花ノ宮香恋ルート 第20話 親友との別離、ライバルとの約束
「―――――お待たせしました、楓馬さま」
背後から現れた何者かによって手刀を当てられ、意識を失い、地面に倒れ伏したシャオリン。
そんな彼女の背後から現れたのは――――メイド服を着た、三つ編みの少女だった。
彼女はオレの前に立つと、膝を付き、頭を下げる。
「こうして、貴方様に直接御目通りができて、とても嬉しく思います。私の名前は秋葉螺奈。秋葉家の末妹に身を連ねる者です。そして、そちらにいるのが……」
その時。樹の追手と思しき人物が路地裏から飛び出し、茜に襲い掛かってきた。
一瞬の隙を付かれ、オレは茜を守ることができず、彼女の身柄を拘束されてしまう。
背後から羽交い絞めにされた茜は、樹の配下である黒スーツの男によって、首元にナイフを突きつけられた。
「茜さん!?」
「くっ!! ちょ、どこ触ってんのよ、離しなさいよ!!」
「黙っておけ、女!」
「うぐっ!?」
首元に強くナイフを突きつけられ、怯む茜。
オレは男に対して、鋭い目を向ける。
「茜さんを離してください!!」
「如月楓、この女の身が大事なら、おとなしく樹様の元についてきてもらおうか!」
茜を完全に人質に取られてしまった。
どうしようかと悩んでいた……その時。
男の背後から、一人の少女が気配無く現れる。
「……そこまで」
男の手首を掴み、一瞬でナイフを手から叩き落す少女。
その後、オレの横を螺奈が駆け抜けていくと――――彼女は、男にの顔面に目掛け蹴りを放った。
地面に倒れ伏し、沈黙する男。
俺の前には、開放された茜と……同じ背格好、同じメイド服、同じ顔をした少女が、二人並ぶ。
彼女たち二人は膝を付き、胸に手を当てながら、オレに頭を下げてきた。
「私が秋葉螺奈。そして左にいるのが……」
「双子の秋葉露奈です。私たち双子は本来、花ノ宮由紀様のご子息である、貴方様にお仕えする運命にあった者です。ですが……」
「花ノ宮礼二郎、樹によって阻まれ、今まで白鷺の御家で匿われていました。私たちは幼かった故に、後ろ盾もなく、排除される運命に怯え、隠れ潜む日々を送っていました。……けれど、それももう終わりです。今日これより、次代の後継者候補であられる柳沢楓馬様、貴方様にお仕えしたいと思います。ご一緒に戦いましょう、楓馬さま」
顔を上げ、真剣な眼差しを向けて来る、10代半ば程の少女たち。
オレはそんな彼女たちに驚きつつ、口を開いた。
「もしかして、白鷺の爺さんが言っていた二人組の護衛っていうのは……?」
「はい。私たち双子のことです」
「じゃあ、さっき、狙撃していた彼はいったい……?」
向かいのビルに視線を向けて見る。するとそこには、ライフルを掲げた、ニット帽の男の姿があった。
「彼は、白鷺のお爺様の、義理の息子さんです。私たちだけでは心もとないと考え、協力を仰ぎました」
な、なるほど……。
色々と考えが追いつかないところがあるが、一先ず、今は逃げた方が良さそうだな。
背後から黒服たちが迫ってきているし。
「……柳沢楓馬、って、え? ど、どういうことなの……?」
茜を抱き起すと、彼女は目をパチパチとさせ、オレに驚いた表情を見せて来る。
いずれオレの正体を明かすつもりだったが……ラナロナの言葉で、このことが知られてしまうとはな。
オレは唖然とする茜に対して声を掛ける。
「茜さん、立てますか?」
「ご、ごめん、色々と考えが追い付かなくて……なんか、腰が抜けちゃったみたい……」
「そうですか。……すいません、失礼致します」
「うわ、ちょ、きゃあっ!?」
オレは茜を無理矢理抱きかかえ、お姫様抱っこのように持ち上げる。
そして、ラナロナへと視線を向けた。
「この場をお任せしてもよろしいでしょうか、ラナさん、ロナさん」
「勿論です。ご主人様」
オレは彼女たちを残して、そのまま歩道を駆け抜ける。
とりあえず、タクシーか何かを捕まえて、寮へと戻った方が良さそうだな。
有栖の支配している場所には、流石の樹も手を出せないだろう。
「……」
もっと暴れるのかと思ったが……茜は、オレの腕の中で微動だにしない。
夕闇に浮かぶネオンの中を駆け抜けながら、オレは茜を抱えながら疾走する。
その間、茜は終始、無言だった。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫でしょう……」
若葉荘の寮の前へと辿り着いたオレは、茜を地面に降ろし、一息吐く。
茜はアスファルトの上へと降り立つと、オレの前に立ち、ジッと、こちらの顔を見つめていた。
さて……これからどうなることやら。
パターンとしては、1、ブチギレて殴られる 2、泣かれて殴られる……のどちらかだろうか。
オレは今から始まる制裁の時に、どう対処しようかと頭をグルグルと悩ませていたが……茜の反応は、オレが予想したものとは全部かけ離れていた。
「……下駄箱」
「え?」
「下駄箱。片付けてくれてたこと、あたし、知っていたのよ」
下駄箱……? いったいこいつは何を言っているんだ……?
訳が分からず首を傾げていると、茜は怒った顔で再度、口を開いた。
「だから、あたしが花ノ宮女学院に入学して間もなく、奥野坂に嫌がらせされてた時。あいつが涼夏を使って、毎朝、下駄箱にゴミを入れられていたあの頃……あんたが早朝に学校に行って、あたしの下駄箱を掃除してくれてたこと。あたし、最初から知っていたのよ」
それは、随分と前のことだ。
オレがロミジュリの公演をする前に、銀城先輩と花子と一緒に、宮内涼夏の暴挙を止めようと動いていた時のこと。
あの時、オレは毎朝、茜の下駄箱をこっそりと掃除していたのだが……こいつはその時のことを、気付いていたのか……。
オレが呆気に取られていると、茜はニコリと、優しく微笑みを浮かべる。
「あの時、あんたはあたしのことを表と裏で支えてくれてたんだね。マンションに遊びに行くあたしに対しては楓馬として接して、学校では、楓として接して。今思い返せば、全部、あんたらしい行動だったわ」
「……もしかして、なんとなく、気付いていたのか? オレの正体を」
「確証なんてなかったわ。だけど、たまにあんたと楓がダブって見える時があった。でも、別に正体を明かさないなら、このままでもいいのかな、なんて思ってた。あたし、楓を失いたくなかったのよ。楓は、一人孤独に演技することしかできなかったあたしを、違う世界へと運んでくれたから。ロミジュリの舞台を経て、あたしは、違う月代茜になれた。これもすべては如月楓のおかげ……」
目の端に涙を浮かべ、茜は空を見上げる。
空は先程の真っ赤な夕焼けとは異なり、もう、暗い色に染まっていた。
茜が見つめる先にあるのは、浮かび上がったばかりの白い満月。
彼女はその満月を静かに見つめると、小さく口を開いた。
「……ねぇ、フーマ。貴方の中にいる楓は、本当に生きている存在だったと思うわ。今まで貴方が演じたどのキャラクターよりも、そこに実在して、息をしていた。これは、フーマじゃなくて、楓に問いかけたいこと。楓……貴方、あたしと一緒に演技ができて、楽しかった?」
そう口にすると、茜はオレへと視線を向ける。
オレはそんな彼女にニコリと微笑みを浮かべ――――楓として、本心から口を開いた。
「ええ。茜さんと生活してきた学園での日々は……私にとってとても眩しくて、大切なものでした。お別れするのは、少し、悲しいくらいです。このまま……花ノ宮女学院に、如月楓として在籍していたいくらいには」
「でも、それはできないわよね。貴方はもうすぐ、消える定めにある。だって、もう、貴方は……楓じゃなくなりつつあるから。今日、寮の玄関で貴方に再会して、はっきりと分かった。貴方は、もうそこにはいなくなりつつある。目覚めようとしている、フーマという怪物に、飲み込まれそうになっている」
「……仰る通りです」
「だから、今の内に言っておくわ、楓。あたしを眩しい世界に連れて行ってくれて、どうもありがとう。貴方と過ごした日々は、あたしにとっても、かけがえのないものになっていた」
もし、違う未来があったとしたら。
私と茜は、二人で、光り輝くスポットライトの下、舞台の上へと立つこともあったのかもしれない。
だけど、それはもあり得ない未来の話。
だって、オレは、如月楓ではないのだから。オレは、柳沢楓馬なのだから。
「茜さん。必ず、柳沢楓馬に勝ってください」
ふいに出た言葉。
これは、柳沢楓馬としては、矛盾した言葉でもある。
オレは絶対に勝たなければならない。香恋のためにも。
でも、如月楓としての自分は、きっと、茜に対してこう言うことだろう。
親友である、彼女に対して――――。
「勿論よ、楓。あたしは、あんたがいなくても、フーマを倒す。あたしの役者としての人生は、そこにあるのだから」
「……あぁ。お前じゃオレに勝てるとは思えないが、全力でかかってこい。全てをもってして、相手をしてやる」
オレのその言葉に、茜は瞠目して驚くも、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……ついに、昔のあんたが帰ってきたのね。あたしは、この時をずっとずっと待っていた。12月の舞台で、必ずあんたを倒す。天才子役柳沢楓馬の名に、敗北を刻み付けてやるんだから」
茜はオレに対して手を伸ばす。
オレはその手を握り、微笑みを浮かべた。
――――過去、オレが子役として活動していた時、この女はずっとオレの後を追いかけて来た。
12月の舞台でどんな著名な役者が出て来るかは知らないが、これだけははっきりと言える。
オレが次の舞台で最も警戒している役者は、こいつ、月代茜だと。
茜は、諦めることを知らない。
創作者において最も重要なこと。それは、どんなに苦しい状況でもけっして挫けない心、執念だ。
こいつは最初からそれを持っている。
だから、茜は強い。オレを倒すまで、こいつは生涯、オレを追い駆け続ける。
それが、オレのライバルであり、私の親友だった少女の強さ。
茜と本気で舞台の上で戦えること、今から楽しみでならないな。
『……それで、突然現れた助っ人のおかげでなんとか窮地を凌いだと、そういうわけですか』
寮の自室に戻り、ワイヤレスイヤホン越しに、花子へと先ほど起こった出来事を伝える。
一応、胸ポケットに差した監視カメラ付きのボールペンで一部始終は見ていたらしいが、オレが動き回ったために、映像が揺れてよく見えなかったらしい。映像酔いしてゲロ吐いたらしい。
なので、先ほど起こった全てを花子に伝えたわけだが……花子は悩まし気にため息を吐いた。
『まさか、樹陣営の人間が直接こんな手に出るとは思えませんでしたね。フランチェスカさんも流石に驚きです』
「そうだな。取引だとか言っていたが……あれはただの脅しだったぞ。身の安全、芸能活動への妨害を差し出す代わりに、こちらの陣営に付け、と……。何となく、切羽詰まった感触がしたな」
『そうですね。樹陣営の裏で何かが動いているのかもしれませんね。それはそうと、茜さんには先ほどの件、どういう感じで話したのですか?』
「とりあえず、口留めはしておいた。有栖の耳に入ると、余計に警戒態勢に入りそうだからな。そうなるとスパイ中のオレには、あまり良くない状況になる」
『茜さんは素直に従ったのですか?』
「まぁな。あいつは有栖に忠誠を誓っているわけではないからな。あいつがやりたいのは、役者としてオレと戦いたいだけだ」
茜に関しては、色々と問い詰めたいことがある。南沢家のこととかな。
だけど、今日の今日で、色々と彼女に質問を投げるのは酷というものだろう。
まぁ、あいつがオレを不利にする行動を取るとは思えない。
楓のことも、黙ってくれてると約束してくれたからな。
『……それにしても、東京にいるのは色々と危ないんじゃないですか? 樹のこともありますし……早めに仙台に帰ってきてみては?』
「まぁ、そうだな。早めに切り上げるのが無難かな……」
『フランチェスカさんもそれが良いと思います』
だが、帰るにしても、せめて何かこちらの陣営が有利となる情報だけ持ち帰りたいものだ。
そう、頭を悩ませていると……階下から、声が聴こえてきた。
「楓ちゃーん、夕ご飯の時間ですよー」




