修行
「起きろコラ」
昼過ぎ近くまで眠っていた不肖の弟子をベッドから蹴り起こす。
術士協会運営の宿。そこで一晩過ごした後のこと。サウマ…協会会長の言った通り襲撃はなく、さらに言えばアリシアも先のことがあったのかおとなしくしており夜這いをしてこなかったので良い休憩が取れた。そして新しい朝…は過ぎた昼。
「な…なんですか」
蹴り起こされ寝起きで混乱しているアムに告げる。
「修行をつけてやる」
術士の修行。成り行きで弟子にしたとは言え元は追い出す目論見だったが。金貨100枚をこの弟子の為に払った。取り戻す…分けではないが、師匠らしいことをやるべきだと考えた。それでこそ金を払ったかいがある。
「授業料は月に金1枚な」「えぇ…」
それはそれとして収入源の一つにする。
「ま、せびるわけじゃねえさ。言ってたろ冒険者組合で依頼受けるって。一緒にやりゃ一石二鳥だ、てめえ一人じゃ危なっかしいしな」
伝書士の仕事は常にあるわけではない。仕事の合間に暇が出来ることがある。それでも払いはよく、伝書士の仕事のみで十分だったが、蓄えを失ってしまった。次の路銀にはまだ余裕はあるが、稼いでおきたい。
冒険者組合は術士協会ほどではないにしろ主要な街にあり、"金のためならなんでもやる"人間を統率する組織だ。そういう輩を管理せず放置しておけば混乱を招くだけ。傭兵、何でも屋の合法化と違法行為への対処。それだけに依頼の内容も報酬も様々で、中には危険性や秘匿性から法外な額のものもある。
だが、まずはアムの鍛錬だ。何の依頼を受けるにしろ、使い物になって貰った方がいい。とはいってもクェード自身、何を教えていいかわからない。参考になるのは自分の修業時代だが、自分と違って根を上げて逃げられても困る。内容は吟味する必要があった。
「まぁ、まずは火傷治療の術かな」
人がいないわけでもないが、多いわけでもない昼の公園。といっても時期からか普段よりは多いであろう屋台も見え、それ目当ての客もまばらに見える。
その公園で、準備運動をしながら、同じく体を動かしているアムに話す。
「はぁ…火傷ですか…?」
理解していないアムに、その術を教授する理由を説明しようと続ける。
「基本的な…おそらくはまあ皆最初に覚える。魔術と法術二通り、どちらかで使えるようにするが、俺が出来るのは魔術による"塞ぎ""冷やし""自然治療を早める"ってやつだ。教える意味はまあ…そうだな 火球」
クェードは手をかざし呪文を唱える。"雑念を込めながら"。
ぱあんと音を立て、呪文を唱えた途端にその術は雑念による不純物が混ざり、暴発し、クェードの手の平を焼け焦がす。「ひぃ」アムは軽く引いていたが。魔術の失敗による暴発。未熟な術士がよく起こすし、戦闘中に事故として起こることもある。
「こういうことが、修業時代には頻発するからな」
といって火傷治療の術で傷を塞ぎ、見た目を元に戻す。とは言ってもこの術は見た目を戻し痛みは抑えられても瞬時に完治するものではなく、完全には痛みは消えないし、皮膚の下では焼けて壊死した組織を治癒しようと強化された代謝が働いてる真っ最中だが。
攻撃的な術の失敗のリカバーを先に学ばせる。術自体は火を出すだけよりも複雑だが、それこそ覚えれば単純な術は容易に扱える。
「もっとも、その前にまずは魔力を出力するというところから覚える必要があるが―――」
自称弟子を、ちゃんとした弟子にするためクェードは自分の記憶を参考に、模索しながらアムの鍛錬を開始した。
簡単な術の触りだけを教え、魔力に関する感覚を伸ばす修行を通した後は、軽く近接戦闘の鍛錬と軽い組み手、それらを終えた後は日が傾きかけていた。
「今日はこれぐらいにするか」
組み手により倒れたまま息を上げるアムを見下ろしながら、告げる。
時間としては短いかも知れないが、修行だけをやって疲弊する余裕はない。宿は襲撃されなかったとはいえ次どこで狙われるかも分からない。基本的なことは教えたし、次は課題として自己鍛錬をいいつける。これなら昨日のような勝手な外出も抑えられるだろう。
「クェード様~」
手を振りながらアリシアが近寄ってくる。宿で何かしており一応声をかけたが珍しく同行を断っていた。昨日の今日、夜這いもしないぐらいに反省したと思っていたがすぐさまその理由が判明する。彼女の腕には大きなバスケットがかけられていた。
「これは」「腕によりをかけました、妻の手料理ですわ」
立派な箱に彼女の言う豪勢な手料理とやらが詰められていた。 妻という言葉にいちいちつっこむのも飽きが見えていたが否定を止めると彼女の思うつぼだろう、一応訂正し、シートの上にさあ召し上がれとばかりに並べられた弁当に向き直る。揚げ物や蒸し物、多種多様のおかずとそれを挟むためのパンが数種、それにペーストやバターも用意されていた。特に主役と言わんばかりに箱の中で主張しているスライスされた肉は他以上にそれ単体でもメインとなるだろう。
「アリシアがこれを?」
「ええ。術士学校の共同生活の中で覚えましたの」
流石に感心する。後に続く"まずは殿方の胃袋を掴むのですわー"という言葉を無視しながら。さあ召し上がれと勧められるまま手をつけ、言葉を失う。美味しい。パンは流石にアリシア本人の手作りではないだろうが、具材にあったものを選んでおりそのセンスもよい。
その様子を指をくわえて見ていたアムに気づいたアリシアは、彼にも勧めて食事の許可を出す。二人分だろうが三人分だろうが変わらないので弟子の分も作っておきましたと言わんばかりにやや胸を張って。
術が使えるお嬢様以上のスキルを見せ、家庭のことも十分以上にこなし、一応、自分を好いてくれる、彼女に少し心が動かされるクェードであったが。
「どうです?どうです?娶ってもいいのでは?さあこの婚姻届を役所に提示しつつお父様に許可をもらいにいきましょうっ」
畳みかけて押しつけてくる彼女に冷静さを取り戻しながら、勝手に判の押された婚姻届を奪って焼き払うのであった。
(もうちょっとゆっくり攻めればいけたんじゃないかなあ…)
なんてアムも思ったりした。
術補足
火傷治療
呪文魔術。火傷痕に使い、痛みを和らげ表面皮膚を治療しその下の火傷を再生させる術。術士修行で最初に覚える術として有名である。




