70.悠木の誕生日③
俺の家に向かう直前に、悠木はこのサプライズを思いついたと言った。
玄関の前で、【ごめん。行けなくなった】と俺にメッセージを送った後、鍵を開けてそっと家の中に入り、じいちゃんとばあちゃんに挨拶してから、静かに俺の部屋に入り込んで、電気を消したのだと。
俺はその時、部屋の入り口には完全に背中を向けていたから、悠木の侵入には全く気付かなかった。
本気で、飛び上がりそうなほど、驚いた。
悠木の仕掛けたサプライズは、そーゆー意味では、大成功だ。
でもな。
俺だって、ほんとはしたいんだぞ?
お前が喜ぶような、サプライズ。
なのに。
今日誕生日の主役のお前に、俺がサプライズ仕掛けられて、どうするんだよ。
「おいしい」
俺の作った稲荷ずしを一口食った悠木が、顔を綻ばせて俺を見た。
「おばあちゃんの味」
「だろ?かーちゃんに教えて貰ったからな」
1個食い終わった悠木が、皿の上に盛ってある稲荷ずしをじっと見る。
「どうした?」
問いかけに、悠木は何かを訴えかけるような目で、俺を見た。
なんだよ、その目。
そんな目で見られたって、全然分かんねえよ。
つーか、そんな目で俺を見るな!
俺の心臓、壊すつもりか、お前は!
「お腹・・・・」
じっと俺を見ながら、悠木は腹に手を置く。
「ケーキも、あるし・・・・」
あぁ、そっか。
腹、あんまり減ってないんだな?
ケーキ分の腹も残しておきたいけど、稲荷ずしもまだ食いたい。
それで、困ってる、と。
「持って帰るか?」
「うん」
俺の言葉に被る勢いで、悠木が頷く。
「タッパーに詰めるから、持って帰れ」
「うん」
「じゃ、ケーキ、食うぞ」
「うん」
悠木がまた、手放しの笑顔に戻る。
あれ?
悠木って、こんなに感情を顔に出す奴だったっけ?
嬉しそうに笑う悠木の横で、箱からケーキを取り出し、ろうそくを2本立てながら、俺はコッソリ悠木の顔を盗み見ていた。
無表情過ぎて、最初は何考えてるかよく分からなかった悠木。
そのうち、ほんの少しの表情の変化、目の動き、口調や声音で、なんとなく察することができるようになってきて。
そんなものに気付けるのはきっと、ごく僅かな人間だけだろうと、思っていた。
そして、そのごく僅かな人間の中には、俺も含まれているのだと。
「2回目、だな」
「ああ」
火の灯った2本のろうそくが、悠木のグレーの瞳の中で揺れていた。
「何本まで、増えるんだろうな」
俺の問いには答えず。
悠木はただ、ろうそくの炎をじっと見つめていた。
「全部?」
タッパーに詰めた稲荷ずしを前に、悠木は目を丸くした。
「ああ。食えるだろ?」
「うん、でも・・・・」
「いいから、持ってけ」
紙袋にタッパーを入れ、悠木に手渡す。
「で、それは置いてけ」
「え?」
「お前、他の奴のバイクに乗せて貰う予定でもあるのか?」
ブンブンと大きく頭を振り、悠木は大事そうに抱えていたものを、俺のベッドの上にそっと置く。
それは、俺が誕生日プレゼントとして、悠木に贈ったヘルメット。
さんざん迷った挙句、俺は真っ赤なヘルメットを選んだ。
少し派手かも?とも思ったけど、悠木はすごく喜んでくれた。少しだけ、照れたような顔をして。
「春には、2人乗り解禁だ。そしたら、バイクでどっか行こうな」
「うん」
「じゃ、気を付けて帰れよ」
「うん」
玄関のドアに手を掛けた悠木が、振り返って俺を見る。
「しじょー」
「なんだ?」
「ありがと」
ダサメガネの奥の目を細め、悠木はフワリと微笑み。
そのまま、玄関から出て行った。
俺は。
悠木の柔らかな笑顔に射抜かれてしまったようで。
しばらく玄関に突っ立ったまま、悠木が出て行ったドアを眺めていた。




