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88.痴話喧嘩⑥

 ああ、さっきの音は、悠木だったのか。


「起きたのか、悠木」


 声をかけながら近づくと、悠木はなぜか、俺を見ながら後ずさりをする。


「なんだ?どうした?」

「好き、なのか?」

「なにが?」

「圭人」


 はぁっ?!


 悠木は、この手の冗談は言わない奴だ。

 その証拠に、悠木は真顔で、身構えるようにして俺を見ている。


 突然どうした?

 何があった?

 もしかして、おかしな夢でも、見てたのか?


「何言ってんだよ。藤沢は好きだけど、そんなんじゃ」

「キス」

「はっ?」

「してた・・・・」

「俺が?」

「うん」

「藤沢と?」

「うん」

「いつ?」

「さっき」

「どこで?」

「玄関」


 ・・・・なるほど、な。

 藤沢よ、俺、一回殴っていいかな、お前のこと。


 確かに、ここから悠木が藤沢と俺を見たのであれば、そう見えてしまったとしても、致し方ないかもしれない。

 実際のところ、藤沢と俺の唇の距離なんて、ほんの数センチ程度だっただろうし。


 でもっ!

 不本意だっ!

 悠木に、そんな疑いを持たれるなんてっ!

 いくら叶わぬ恋だとしても、こんな誤解はされたくないぞっ!


「あのなぁ、悠木。色んな恋愛の形があるのは俺は否定しないけど、俺の恋愛対象は、女だからな」


 悠木は、黙ったまま俺を見ている。


 俺の恋愛対象は、女。

 ってのは、もしかしたら、嘘かもしれないけど。

 だって。

 男だろうが女だろうが、今の俺の恋愛対象は、悠木なのだから。

 でも、そんなこと、バカ正直に言える訳がない。

 言える訳、ないじゃないか。


 しかし。

 なんだって悠木は、こんなに分かりやすく動揺してんだ?

 幼馴染みの藤沢を、俺に取られるとでも思ってるんだろうか。

 いや、既に藤沢は夏川と付き合ってるんだ、それは無いか。

 じゃ、なんで・・・・?


「仮に俺が藤沢を、その・・・・恋愛的に好きだとして、お前になにか不都合でもあるのか?」

「・・・・え」


 悠木が虚を突かれたかのように、大きく目を見開く。

 そして。


「いや、別に」

「だよなぁ?」

「・・・・」

「でも、誤解すんなよ。俺、藤沢とキスなんて、してねぇからなっ」


 フィっと顔を背け、悠木はそのまま俺の部屋へと戻っていく。

 俺も続いて部屋へ戻ると。


「しじょー、寝てたな」

「えっ?」

「全然、進んでない」


 不機嫌そうに、俺のノートを見る悠木先生が。


 やべ。

 寝てたの、バレた・・・・


「ここまで。明日見るから」

「え、どこ・・・・って、えーっ?!ウソだろっ?!オニかお前っ!」

「イヤならもう辞める」

「・・・・やります・・・・」


 悠木が出した明日までの課題は、学校の宿題なんかより、遥かに多い。

 でも。

 仕方ない、俺には悠木先生が、必要なのだから。


 ・・・・もしかして、これって悠木の八つ当たりなんじゃなかろうか・・・・


 満足そうな笑いを口元に浮かべる悠木に、俺はなんとなくそんなことを思った。

 何の八つ当たりかは、知らないけど。

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