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第15話 女装男、戦うことを決意する。



「ただいまー、ルリカー」



 何とか無事に女子高での一日を終え、家に帰宅する。


 玄関口で靴を脱いでいると、廊下の奥からぱたぱたとスリッパの後を鳴らして、愛しの妹が姿を現した。


「おかえり、おにぃ。学校‥‥どうだった? 男だってバレなかった?」


「うん。まぁ、危うい場面もあったけれど、何とか‥‥」


 そう言って大きくため息を吐き、オレは妹と共にリビングへと向かう。


 その途中、ルリカはオレの顔を横目でチラチラと見つめ、ふむふむと何やら納得したように頷き始めた。


「何、どしたの、ルリカちゃん」


「いや‥‥我ながら、すごいものを造り出してしまったな、って。元が良いとはいえ、化粧ひとつでこんなにも変わるもんなんだ‥‥。おにぃ、もう見た目だけ言えば完全に女の子だね! これからは自信もっても良いと思うよ! うん!」


「ルリカちゃん‥‥お兄ちゃん、その言葉にどう反応して良いのかが分からんよ‥‥。完璧な女装ができていると安心すれば良いのか、将又、男としての尊厳を失ったことに悲しめば良いのか‥‥ぐすっ」


「あっ、ご、ごめんね、おにぃ。そうだよね、おにぃは女装したくてしているんじゃないもんね」


 シクシクと袖で涙を拭いていると、ルリカがつま先立ちで、オレの頭をナデナデと優しく撫でてくれた。


 うぅ‥‥やっぱりこの妹、女神すぎる。


 女子高でたくさんの美少女に囲まれても、やっぱり妹が一番可愛いと思ってしまいます、お兄ちゃんは。

 

 もはやお兄ちゃんは病気です。シスコンという名前の不治の病です。





 軽く夕飯を摂り、風呂を上がった後。


 オレは自室のベッドに横になり、スマホの画面をボーッと眺める。


 メールボックスを見ると、案の定、彰吾や委員長から休学についてのメッセージが届いていた。


 何故休学したのか、と、二人から鬼のようにメールが届いている。


 オレはとりあえず「家の事情が原因」、「詳しいことはまた追って連絡する」と、適当に文面を作って二人に送信しておいた。


 すると、すぐにブブッとスマホの音が鳴り、メールの返信が来る。


 画面を見てみると、そこには「絶対に後で説明しろよ」との彰吾からのメッセージが。


 オレはそんなメールにハハッと笑みを浮かべた後、スマホの電源を消し、目を閉じた。


 今日は本当に、色々な出来事があった。


 これからオレはあの学校で、『如月 楓』を演じて、生きていくことになるのか。


 一度は諦めた役者の道に、オレは、再び戻ろうとしている。


 正直、複雑な想いが無いと言ったらウソになるが、まぁこうなった以上は仕方がない。


 如月 楓という偽りの女優を創り上げ、花ノ宮家に恩恵を与える。


 それが、今、オレが成すべきことなのだから、全力をもって事に望もう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日。穂乃果から一緒に学校に行きませんか、と、レインにメッセージが来ていた。


 正直、男性嫌いである穂乃果を傷付けないためにも、彼女には極力近寄らない方が良いと、そう思っていたんだが‥‥どうやら穂乃果は先日の痴漢事件が未だに尾を引きずっているらしく、一人で登校するのが怖い様子だった。


 友達の陽菜も花子も登校ルートが違うようで、頼れるのはオレ一人しかいないそうだ。


 どこか妹に似ている彼女を見捨てることもできず‥‥オレは、彼女と共に学校へと向かうことに決めた。






 待ち合わせスポットとして有名な仙台駅ステンドグラス前に辿り着くと、スクール鞄を両手に持った穂乃果が立っていた。


 彼女は、こちらに気付くと、満面の笑みでオレの元へと駆け寄ってくる。


「あっ、お姉さま~~~っ!!!!!」


「おはようございます、穂乃果さ―――――ちょっ、穂乃果さん!?」


 穂乃果はギュッと左腕に抱き着いて来ると、えへへと、オレに笑みを向けてくる。


 いや、あの、胸が‥‥胸が腕に当たって、その、童貞には、そ、それは刺激が強すぎますよッ、穂乃果ちゃん!?


 顔を真っ赤にして慌てふためいていると、穂乃果は眉を八の字にし、首を傾げてこちらを見上げてくる。


「あっ‥‥な、馴れ馴れしかったですか、お姉さま‥‥? ご、ごめんなさいです‥‥。朝からお姉さまの顔を見れたのがとても嬉しくて、つい‥‥」


「い、いえ、そんなことは、ない、ですよ‥‥? た、ただ、と、突然だったので驚いているだけ、です」


「うぅぅ~、お姉さま、優しいですぅ~~~っ!!!!」


 ぱぁっと花の咲いたように天真爛漫な笑顔を浮かべる、穂乃果。


 その純粋な笑顔を見る度に、罪悪感で心がズキズキと痛んでくる。


 オレ、性別を偽って、こんな純心な子を騙しているんだよな‥‥本当、花ノ宮家のせいとはいえども、自分が情けなってくるな‥‥。


「? お姉さま、どうかしましたですか? 急に暗い顔になられて‥‥」


「いえ‥‥何でもありません。行きましょうか、穂乃果さん」


「はいっ!!」


 そうしてオレは、穂乃果と共に、花ノ宮女学院へと向かって行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 穂乃果と和気藹々と雑談しながらバスから降りると、オレたちは登校する生徒たちに交じり、学校へと続く坂道を上っていく。


 そして、校門の前に辿り着くと―――――そこに、一人の男性が立っていた。


 男性はオレたちに視線を向けると、ヒヒヒと引きつった笑い声を上げ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

 

「よぉ、昨日は世話になったな、クソガキども‥‥」


 そこに立っていたのは、先日‥‥穂乃果を痴漢して逮捕されたはずの男だった。


 何故、彼がここにいるのかが分からず、オレと穂乃果は二人して同時に足を止め、動揺の声を溢してしまう。


「え‥‥? え‥‥?」


「ど、どうして貴方が、ここに‥‥?」


 そう言葉を放つと、男はクックックッと不気味な笑い声を上げ、口を開く。


「‥‥お前たちのせいで、俺はな‥‥すべてをめちゃくちゃにされたんだよ。妻には離婚届けを渡され、報道には名前が載り、実家からは離縁すると宣告された‥‥。お前たちが警察に俺を突き出してからというもの、俺の人生は、もう、全部が全部終わりなんだよ!!!! どうしてくれるんだ!!!!」


 口から泡を吐き出し、焦点の合っていない目でそう叫ぶ、痴漢男。


 そんな彼の怒鳴り声に、穂乃果は「ひうっ」とか細い声を溢し、小刻みに身体を振るわせ始める。


 オレはそんな彼女を庇うようにしてスッと前へと出て、男と対峙した。


「‥‥‥‥すべて、自業自得のように思えますが。貴方が自分で招いた結果です」


「生意気言ってんじゃねぇぞ、クソガキが!! てめぇら学生と違って、こっちは色んなものを背負っているんだ!! お前らのようなのんきな学生とは違うんだよ!!」


「だったら‥‥穂乃果さんは黙って泣き寝入りしていろ、と、貴方はそう仰りたいのですか? まったく、自己中心的かつ一方的な考えですね。被害者の痛みを一切理解しようともしない。貴方は傲慢な人間です」


「うるせぇうるせぇうるせぇ!!!!!!」


 そう言って叫ぶと、痴漢男は懐からポケットナイフを取り出す。


 その光景に、周囲にいる登校途中の花ノ宮の生徒たちは、キャーッと、大きな悲鳴の声を上げ始めた。


 そんな周りの風景になど気にも留めず、男はナイフを手に持ち、ヘラヘラと笑みを浮かべる。


「てめぇらには、今から俺が受けた痛みをその身をもって知って貰う。その綺麗な顔と肌に、消えない傷を残してやるぜ!!!! その傷を見る度に、俺が受けた痛みを思い知るが良い、クソガキども!!!!」


 ナイフを持って、男はこちらに突進してくる。


 先日と違って、香恋や、黒服の男たちはこの場にはいない。


 ここにいるのは、登校中の女学生と、怯える穂乃果だけだ。


 当然、目の前の脅威をどうにかできるのはどう見ても、オレしかいないだろう。


「ちっ、こうなったら‥‥やるしかない、か」


 何年もやっていなかった、空手の構えを取る。

 

 すると、脳内に、ある男の声が響いてきた。


『――――良いか、楓馬。良い役者というものはリアリティを追求するものだ。だから、これからお前には、色々な経験を積んでもらう。スポーツ、音楽、料理、絵画、格闘技、などをな。無論、全ての分野で一流になることは求めていないし、そんな時間をお前に与えるつもりは毛頭ない。何故ならお前が目指すのは一流の役者だからだ。故に、お前には‥‥大体のことがこなせる、『二流の天才』になってもらう』


「‥‥‥‥‥‥こんな時にてめぇの言葉を思い出すとか、胸糞悪いんだよ、クソ親父」


 ふぅと短く息を吐く。集中する。


 そして、こちらに向かって走って来る暴漢と、オレは静かに対峙した。

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