72.家庭教師:悠木先生
・・・・こいつの頭、いったいどうなってんだ?!
寝てるとこ起こして計算式見せたって、寝ぼけ眼で答えるし。
おまけに、全問正解。
俺、とんでもない奴、家庭教師にしてしまったのかも・・・・
「ん~・・・・これってさっきと似てるけど、でも違うよな。この公式じゃ解けないし・・・・なぁ、どの公式使うんだ?・・・・って、おいっ!」
俺の家庭教師:悠木先生は。
いつだって、最初だけは隣に座って大人しくしているけど。
気付くといつの間にか枕を頭に、眠っている。
悠木専用の、枕で。
まぁ。いいんだけど。
悠木がうちでいつでも寝られるようにと、プレゼントしたやつだから。
いいんだけど、な?
今お前、俺の家庭教師だから、な?
「おいっ」
ペシッと、軽く悠木の頭を叩く。
「いて」
「これ、どの公式使うんだ?」
「あぁ・・・・」
億劫そうに目を開け、受け取った参考書をペラペラとめくり、悠木は事もなげに答える。
「これ」
「あぁ・・・・」
「昨日も言った」
「だっけか?」
「憶えろ」
「はい」
不機嫌そうに教科書を俺に突き返すと、悠木は再び目を閉じる。
どこの世界に、寝るついでのように教える家庭教師がいるんだよ。
まぁ、ここに確実に1人はいるけど。
ボサボサ頭の悠木の寝顔を、俺はなんとはなしに眺めた。
良く見れば。
シュッとした輪郭だって、長い睫毛だって、通った鼻筋だって、形の良い唇だって、ルイそのものだ。
なのに、なんで誰も気づかないんだろう?
俺だって気付かなかったんだから、人のことは言えないけど。
やっぱり、あれだからか?
あの、特徴的なグレーの瞳が、隠されているからか?
それとも、いつでもモッサリしたダサい服を着ているからか?
でも、たったそれだけのことで、こんなにも分からないものだろうか。
「しじょー」
目を閉じたまま、突然悠木が言った。
「オレの顔に答えは書いてないぞ」
「えっ・・・・あ、あぁ」
こいつ、俺がずっと見てたの、気付いてたのかっ?!
顔が熱を持ち始めるのを感じながら、俺は慌てて参考書に目を戻した。
だが、字面を追えども、中身が全く、頭に入って来ない。
・・・・悠木を家庭教師にしたの、間違いだったかな・・・・
「35ページまでやっておけ。終わったら、次英語。28ページから」
「・・・・はい」
それからいくらも経たないうちに、小さな寝息が聞こえてきた。
どうやら本格的に、悠木が爆睡モードに入ったようだ。
「顔に答えが書いてありゃ、いいんだけど、な」
数学でもない。
英語でもない。
もちろん。
政経でも物理でも。
俺が欲しい答えは、俺自身にもわからない。
そんな答えを求められたって、お前だって困るよなぁ?悠木。
よしっ!
と気合を入れ、気持ちも新たに参考書と向き合うこと2時間ほど。
グゥ・・・・
音の発生源を見れば、目を覚ました悠木が、腹に手を当てて俺を見ていた。
「メシ、食うか?」
俺を見たまま、悠木が小さく頷く。
「じゃ、作って来るから、少し待ってろ」
「うん」
大きく伸びをして固まった体をほぐすと、俺は部屋を出てキッチンへ向かった。
多分、俺がいない間に、悠木先生が俺の解いた問題をチェックしてくれているだろう。
悠木先生は、間違いだらけだと、すげー機嫌が悪くなる。はっきり言って、滅茶苦茶怖い。
でも、今日はかなり頑張ったから、多分悠木先生のご機嫌も、いいいんじゃないかと思う。
そんなご機嫌な悠木先生に、何を食わせてやるべきか。
冷蔵庫の中にあるものを確認しながら、俺は知らぬ間に鼻歌など歌っていた。
悠木先生の、満足そうな笑顔を思い浮かべながら。




