第22話 女装男、父を騙すことを決意する。
穂乃果と共に、練習室の端に移動し、稽古を開始し始める。
台本を開くと、オーディションで演技する場面の詳細な情報が書かれていた。
どうやらオーディションで演技するのは、ロミオとジュリエットが橋の上で出会い、その後、キャピュレット家の舞踏会で再会する場面のようだ。
まぁ何とも、マイナーなシーンを選択してきたものだな。
てっきり、ロミジュリで一番有名な場面―――バルコニーからジュリエットがロミオへの思いを告げるシーンや、ジュリエットがロミオを追いかけて自ら命を絶ってしまうシーンなどを指名してくるものかと思ったからな。
このチョイスには、あまりロミジュリに馴染みが無い生徒には、恐らく、難しいシーンとなることだろう。
「で、では、お姉さま‥‥どちらの配役をしましょうか‥‥?」
緊張した面持ちでそう声を掛けてくる穂乃果。
オレはそんな彼女に、微笑み、開口する。
「そうですね‥‥穂乃果さんは、自分はどちらの役がしたいとか、願望はありますか?」
「え、ええと‥‥私じゃなくて‥‥お姉さまはロミオの役が良いと、穂乃果はそう思いますですぅ」
「私がロミオ役、ですか?」
「はい。やっぱりクールでかっこいいお姉さまこそが、男性役が似合うかと。それに‥‥‥‥お姉さまに恋するヒロインこそが、私にぴったりな役どころのような気がしますし」
「恋、する‥‥?」
「あ‥‥あぅぁあぁぁぁっ!! な、何でもないですぅっ!!!! さ、さぁ、お稽古を始めましょう、お姉さま!!」
「はい‥‥そう、ですね?」
慌てたように台本のページを捲る穂乃果に続き、オレも台本を捲る。
‥‥‥‥久々の演技。それも、3時間の稽古だけで、ほぼぶっつけ本番状態。
そして審査員は、オレが役者を辞めたきっかけでもあるあのクソ親父ときた。
―――――正直、複雑な想いがないと言ったら、嘘になる。
オレとルリカを花ノ宮家に押し付け、捨てた、あの男と再び向き合うことに、少なからず恐怖心がある。
あいつの前で再び演技すると考えると、手は震え、喉はカラカラに乾いていく。
親父に、またあのゴミを見るような目で見られ、見限られるんじゃないかと思うと、怖くて仕方がない。
だが‥‥‥‥だが、今のオレは『柳沢 楓馬』ではない。『如月 楓』だ。
柳沢 楓馬のままで演技をしていたら、きっと、奴にオレの正体など簡単に見透かされてしまうに違いないだろう。
だから、オレは如月 楓になりきる。
如月 楓は、柳沢 恭一郎なんて知らない、ただの素人役者だ。
‥‥あの柳沢 恭一郎を騙す演技をすることは、正直、かなりの難題だと思う。
だけど、上等だ。
世界にその名を轟かせている天下の名俳優だか何だか知らないが、この手で奴のその目を曇らせてやる。
役者とは、台本の中にある人物の心を完璧にトレースし、別の存在へと自分を昇華させ、観客を騙す、舞台の上で踊り狂う詐欺師である。
役者の本質は詐欺師だと、そう教えてくれたのはお前だろう、柳沢 恭一郎―――――だから、お前を完璧に欺いてやる。
如月 楓として、お前を狂わせてやるぜ、恭一郎。
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「ふわぁ‥‥っと、もうそろそろ三限目は終わり、か。おい、ガキどもの調子はどうだ? 雄二」
控室から出て大きな欠伸をすると、柳沢 恭一郎は生徒を見守っているマッシュヘアの男――我妻 雄二へと声を掛ける。
雄二は恭一郎の顔へチラリと視線を向けると、再び稽古に励む生徒たちへと視線を向け、静かに口を開いた。
「まったく。生徒たちが励んでいるというのに、まさか仮眠を取っているなんてな。やはりお前に講師は向いていないと思うよ、恭一郎」
「まぁ、な。オレだってそう思うさ。だが、こっちにはこの学校で講師をやらなきゃならねぇ事情があんだよ。大目に見やがれ」
そう言って雄二の隣に立つと、恭一郎は生徒たちを見回して、大きくため息を吐く。
「思った通り、あまり良い人材はいないと見て良さそうだな。強いて言えば月代 茜くらいか、オレが直接教えても良いと思えるような生徒は」
「確かに、月代 茜は別格ではあると思うよ。彼女は、子役の頃から演技のレベルが高かったからね。だけど‥‥子役時代はある天才のせいで、彼女は日の目を浴びれなかった。その反動か、今現在ではその高水準の演技力が、徐々に周囲に認められつつある。あの子は才能に溺れず、努力し続けることができる、素晴らしい逸材だよ」
「ある天才? って、誰のことだ?」
「お前は‥‥まったく。子役の天才と言えば、お前の息子のことに決まっているだろう、恭一郎。今でこそ、その名前が忘れられつつあるが、柳沢 楓馬は間違いなく異端児だった。アレは、そんじょそこらの天才とはわけが違う。お前と並ぶ、本物の天才だったよ」
「あいつはそこまで持ち上げられるような奴じゃねぇよ。あのガキはただの凡愚だ。天才なんかじゃねぇ」
そう言って恭一郎はふぅと短く息を吐き、隣にいる雄二へと視線を向ける。
「それじゃあ、月代 茜が主役で決まりだな。‥‥よし、なら雄二、後はお前ひとりで審査員をやれ。他の配役のキャスティングはてめぇに任せる。ふわぁ‥‥オレはもういっちょひと眠りしてくるとするぜ。あばよ」
「待て、恭一郎。今回のオーディション、もう一人、面白い人材がいるぞ」
「あぁ? さっきさらっと稽古を見た感じだと、目立った演技をする生徒は一人もいなかったぞ?」
「フフッ。どういったわけか、その生徒、稽古中は牙を隠しているのか‥‥その本質をあまり見せようとはしなくてな。いや、新たな演技を試行錯誤しているのか。とにかく、他の生徒とは毛色が違う者が一人いた」
「へぇ、お前が言うんだったら相当だな。そいつの名前は?」
「――――如月 楓。どこのプロダクションにも所属していない、ただの素人の少女だ」
その言葉に訝し気に首を傾げると、恭一郎は雄二が指し示す指先―――練習場の端でお団子頭の少女と稽古している、プラチナブロンドの少女に視線を向ける。
「‥‥な、に‥‥?」
そして、亡き妻に瓜二つな金髪の少女のその姿に、彼は思わず困惑の声を溢してしまっていたのだった。
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