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82.バレンタイン②

 9時を少し過ぎた頃。

 悠木が来た。

 ルイではなく、悠木が。


「今日は仕事早く終わったんだな。あれ?今日はチョコ持ってこなかったのか?どうせまた、食いきれないくらいメチャクチャ貰ったんだろ?」


 予想に反して手ぶらで来た悠木は、いつも通りじいちゃんとばあちゃんの仏壇に手を合わせると、なぜか和室の前に突っ立ったまま。


「今お茶入れるから、先に俺の部屋」

「いい」

「え?」

「ここで、いい」

「はっ?」


 悠木は、俺がクリスマスにプレゼントした赤いマフラーを巻いたまま、コートも脱がず、まだ和室の前に立ったままだ。


 なんだ?

 どうしたんだ?


 なにか、おかしい。

 こんな悠木、見たことない。


 玄米茶の用意をし始めていたのだが、一旦中断して、俺は悠木の元へ近づき、前に立った。


「どうした?なんか、あったのか?」

「・・・・いや」


 悠木は一度チラリと俺を見たが、すぐに視線を逸らし、その視線を忙しなく動かす。


 これは本格的に、おかしいぞ。

 仕事でなんかあったのか?

 真菜さんに、聞いてみた方がいいだろうか。


 そう思い始めた時。


 悠木が突然、コートのポケットから取り出したものを、俺に押し付けてきた。


「わっ・・・・なんだよ・・・・ん?」


 それは、赤いリボンが掛けられた、小さな箱。


「・・・・友チョコ」

「えっ」

「作った。夏川さんと」


 じゃ。


 と言うと、悠木は目も合わせず、あっという間に玄関から出て行ってしまった。


 友・・・・チョコ?

 チョコ?

 悠木が?俺に?

 作って、くれた?!

 まさか。

 今日は、これを渡すためだけに、来てくれたのか?!


 信じられない思いが、じわじわとした喜びに変わる。


 だって。

 悠木だぞ?

 あの、色々と諸設定のおかしい、悠木だぞ?!

 友チョコだろうが義理チョコだろうが、悠木が俺にチョコをくれるなんて、そんな事、あると思う訳、無いじゃないかっ!

 しかも、作ってくれた、なんてっ!

 前言撤回!バレンタイン、万歳っ!


 喜びの感情のままに、俺は玄関を飛び出し、走って悠木を追いかけた。


「悠木っ!」


 俺の声に、悠木が若干飛び上がりながら振り返った。

 驚かせちまったのは悪かったけど、そんなことより、俺は。


「ありがとな、悠木。俺、すげー嬉しい。今日イチ、嬉しい!」


 どうしても、この想いを伝えたかったから。

 本当は、抱きしめてしまいたいけど。

 そこはグッと、我慢して。


 ダサメガネの奥の瞳が一瞬大きく見開かれたあと、恥ずかしそうに伏せられる。


「大げさ」


 小さく呟いた悠木の口元は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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