39.クリスマス・イブ①
”今日クリパやるんだけど、来ない?”
12月24日の朝。
洗濯中に掛かって来た、夏川からの電話。
「今日、バイト」
”えーっ!イブにまでバイト入れてんの?!なんか・・・・哀れだねぇ”
「うるさい、ほっとけ」
高校入学前の俺の未来予想図では、今日は朝から可愛い彼女とデートをしているはずだったのに。
デートどころか、【可愛い彼女】すらいないという。
現実は、厳しい。厳しすぎる。
”マユもミナミも来るのに、残念”
「えっ、マジでっ?!」
一瞬本気で、バイト休んでクリパに行こうかと思ってしまった。
だって、マユちゃんもミナミちゃんも、学年で、いや、学校でも5本の指に入るくらいの、可愛い子だぞ?!
”悠木も来るのに”
「ええええぇっ?!」
思わず、手にした柔軟剤を床にぶちまけそうになり、慌てて持ち直した俺の耳に、夏川の笑い声が響いた。
”なぁんて、ね。ウソウソ”
「なんだよそれ」
”ごめんごめん。悠木を誘ったのは、ホントだけど。でも、なんか用事があるんだって”
「そっか」
悠木と夏川は、あの勉強会以来、割と仲がいいらしい。
人見知りだという悠木から夏川に声をかけるとは考えにくいから、きっと夏川の方から積極的に悠木に声を掛けていったのだろう。
あいつは、悠木とは正反対で、誰とでもすぐ仲良くなれる奴だから。
・・・・どうせなら、藤沢にもその調子で、積極的に声掛けてやればいいのに。
”悠木の用事って、なんだろね?”
「知るか」
とは言いつつ、おそらくモデルの仕事だろう、ということは察しが付く。
だが、夏川は興味深々な声で、こう言った。
”もしかして、彼氏とデートだったりして”
「えっ・・・・わっ!!」
思わず、柔軟剤のボトルが手から滑り落ちる。
さっき、蓋をしっかり閉めておいたから良かったものの、そうじゃなければ今頃、洗面所が柔軟剤まみれになるところだ。
悠木に、彼氏?!
そっか、そうだよな。
いてもおかしくは無いんだ。
だってあいつ、女だし。
モデル仲間は男ばかりで、どいつもこいつもイケメンだし。
・・・・まぁ、あいつが女だってこと、知ってるやつがいるかどうかは分からないけど。
落とした柔軟剤のボトルを拾い上げながら、俺は軽い貧血のような眩暈を覚えた。
急に体勢を変えたからだ。
きっと、軽い立ちくらみだ。
・・・・じゃあこの激しい動悸は、一体なんだ?
”もしもし?四条?大丈夫?なんかあった?”
「いや。何も」
”ふ~ん・・・・ま、いいや。もしバイト終わって時間があったら、クリパおいでよ。遅くまでやってると思うから。じゃね~”
そう言って、夏川は電話を切った。
と。
息を吐く間もなく、今度は悠木からの電話の着信。
”しじょー今日バイト?”
「あ、あぁ。お前は?」
”仕事”
「そっか」
デートじゃ、なかった。
やっぱり、仕事だった。
激しい動悸が、少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
朝だと言うのに、なんだかものすごい疲労感を覚えて、俺はその場に座り込んだ。
”しじょー?”
「ん?」
”夜、少しだけ行っても、いいか?”
「うん、いいけど」
”多分、9時過ぎ”
「わかった」
”じゃ”
悠木は用件だけを伝えると、あっさりと電話を切った。
いつも、悠木からの電話は、こんな感じだ。
伝えるのは、要件のみ。
無駄な会話は、殆どない。
俺、どうしたんだろう。
俺にとって悠木は、なんなんだろう。
悠木にとって俺は・・・・なんなんだろう・・・・
パンッと両手で両頬を叩き、俺は気合を入れて立ち上がった。
ダメだ。
こんなこと考えてる場合じゃない。
さっさと洗濯しちまわないと。
柔軟剤を棚に戻すと、俺は洗濯機のスタートボタンを押した。
俺のこのグズグズした気持ちも、一緒に洗濯できたらいいのに、と思いながら。




