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クェード・フレアス

 廃屋並ぶ街。

 かつて栄えていたであろうその街は、死臭漂う地獄と化していた。

 無数に蠢く動き回る死体が、生きるものを襲い、また死体を作っていく。

 昼間だというのに、人の営みは見る影もない。

 その街中、やや開いた道に佇む数人。


「アム、アリシア。時間を稼いでくれ」


 その中の一人、若白髪の男が、前に立つ少年と、少女に声をかける。

 アムと呼ばれた少年は軽装の剣士か。動きやすさを重視した鎧を着ている。金髪碧眼の美少年だ。

 剣を構え、迫る死者を切り払い、蹴り飛ばし、あるいは呪文を唱え、魔術の火球で焼き焦がし、死者の集団を蹴散らしていく。

 アリシアと呼ばれた少女。状況に合わぬドレス姿の美少女だ。緩やかなウェーブがかった黒髪をしている。彼女は地面を強く蹴ると、空中を漂い、舞うようにアムとは違った呪文を唱え、放つ。

 火の精霊を呼び出すそれは、アムの使った火の術や、焼き払われた死者の炎を吸って、自らの炎の勢いをまし、まだ燃えていない敵対者に飛び移り、着火を繰り返していく。

 そして。何者かがその状況をよくないと判断したか、まるで肉壁のように、その猛火を押し留めんと死者の一群が雪崩れ込ませてくる。

 その死者の大群を差し向けてきた存在。視界の奥に潜む、皺まみれの死人然とした老人が、怒りの声を上げる。


「キサマらナニやつだッ」


 半ば死者と化した体から異音のように絞り出されたその問いには誰も答えず、代わりのように白髪の男が術を解き放つ。時間を稼がせたのはこの呪文の詠唱を終えるため。

 呪文魔術。声を触媒とするもの。


「―――光爪陣(ライティングクロス)


 アムとアリシアが巻き添えを喰らわぬよう、後ろに戻るのを確認した男が、そう唱えると、目の前に無数の光の球が現れ、辺りを照らし。

 そして。ギィ、と何かを擦り合わせたような高い、不快な音と共に、目の前の死者がその幾つもの光の球により、貫かれ、引き裂かれ、バラバラに死肉が散らかされていく。


「……!」死者のしもべどもを壁にしていた老人が驚きの声を漏らす。

 当人もその光の球に胸部を貫かれていたが、その傷は煙を上げると共に塞がっていく。


「…は…はは無駄ダ! 死者どもはともかく、我が肉体は不死身!」

「この街5000人の魂を喰らって得た、な」

「…! キサマどこまで」


 知っているのか。男の漏らした言葉に驚き、そう問いかけて、しかし冷静さを取り戻し。老人があらかじめ捕らえていた、一人の子供をその皺だらけの腕で拘束しながら盾にする。


「こいツの命が惜しけれバ、術を使うナっ」


 子供を人質に、この場を離れ、距離を取る。こちらは不死身。死者の軍団を増やし、物量で疲弊させる。そういう目算あってのことだったが。


「"それ"、人質にはならねぇぞ」


「!?」呆れ声、ため息混じりに男が言い放つと同時に。男が投げた剣が人質ごと、老人を貫く。

 不死身故に無駄だと言ったはず。それに子供を見捨てるとは。そういう思考を、治らぬ自らの損傷に驚き、停止させる。

 不死身の体を貫いた剣は、まるで意志があるかのように動き、そのまま腕や体を切り裂いて人質の子供の手の中に収まる。


「"不完全な不死"ならまあ、この剣も効くじゃろうなあ。羨ましいのう…しかし…これはあんまりにあんまりじゃないかのう…?」

 人質として捕らえたはずの子供が、その姿に合わぬ口調で追及する。

 剣に貫かれ、老人と共に切り裂かられた体には、全く、何一つ傷がなく、ただ服だけが引き裂かれていた。


「わしは剣は使えんし、返すぞ」

 拘束から解放され、堂々と男の方へ歩き、剣を手渡す子供。年は先のアムと呼ばれた少年より一層若い。しかしよく見れば、ただの人質としか認識してなかったが、その姿の異質さに気づく。髪は深緑。額には石が埋め込まれている。

 不死身。不死。それらを目指すものの、羨望の的として、その特徴を知らないものはいない。


「"魔術王"…フォール・レイザス…!?」


 その言葉に彼は笑顔を返しながら、どこから取り出したのか、絵本に出てくるような魔術士然とした、三角帽子を深々と被る。寿命なき、完全な不死者としてこの世に君臨する5人の大賢者の一人。全ての魔術の基礎となるものを作り出し、使えない術はないとまで言われるそれの特徴が、古代人の緑髪に、額に埋め込まれた賢者の石。目の前の子供の特徴が、それであった。


「…待て。マテ待てマて…」

 完全な不死者。大賢者フォール・レイザスに付き従う者。確かに大賢者、魔術王はこの場で最大の脅威だが、彼らは悠久の時を過ごし、他者に興味を失っているとも聞く。今更この街を滅ぼした老人にすら何も感情も抱かないかもしれない。だが。

 完全不老不死、それを得て全てを失い、ただただ永遠の時間を過ごすだけ。それもまた不老不死を目指し、様々な術や犠牲を伴って不完全どまりの不死に甘んじる者達にとって羨望と嫉妬の的になる理由だが、それでも彼らは一つだけ、求めてやまないものがある。それが―――


「お前ハ! オマエは!!」

 大賢者の弟子と目される、若白髪の男は、手渡された剣を構えながら、呪文を唱える。

 それは、肉体を半ば無意味にした程度の不完全な不死に対しては、有効な術。魔王の力を借り受け、解き放ち、生命も、精神も滅ぼす術。禁伝、禁止。しかしながら、不死者に対しては、例外。


「“不死者殺し“! 死の(デス)解放者(デリヴァラー)!」


 殺しても、死なない者、不死者の忘れてきたはずの死。

 完全な不死である大賢者が数千年求めてきたもの。それが“彼ら自らを殺す手段“であり、彼。


「クェード・フレアス!」


 その名を叫ぶ声と同時、先程まで不死身を誇っていた老人の意識は途絶え、肉体が崩壊していく。クェードと呼ばれた男が放った術が、不完全な不死を滅失させ、死へと導いた。

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