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第21話 女装男、過去のトラウマを思い出す。


「二人一組でペアを作って、主役とヒロインの演技の練習をしろって‥‥え、い、今から!?」


「しかも、期限は今日の七限目までって言っていたわよね、柳沢先生。そんな短時間で主役とヒロインを決めるって、本気、なのかしら‥‥」


 恭一郎が去った後。クラスメイトたちはすぐに、ザワザワと動揺した様子で会話をし始める。


 そんな彼女たちを静かに見つめると、我妻先生は困ったように笑みを浮かべ、口を開いた。


「まぁ、君たちの困惑は当然のものだと思う。台本も配られていないうちに、いきなり主役とヒロインのオーディションをすると言われても、普通は唖然とするしかないだろうからね。‥‥だけど、まぁ、各生徒の実力を計る上で一番てっとり早い手でもあるから‥‥僕としては、ぜひ、君たちの力を我々講師の前で存分に発揮してくれると嬉しいかな」


 その言葉に、クラスメイトたちは落ち着きを取り戻し、真面目な様相で我妻先生を見つめ始める。


 静まり返った女優科の生徒たちの姿を確認すると、我妻先生はコクリと小さく頷いた。


「じゃあ、今から台本を渡していきます。前の子から配るから、手に取った生徒は後ろの子へと順に配っていっていくように。台本を手に取った生徒は、クラスメイトの中から相方となるペアを探して、さっそく稽古に励んでいってもらって構まいません。みんな、七限目まで頑張ってください」


 そう口にすると、我妻先生は手に持っていた冊子の束を、前列に座る生徒たちに配り始める。


 その光景を目に留めた後、オレは顎に手を当て静かに思考を巡らせていった。


 (――――――女優科クラスの生徒は全員で30名。二組ずつのペアを作るとなると、合計15組のペアが産まれることになる、か)


 その15組の中から1組のペアだけが、今回の劇の主役とヒロイン役に抜擢されることになる。


 故に、相方が下手な演技をした時点で自分の審査にも傷が付く、と。


 二組での演技審査――コンビを組む以上、自身の実力もそうだが、当然、相方の実力も重要視されることだろう。


 このオーディションは謂わば、演技力だけではなく、各生徒ごとの人間力‥‥観察眼と交渉力も試されている、といわけか。


 芸能界というのは実力もさることながら、コミュニケーション能力も重要な場であるからな。


 何ともあの男らしい、性格の悪さがにじみ出たオーディション形式だ。


「お姉さま、お姉さま、台本、回されていますよ?」


 深く考えに没頭していたせいか、前に座っている生徒から台本を配られていることに、気が付けなかったみたいだ。


 オレは前方にいる生徒に軽く頭を下げて謝罪し、台本を受け取る。


 手に取った冊子の表紙を見てみると、そこには、『ロミオとジュリエット』のタイトル文字が見て取れた。


 演劇としてベタ中のベタな脚本ではあるが、市民会館で講演する演目としては、誰もが知っている物語の方が向いていると思われるからな。


 この脚本の選択に、別段、文句は何もない。


「しかし、ウィリアム・シェイクスピア‥‥か」


 あのクソ親父は、昔からシェイクスピアの描く物語をこよなく愛していた。


 いや、端的に言えば、奴はただのオタクであった。


 昔、イングランドの中部にあるストラトフォード=アポン=エイヴォン、そこにあるシェイクスピアの生家を見に行った時なんか、もうめちゃくちゃテンションが高かったからな。


 幼少期のオレとルリカが引くぐらい、あの男はシェイクスピアの大ファンだったのだ。


 だから‥‥シェイクスピアの代表作とも言える『ロミオとジュリエット』を演目として選んだのには、納得のいく部分がある。


 けれど、審査員の恭一郎が厄介ファンであるが故に、主役であるロミオ、ジュリエットの解釈が彼とズレた場合、オーディションは大いに荒れる可能性もあるな。


 誰もが長く愛し、誰もが知る物語といえども、悲恋の結末を迎えた彼らの心情を理解して、細かく演技するのは難しい。


 人を深く愛し、死を決断するほどの恋情を経験した二人の男女を、人生経験の薄いただの学生程度に演じ切ることはまず不可能な話だろう。


 正直、かなり高難易度な演目といえるのではないだろうか。


「‥‥ロミオとジュリエット。確か、抗争中の家同士に産まれた男女が、周囲を取り囲む運命に翻弄されて、悲恋の末に自死を選んでしてしまう‥‥そんな、悲しい恋の物語でしたよね、お姉さま」


 隣に座っていた穂乃果が、口をへの字にし、難しそうな顔でそう声を掛けてきた。


 オレはそんな彼女にコクリと頷き、口を開く。


「ええ、その通りです、穂乃果さん。舞台は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。モンタギュー家に産まれたロミオと、キャピュレット家に産まれたジュリエットが、互いの家の抗争に巻き込まれ、時代の運命に翻弄され、悲しき結末を迎える――――悲しき恋の物語ですね」


「恋の、物語‥‥。あ、あの、つ、つかぬ事をお聞きしますが‥‥お、お姉さまは、その‥‥恋、って、したことがあるのでしょうか‥‥?」


「えっ、恋、ですか? そうですね‥‥恥ずかしい話ですが、まだ、人を好きになった経験はありませんね」


「そ、そうなんですね!! よかった‥‥」


「よかった?」


「あぁうぁっ!! な、ななな、なんでもないですぅっ!!」

 

 何故か、慌てたように目をグルグルとさせる穂乃果。


 そんな彼女に首を傾げつつ、オレは前方に視線を向けて、周囲の様子を確認してみる。

 

 どうやら、皆、さっそくパートナー探しに勤しんでいるようだ。


 立ち上がって、各々、自分が組みたいと思う相手へと声を掛けている。


 見たところ、やはり女優として既に大成している茜へと声を掛けている生徒が多い印象だな。


 後は、先日の自己紹介で、有名なプロダクションに所属していると言っていた生徒も人気があるように見える。


 当然だが、クラスで唯一の素人枠であるオレには、誰一人として声を掛けてくる者はいなかった。


 分かってはいたことだけれど、正直、何だかすっごく悲しい気分になってくるものがあるなぁ。


 この状況を見ていいると、小学校の頃にグループ分けであぶれた結果、先生と組まされた記憶がよみがえってくるぞ‥‥。


 お前なんて眼中にねぇんだよと、暗に言われているようでめっちゃ辛いです、うぅぅ‥‥。


「シクシク‥‥私は余りもの確定ですね‥‥この状況、過去のトラウマが掘り返される想いです‥‥」


「あの! お姉さま!」


「でも、良いんです。あの男が審査員を務める以上、今回のオーディションは慎重にいく予定でしたし。香恋からも事前にそう言われていましたし、別に良いんです、ぼっちでも。‥‥ぐすん。後で余った人同士で組みますから‥‥」


「お、お姉さま! 私と、ペアを組んでくれませんか!?」


 目の前に広がる光景に目頭を押さえていると、穂乃果がそうオレに提案を投げてきた。


 オレは思わず「え」と、驚きの声を溢してしまう。


「穂乃果さん‥‥? 今、私とペアを組みたい、と、そう仰いましたか?」


「はいです! だ、駄目、でしょうか‥‥?」


 穂乃果は、何処か緊張した面持ちでそう言葉を発してくる。


 オレはそんな彼女に、佇まいを正し、真面目な表情をして口を開く。


「‥‥穂乃果さん。その意味、ちゃんと分かって言っていますか? 私は素人なのですよ? そんな人間と組んだら、オーディション結果に確実に傷が付くとと思うのですが。同情は自分の首を絞める結果に繋がりますよ」


 昨日の自己紹介で、穂乃果はプロの劇団に所属していた経験があると、そう言っていた。


 その経歴からして、このクラスにおいてオレなんかよりも遥かに、ペアを組む価値のある人材と言えることだろう。


 訝し気なこちらの視線にゴクリと唾を飲み込むと、穂乃果は緊張した顔で、静かに開口する。


「‥‥‥‥同情とかじゃ、ないです。私、勝手ながらお姉さまは、ただ者じゃないと思っています」


「ただ者じゃない‥‥?」


「はい。今朝、私を暴漢から助けてくれた、あの時。お姉さまは顔色ひとつ変えずに、あの男の人をボコボコにしてました。膝を付いて怯えるあの人の姿を見ても、怒りも哀れみも、お姉さまのお顔には何の感情も現れていなかった。ただ、勝つべくして勝った、と。当然の出来事として敗者を見下ろしていました。―――その冷たい瞳を見た時、私、正直に言うと少し怖かったです」


 そう言って胸に手を当てて一呼吸した後、穂乃果はニコリと、小さく微笑みを浮かべる。


「でも、それと同時に、私は‥‥お姉さまのその何ものにも揺るがない、凛とした姿に憧れを抱いたのです。私は、幼い頃から引っ込み思案で、目立ったことをするのが苦手でした。お母さんが座長を務める劇団に所属していたこともありましたが、スポットライトが当たるような場所に立ったことは、一度もありません。いつも、端に立って一言二言台詞を言うだけの、端役しかやっていませんでした」


「‥‥‥‥」


「母はけっして、大女優というわけでもなく、小さな劇団で細々と役者業を営んでいるだけの売れない女優でした。ですが‥‥スポットライトの上に立った母はいつも眩しくて、輝いていました。だから、私も、あんなふうに煌びやかな存在になりたかったんです。堂々とした立ち振る舞いをして、かっこいいヒロインになりたかったんです‥‥‥‥今朝の、強者然としたお姉さまのあの姿のように」


「私は、かっこいいヒロインなんかじゃありませんよ」


「いいえ。お姉さまはとってもかっこいいです。役者の素人だろうと、何だろうと、私にとって理想の女の子は、如月 楓さん‥‥貴方様なのですよ」


 そう口にしてまっすぐとこちらを見据える穂乃果の目には、一切の揺らぎは見て取れなかった。


 こんな女装した変態をそこまで思ってくれるとは‥‥穂乃果には本当に申し訳ない気持ちしかないな。


 オレはふぅと短く息を吐き出し、穂乃果に目線を合わせ、微笑みを返す。


「‥‥分かりました。どっちみち、私は余りものになることでしょうからね。こんな私で良ければ、ペアを組みましょうか、穂乃果さん」


 そう声を掛けると、穂乃果はパァッと、眩しい笑顔を見せてきたのだった。


第21話を読んでくださって、ありがとうございました!

よろしかったら、モチベーション維持のために、評価、ブクマ、お願いいたします!!

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