね‥‥?)
あたしは、芸能界で色んな人間を見て来た。
だから、人を見る目には絶対の自信がある。
でも、今回ばかりは、自分の目を疑わざるを得なかった。
何故なら―――ただの素人であるはずの彼女から、熟練された歴戦の役者のような‥‥強者然とした気配が漂っていたからだ。
「出席番号6番 如月 楓です」
「しゅ、出席番号22番 柊 穂乃果ですぅ!」
そう言って、12番目のペアである二人は、パイプ椅子に座る審査員の講師二人に頭を下げる。
そして顔を上げると、如月 楓は――――怪しく、不敵に、微笑んだのだった。
第23話を読んでくださって、ありがとうございました。
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