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102.夏休み②

「・・・・・」


 結構な長い時間。

 悠木は黙々と、夏期講習のテキストを読み込んでいた。

 悠木の頭なら、全問解く事なんて容易い事だろう。

 おそらく、出題の傾向に、興味を惹かれているのだと思う。


 帰国した翌日。

 悠木は土産を手に、俺の家にやって来た。

 そして、じいちゃんとばあちゃんに挨拶を済ませるなり、夏期講習のテキストを見せろと宣う。

 悠木の手元の玄米茶は、既に3杯目。

 しばらくは黙って悠木の側に座っていたものの。

 どうにも我慢ならなくなり、俺は悠木に声を掛けた。


「なぁ、悠木」

「・・・・なに」


 悠木はテキストから顔も上げない。

 そして、恐ろしく機嫌が悪い声だ。

 でも、そんな事など、最初から分かっている。

 俺には、取っておきの切り札があるのだ。


「海、行かないか?」

「・・・・はぁ?」

「バイクで」


 とたん。

 悠木がテキストから顔を上げた。


「ちょっと気分転換、付き合ってくれないか?」

「うん」


 頷きながら、悠木は既にテキストをテーブルの上に置いている。

 先ほどの機嫌の悪さも、どこへやら。

 そそくさと、日焼け対策の長袖パーカーに腕を通している。


 そんなに楽しみだったのか?

 もっと早く乗せてやれば良かったな。


 悠木の姿に噴き出しそうになりながらも、俺も支度を整える。

 大きな緊張感を、胸に。


 1つは、悠木を後ろに乗せて走る事の緊張感。

 もう一つは-。


「じゃ、行くか」

「うん」


 悠木は赤いヘルメットを手に、嬉しそうに笑って頷いた。




 少し迷って、俺は悠木に両肩に捕まるように言った。

 特にスピードを出すつもりも無かったし、悠木にとってもその方が乗りやすいんじゃないかと思って。

 ・・・・藤沢ならともかく、いきなり腰を掴ませるのも、な。

 安定を考えるなら、腰の方がいいのかもしれないけど。

 ・・・・俺的には、しっかり体に捕まって貰う方が、もちろん嬉しいけど・・・・って、いやいや、そんなこと、ない、断じてないぞっ!


『基本、後ろの奴は荷物と同じ』


 練習に付き合ってもらった時、藤沢がそんな事を言っていたような気がする。

 確かにそうだと、俺は思った。少なくとも、悠木は藤沢より遥かに大人しい『荷物』だった。

 わーきゃー声を上げる事もなく、ただ静かに、後ろに乗っていた。


 出発したのが遅かったせいか、海にはもう、それほど多くの人は居なかった。

 俺達は、砂浜へ続く階段の途中に並んで腰をおろし、海を眺めた。


「なぁ、悠木」

「なに」


 海を眺めている悠木の声は穏やかだった。

 バイクの後ろに乗れて満足だったのか。

 今こうして眺めている景色が気に入ったのか。

 理由は俺には分からないけど。


「俺、実は藤沢から聞いてたんだ。俺のじいちゃんとばあちゃんと、悠木の関係」

「そ」


 何でもない風に答えながらも、海を眺めていた悠木の睫毛が、ゆっくりと伏せられる。

【じいちゃんとばあちゃんと悠木の関係】とはつまり、悠木が【変質者に連れていかれそうになった】事。

 幸いな事に何も無かったとは言え、あまり人には知られたくない話であることに、違いはないだろう。

 間違いなく、悠木にとっては、大きな心の傷だ。

 でも俺は、俺が知っている事を、悠木に知っておいて貰いたかった。

 そのうえで。

 伝えておきたかった。

 俺の、気持ちを。

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