花ノ宮香恋ルート 第6話 「妹」
「柳沢くん……駄目よ……今すぐ戻って、愛莉叔母様に謝罪しましょう」
駐車場へと辿り着くと、そう、香恋がオレに声を掛けて来た。
彼女はオレから手を離すと、自分の身体を抱きしめて、震え始める。
「私が独立するなんて、無理なのよ。白鷺お爺様の御力があったからこそ、私はこの花ノ宮家で何とか地位を築けていた。でも、お爺様は亡くなってしまった……もう、愛莉叔母様を頼るしか……私がこの先、生き残る道はない」
「生き残る道がない? 大袈裟だな」
「貴方も分かっているでしょう? 愛莉叔母様の助力なしじゃ、貴方もあのマンションを追い出されてしまうわ。そうなれば、花ノ宮家の御屋敷に強制送還されることになってしまう。貴方とルリカさんは、恐らく、座敷牢か何かに閉じ込められるでしょうね。外交の道具として使われる、その日まで」
「……」
「立場は違えど、私も同じようなものよ。白鷺お爺様と愛莉叔母様の庇護の元に居たからこそ、今まで父や叔父の道具にされなかった。だけど、こうなっては……もう無理よ! 何もかもお終いだわ!」
「おい、香恋。まだオレも玲奈も、お前の傍に居るだろう」
オレは震える香恋の肩を掴み、彼女の顔を見つめる。
そして、その潤んだ瞳を見つめながら、オレはそのまま続けて口を開いた。
「香恋。お前は、会社も経営していて、花ノ宮女学院の理事もしている。それだけで立派な社会人だ。金はあるだろう? ならば、一からまた始めれば良い。今度はお前自身の力でだ。勿論、オレも玲奈もバックアップする。そうだろ? 玲奈」
背後を振り返り、今までずっと無言だった玲奈に視線を送る。
すると彼女はコクリと頷き、香恋の傍に近寄った。
そして、今まで見たことが無い、優しい笑顔を見せる。
「はい、そうですよ、香恋さま。玲奈はいつだって香恋さまの味方です。どんなことをしてでも、貴方をお守りします」
「柳沢くん……玲奈……」
香恋はポロポロと頬から涙を流していった。
ここまで弱った香恋を見たのは……初めてのことだった。
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タクシーから降りて、自宅マンション付近に降りる。
香恋は泣き疲れたのか、眠ってしまっていた。
だからオレは今、彼女をおんぶしながら、玲奈と共に夜の街路を歩いていた。
無言の帰り道。オレと彼女の間に会話は、ひとつもない。
「……柳沢楓馬。今日は……ありがとうございました」
無言の空気に耐え切れなかったのか。
突如、隣を歩く仏頂面のメイドが、そう、オレに礼を言ってくる。
オレはそんな彼女にクスリと笑みを溢し、開口した。
「珍しいな。お前がオレに礼を言うなんて、思いもしなかったことだ」
「別に……ただ、今日は貴方が傍に居て良かったなと、そう思っただけです。多分、今日この日に香恋さまのお傍に貴方が居なければ……香恋さまは心が折れていたと思います。私も、彼女を守るために、冷静さを欠いた状態になっていたかもしれない……だから、感謝します。私たちの傍にいることを、選んでくださって……本当にありがとう」
「……」
「……」
その後、オレと玲奈は何も喋らず、並んで歩いて行く。
……これも、良い機会かな。
オレは意を決して、あることを彼女に聞いてみようかと思った。
「あの」「あの」
何故か同時に言葉が重なってしまう。玲奈は眉間に皺を寄せると、チッと舌打ちを放った。
「何ですか。貴方が先に言ってください」
「? あぁ……。昨日、香恋がオレに言いたいことがあるって言っていただろ? 今日は色んな事があって聞けず終いだったが……結局、アレって何だったんだ?」
「それは……」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる玲奈。だが、彼女は続けて口を開いた。
「ちょうど、私もそのことを貴方にお話しようかと思っていました。長くなりますが……よろしいですか?」
「あぁ、構わない」
玲奈はひとつ深呼吸をする。そして彼女は再び、開口した。
「―――私は、産まれた直後の赤ん坊の頃、花ノ宮家の手の者によって両親の元から引き離されたんです」
「それは、また……難儀なことだな」
「私の母は、花ノ宮家の血を引いていました。ですが彼女は恋人と駆け落ちして、家を出て行きました。その結果、花ノ宮家には莫大な損失が産まれ、後継者を産む母体がひとつ無くなってしまいました」
「は? いや……え?」
何処かで聞いたことのあるような話。いや、そんなわけはない。あの家にはきっと、他にもそういう奴がいたんだ。
「『花ノ宮由紀』を政略結婚させて南沢家との繋がりを持とうと考えていた長男、『花ノ宮礼二郎』は、焦りました。このままでは、南沢家への信頼を失ってしまう。そこで彼はこう考えました。由紀の血を引く娘なら、彼女によく似た容姿の女に育つ……ならば、娘が産まれたその時、自分の手の者を使って攫わせてしまおう、と。南沢家への貢ぎ物として、赤ん坊を攫う計画を立てたのです」
「……………………は?」
声が……出なかった。いつの間にか額には玉のような汗が浮かび、オレの足は止まってしまっていた。
秋葉玲奈はこちらを振り返ると、髪を耳に掛け、こちらを真っ直ぐと見つめてくる。
「その計画に、当主である花ノ宮法十郎は同意しました。そして法十郎はあろうことか、秋葉家で産まれた末の子との交換を提案したんです。偶然、秋葉家の娘と由紀の娘の血液型は同じ。遺伝子検査をしない限り隠し通すことは可能だろうと」
「何を……何を言っているんだ……」
「こうして、『秋葉玲奈』と名付けられるはずだった赤ん坊は『柳沢瑠璃花』となり、『柳沢瑠璃花』と呼ばれるはずだった私は…………『秋葉玲奈』となりました」
「嘘を……嘘を言うな! お前が、ルリカな、はずが……!!」
「これを見てもそう言えますか?」
玲奈は瞳に指を当てると、コンタクトを取り外す。
両目のコンタクトを外すと、そこにあったのは――――――オレと同じ、青い瞳だった。
「私と貴方は――……実の兄妹なんですよ、兄さん」
「馬鹿、な……」
――――確かに、思い返してみれば、オレとルリカの顔はあまり似ていなかった。
最初は、純日本人の母さんに似たんだと、そう思っていた。
だけど、まさか、こんなことが……こんな酷いことが、裏で行われていただなんて……!!
「……柳沢君。これで、分かったでしょう? 花ノ宮家が、貴方たち兄妹に、いったい何をしたのかを」
「香恋……!? 起きていたのか!?」
「もう、大丈夫よ。降ろしてくれるかしら」
オレは頷き、香恋を地面へと降ろす。
その後、香恋は小さく息を吐き、オレに悲痛な表情を見せてきた。
「玲奈が今言ったことは本当よ。貴方の本当の妹は、そこにいる秋葉玲奈。貴方とルリカさん、そして柳沢恭一郎は、ずっと、花ノ宮法十郎と花ノ宮礼二郎に騙されていたの。私の……父がしたことよ。何て謝罪して良いのか、私には分からないわ」
「ルリカは……じゃあ、ルリカは、あいつは―――」
「秋葉家の末の妹、秋葉玲奈……と、名付けられる予定だった子。貴方とは、無関係の赤の他人よ」
「そ、そんな……そんな、馬鹿なことが……」
フラリと立ち眩みがする。頭の中に浮かぶのは、オレが何よりも大切に大事にしてきた妹の姿。
『おにぃ! ルリカの下着を勝手に洗わないでよ!』
『おにぃ、見て! ルリカ、今日は頑張って朝ごはん作ったの! ……御菓子の盛り合わせだけど!』
『おにぃ! 一緒に遊ぼ!』『おにぃ、コンビニ行ってくるね!!』
『お兄ちゃん……!!』
思い浮かぶのは、いつもオレに可愛らしい笑みを見せてくれた、愛しの妹の姿。
それが、オレとは血を引いていないって? 本当の妹じゃ……ないって?
「柳沢君、大丈夫……?」
「……親父も、亡くなった母さんも、このことは……知らなかったんだよな?」
「ええ。この事実を知った柳沢家の人間は、貴方が最初よ」
「何だよ、それ……。ひどすぎるだろ……騙されていた父さんも母さんもだが……当の本人である玲奈とルリカが、可哀想だろ……」
「柳沢楓馬。私は、香恋さまを何がなんでも当主にしてあげたいんです」
玲奈……実の妹と名乗った彼女はそう口にすると、オレに向けて深く、綺麗に、頭を下げて来た。
「私はこの十四年間。花ノ宮家という魔境で、花ノ宮礼二郎によって貢ぎ物として育てられてきました。ですが……香恋さまが私のことを支えてくださったおかげで、私は、今まで人として生きることができました。この方のために、私は力を尽くしたい……ですが、私では、力不足なんです。私には、才能が無いんです」
ポタポタと、アスファルトの上に染みができる。玲奈は……頭を下げなら静かに泣いていた。
「兄さん、私は産まれてから貴方の存在を知っていました。そして、貴方のことをずっと嫉妬していました。貴方には、特別な才能がある。それなのに、兄さんはその力を使おうとはしなかった……。舞台の上を色鮮やかに、自由自在に支配できる貴方が、花ノ宮家にやってきてからはただ怠惰な生活を送るだけ。妹を溺愛し、ルリカさんだけを愛してのうのうと生きる貴方に……私は、怒りが芽生えました」
「……玲奈」
「だけど、悔しいですけど、さっきの愛莉さまとの会話で理解しました。貴方は……貴方じゃなければ、きっと、香恋さまを勝利には導けない。お願いです! 私たちに力を……貸してもらえないでしょうか……!!」
こいつが今までどう生きてきたのか、どんな辛い中に居たのか、それはオレが簡単に想像することはできない。
ただ、この少女の立場からしてみれば、花ノ宮家を取り巻く全てのものに苛立ちを覚えたのは間違いないだろう。
勝手に連れて来られ、勝手にメイドにされ、勝手に貢ぎ物と呼ばれ、定まった人生を歩まされる日々の連続。
実の兄は自分と交換された偽の妹を可愛がり、彼女のためだけに生きている。
そりゃあ、オレに怒りが芽生えるのも……当然というわけだな。
秋葉玲奈が何故オレと出会う度に眉間に皺を寄せていたのか。その秘密が、ようやく理解できた。
「玲奈。顔を上げろ」
「はい」
涙で真っ赤になった、玲奈の顔を見つめる。そして……オレはこう宣言した。
「悪いが、どんな事情があろうとも、オレの妹はルリカだけだ。それは変わらない」
「……はい。それは、当然のことだと思います。むしろ、ルリカさんを捨てて、実の妹だからって私を妹扱いすれば、貴方を引っぱたいていたところでした」
「あぁ。オレたちの関係はこれからも何も変わらない。だから別に、お願いなんてしなくて良い。オレは、香恋を当主にするために動く。お前に言われなくてもな」
「…………ありがとうございます。柳沢楓馬さん」
目を細め、満面の笑みを浮かべる玲奈。
その顔を見て、オレは……何故か、母のことを思い出してしまった。
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「――――――というわけで、瑠璃花さん。貴方は、柳沢くんの本当の妹じゃないの。貴方は……花ノ宮家に長年仕えるメイドの一族、秋葉家に産まれた末の妹なのよ」
自宅に帰ると、香恋はさっそく、例の件をルリカに伝えた。
オレは正直、彼女には黙っていたかった。だけどそれを、香恋は許さなかった。
瑠理花さんにも知る権利はある。彼女も花ノ宮家の御家騒動に巻き込まれた被害者だから。
そう言って聞かない香恋に圧され、オレはしぶしぶ、香恋のその答えを受け入れた。
「……」
一連の話を聞き終えたルリカは、ソファーの上で体育座りをし、俯いてしまった。
身体も……小刻みにプルプルと震わせている。
万が一の時はオレが全力で彼女のケアをするつもりだったが……やはり、この真実を知れば、ダメージは大きいよな。
今までオレたちは、兄妹として生きてきたのだから。
「……ルリカ。大丈夫だ。お兄ちゃんは何があっても、お前のお兄ちゃんだから――――」
そう声を掛け、隣の席に座るルリカの肩をポンと叩いた……その時。
突如ルリカは顔を上げると、何故か、ガッツポーズをするのだった。
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!! 漫画みたいな出来事、キタコレーッッ!! これでルリカもヒロインレースに参加できるじゃん!! やったね!!」
「……は? ちょ、ルリカさん?」
落ち込んでいるかと思いきや、何故かテンションマックスの大天使ルリカエル。
え? 何この子? オレが実の兄じゃなくて喜んでるの? え? 普通に傷付くよ? お兄ちゃん?
「おにぃ!! 今日から一緒に寝よう!! ね!!」
「え? 何で? 今まで一緒に寝るのめっちゃ嫌がってたじゃん? 急に何で?」
「あ、でも、おにぃの妹ポジションは変わらずルリカだから!! 玲奈さん……だっけ? 悪いけど、この人の永遠の妹はルリカだからね!! 絶対に渡さないよ!!」
オレの腕を抱き、ルリカは勝ち誇ったように玲奈へと笑みを浮かべる。
玲奈はそんな彼女にため息を溢し、静かに口を開いた。
「失礼ですが、ルリカさんは私と同い年に見えませんね。とても子供っぽいです」
「え、なーんかこの人感じ悪いー。ん、確かに陰気なところはおにぃに似てるかも?」
「……もし、私とルリカさんが元通りの人生を歩んで居たら……どうなっていたのか、少し気になりますね。まぁ、私がこんなにアホみたいな感じになることは、あり得無さそうですが」
「えー? そうなったら、私、メイドさんになっていたってことでしょ? はっ! もしかしたらおにぃのメイドさんになっていたかもね! だっておにぃ、一応は花ノ宮家の御曹司なわけだし? ルリカとおにぃは、どんな運命になっても出会っていたのかも!!」
そう言って笑みを浮かべると、ルリカはオレの腕にスリスリと頬をくっつけてくる。
そんな彼女の姿を見て、玲奈は無表情で隣に座る香恋に視線を向けた。
「……ルリカさんはなかなかに手ごわそうですね。ね、香恋お嬢様」
「…………何故、そこで私に話を振るのかしら、玲奈」
「いえ。お嬢様のお顔が、不機嫌そうになられましたので。新たなライバルが出現に心中、穏やかではないのかと」
「瑠璃花さんが思ったよりも真実を受け入れて助かったわ。……泣かれる覚悟をしていたから」
「えへへへ~~。おにぃ~~」
「……真実はやはり告げない方が良かったのではないでしょうか?」
「だから、不機嫌になってないわよ。……この紅茶飲んだら、隣の部屋に帰るから」
「畏まりました、お嬢様」
向かい側のソファーに座る、何故か苛立った様子の香恋と、隣で満面の笑みを浮かべるルリカ。
……何だ、この状況……。さっきまで、重大な真実を知ったばかりとは思えない空気だな……。
とりあえず、ルリカがショックを受けなくて良かった……のだろうか?
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作者は、ルリカ推しです笑




