説得
クェードは、総白髪を中途半端に染め、目つきは悪く、一見すると悪人にしか見えないと自覚はしていたが。
今日ほどその自分の外見の悪さに呆れたことはないだろう。
今までも見た目だけで疑われることはあったが、それでも術士協会直属の伝書士という肩書きは簡単に身分を保障してくれ牢に入れられるようなことは避けられてきた。
しかし今日という日は。
今にも突撃してきそうな騎士数十人に囲まれ、敵意と殺意に晒されていた。
「ええと」
その怒気に押されてか、自分の背後に隠れているアリシアを一瞥しながら、正式のものではないにしろ護衛の依頼を受けていたのを思い出す。
「あんたらは…」
強盗ではないだろう。立派な甲冑姿の騎士が何人も馬にまたがり馬上槍をこちらに突き出している。
「クェード、で間違いないか?」
「がああああああああ!!!!」
そうだ、という答えを聞くまでも無く。騎士のリーダー格であろう、一層豪華な黒い鎧の騎士が雄叫びを上げ突撃してくる。
「なあああ!?」
情けない声と共に突き出された槍を必死に避け距離を開ける。自分がこんな目に合っている理由を知りたい、質問させろ。そんな悪態を頭に浮かべるまもなく
「お父様!?」
「お父様!?」
アリシアの困惑した声に自分もまた困惑しオウム返しに声を上げる。
「よくもおお!アリシアをおおお」
アリシア、そういえば行方知れずの領主令嬢もそんな名前だったし、当人も家出とも語っていた。今の今まで忘れていたが。
「傷ものにしてくれたなああああ!」
アリシアの父、ザッカード国に隣接する近隣都市の領主の頭の中でどんなストーリーができあがっているのか。そんなことを叫びながら再び槍を向けてくる。
濡れ衣だ、出会って数時間前だしそんなつもりもねえし。早々に別れて一人旅に戻る予定だったし。
そんな言葉を返そうとするも、それを聞いたアリシアが頬を染め恥ずかしそうな、そして嬉しそうな表情をこちらに向けてくる。
「アリシアもちゃんと説明してくんねえかなあ!」
クェードは無手で槍を避けきれないと判断して、腰に帯刀していた無骨な剣を抜く。
切れ味がいいわけではないが、とにかく丈夫で刃こぼれを気にしなくていい、という仕上がりの無銘のそれを振るい、槍を受け止め、流す。
「はじめて…名前を呼んでくださいましたね…♥」
何に感動しているのか、色ボケしている少女が瞳に嬉し涙を浮かべ、さらにそれを見た領主の怒りが上乗せされていく。
「私の娘をおおおおおーっ」
「俺にそのつもりはねえ! 安全な場所まで連れて行くだけの、護衛と依頼主の関係だっつうの!」
槍を打ち返しながら呪文を唱える。正当防衛とはいえ貴族である領主に平民の自分が怪我をさせるわけにはいかない。
「守れ、魔力の煉瓦っ」
領主の槍と自分の間に半透明の魔力壁を生み出し、槍を受け止める。攻撃を数度防げば領主との会話の機会も増え、誤解も解けるかも知れない。そんな目論見だったが。
「うちの娘に拐かす価値もないというのかあああああああ!」
こいつ無敵か。愛娘アリシアの価値を否定しても怒りが増幅されるようであった。
面倒くせえ…飛んで逃げるか。飛行の魔術で逃走を図ることも考えてはいたが、相手は権力者だ。指名手配されそうで厄介だと使いあぐねていた。相手が悪い。残された手段は。
「アリシア、説明してくれ!」
その愛娘に仲介して貰うしかない。最もこれは…
「説明しますわ。お父様、彼はクェード様は私の夫になる人です!」
「殺すうううう」
だろうな、という結果を招く。その発言で命の危機なんだけどその夫候補。怒りが乗り突き出される槍の速度が上がっていく。それをかわし、防ぐ。
ただやはり(自分は認めていないが)夫となる人間が父に刺殺されかねない状況を見かねてアリシアが声をかける。
「お父様」
少々低めになった少女の声に領主の、父親の槍を振るう手が止まる。
「公務はどうされていますので?」
領主の職務を放棄し、領主自ら自分を探しに来たことを咎める。家出した本人がいうようなことでもないだろうが。
「それはお前を探すために」
「まぁ。領主が、職務を果たさず、身内を優先して、と。領民にそう説明されますか。お父様はいつもそう。私を愛してくださるのは結構ですけども、娘よりも領民を優先するのが領主としての責務ではないでしょうか。領民も、そして国王様もこれをどう思うか。我が家の未来がこれで明るくなるとでも」
「う ぐ…」
領主がぐうの音もでない、といった風に言いよどむ。娘の説教はこれまで幾度となく繰り返されていたのであろう。その不満を父親に告げる。
領主の娘は我が儘である、という評判を聞いたことがあるが、領主に自分よりも民を優先させたいという気持ちがあり諭していたのかもしれない。
自分の銅像を造らせその造形が気に入らず即刻壊したというというのも領主が勝手に作ったのをこの娘が壊した…というのが真相だろうか。
「しかし領主の娘がこんなチンピラに拐かされたとあっては…」
だれがチンピラだコラ。そんな言葉を飲み込み半目で領主を睨み付ける。幸い誰にも気づかれなかったようだが。
「クェード様はチンピラではありませんわ。それに何のためのお父様の家臣、騎士ですか。彼らが頼れないと?」
といった具合に家出した本人がそれを自ら探しに来た親に説教を繰り返す。そして、それが領主の弱点であろう言葉を吐き出す。
「お母様に言いつけます」「アリシア!?」
それだけは辞めてくれと言った悲鳴を上げる。尻に敷かれているんだろうな、と軽くアリシアの母親像を想像する。
「最も私も鬼ではありません」
「で、では…帰ってきてくれるんだね?」
いつの間にか家出娘と立場が逆転した領主が弱々しく質問する。正直なところは早く娘と自分を引き離したいというのもあるだろう。
「お父様。可愛い娘には旅をさせろという言葉がありますし」
ない。それは子であって娘ではないし、その続きを語ることは認められない。そんな内心を否定するように、アリシアが思いを綴る。
「クェード様のことは本気なんです。一緒に旅がしたいですし、結婚を視野にお付き合いしています」
してねえよ!? そんな言葉を吐くよりも先にそれを聞いた自分と、そして領主が意識を手放すのを確認した。
*
「あ 話は終わりました?」
帰路の準備をし始めていた騎士の一団の後ろからその少年が顔を出す。
「げ」
「露骨ですね!?」
嫌悪を吐き出したクェードに、弟子(自称)が咎める。
「ついてきてたのか」
「師匠が殺されずに何よりです」
弟子を名乗るくせに敬意も危機感も持ち合わせてないねえなこいつ。呆れつつ。
減ったと思った同行者が戻り、これで"三人"旅となったことにため息を吐くのであった。
「取りあえず次は大きな街ですね。買い物したいですわ。着替えとか見繕わないと、あと出来れば馬車とか」
アリシアが父…領主から預かったお金から旅の支度と環境を考えている。
出来ればなら、如何に置き去りに逃げるかだが。領主の殺意に充ちた顔を思い出す。それはそれで責任放棄だなんだと暗殺者を仕向けられかねない。そんな現状にクェードはやはりため息を吐き。
「面倒くせえ…」
最早口癖になりつつあるその言葉をぼやくのであった。
術補足
魔力の煉瓦
呪文魔術。かざした手の前に魔力による壁を作り、攻撃を防ぐ。
あくまで硬い盾を浮かべるだけで万物を防げるわけではなく、盾自体が弾かれることもある。




