5.若き(将来の)騎士団長との出会い(後編)
「へへへ、しかし本当に若くて奇麗な女だぜ。全く役得ってもんだ」
公爵領がいかに発展していても、人目がつきにくい、さびれた場所というのはある。私はかどわかされて、男たちに廃墟らしき場所に連れこまれました。男たちは5人程度でしょうか。女の手でどうすることもできません。
でも、出来ることはやってみます。
時間を稼ぐことくらいはやらないと! 私は震えそうな手を抑えて、自分を叱咤します。
「な、何度も言いますが、私はアイリーン=リスキス公爵令嬢です。手を出せば命はありませんよ?」
「ほう。この期に及んでまだ嘘で脅そうとは、なかなかできた女じゃねーか。こいつは可愛いだけじゃなくて、とんだ上玉なようだ」
「嘘なものですか! 今すぐここから出て行けば、逃げおおせるかもしれませんよ。今が最後のチャンスです!」
そう言って、すごんで見せますが、
「へへ、気に入ったぜ、姉ちゃん。あんたが本物がどうかなんて、どうでもよくなっちまった」
「へ?」
何を言い出すのでしょうか。
「こんな上玉に手を付けなきゃ、男じゃねーぜ! へへへ、自分の値打ちを顧みずに不用意に街中を歩いた自分を呪うんだなぁ」
「くっ!」
なんてことでしょう。
何だか知りませんが、私が強く気持ちを持つほど、私に魅力を感じるようです。
「って、それじゃあ、どうすれば良いんですか⁉」
その理不尽さに地団太を踏みそうになります。
「決まってるぜ。おとなしく今日だけは俺の女になりゃあいいんだよ」
そう言って、男たちのリーダー格の男が一歩近寄ってきます。
「い、いや……」
さすがの私も恐怖が勝り、後ずさりをします。ですが、後ろは壁。逃げ場はありません。
「へへ、あきらめな! おら!」
「きゃあ!!!」
男が私へ迫り、私が悲鳴を上げた、その時でした。
『ぎゃあああああああああああああ!!!!』
いきなり、居並んだ男たちの最後尾の一人から、悲鳴が上がったのでした。
「な、なんだ⁉」
リーダ格の男が悲鳴を上げます。ですが、その間にも、バッタバッタと犯罪者の男たちは倒れていきます。
その奥から現れたのは、
「大丈夫ですか、美しいお嬢さん」
「王国騎士団長⁉」
「おや、私のことをお知りで。光栄です。ですが、騎士団長ではありませんが」
騎士団長は少し照れながら、余裕さすらも感じさせながら微笑む。銀色の髪を短くカットし、パープル色の神秘的な瞳。筋肉はしなやかさなのに、引き締まった体に清楚なシャツスタイルと、本当にさわやかだ。
でも、私は逆に「なんでこんなところにいるのー⁉」と叫びそうになってしまった。
なぜならその人は、
(なんで私を裏切る男その2の、クライブ騎士団長がいるのよー⁉ 私が絶対接触しないぞ! と心に誓った男の一人だったのにー⁉)
そう、この男は、前世でくどいほど誠実に私に愛を囁いていたのに、最後にはあっさりと裏切って国外追放の片棒を担いだのだ。
「は、はぁ⁉ 騎士団長だぁ⁉ って、へへ。そんなわけねえだろうが。こいつはまだ20代の若造にしか見えねえぞ! 相変わらず嘘のうまい姉ちゃんだぜえ!」
「ええ、その通りです。『副』騎士団長ですから、ね」
「は、はぁ⁉ 副騎士団長! そ、そんなバカな⁉」
あっ、そうか。今はまだこの若さだから副騎士団長だったか。でも、それこそ彼の実力を表しているようなもの。普通、二十歳そこそこで副騎士団長なんて、ありえないのだから。
リーダーの男も剣を抜いて構える。
でも、勝負は最初から見えていた。
「し、死ねええええええええええええ!」
「いいえ。死ぬのはあなたですよ。と言いたいところですが、洗いざらい首謀者について吐いてもらわないといけませんからね。そちらにいる女神をかどわかそうとした罪人について、ね」
「なあっ⁉ いつの間に」
実力は余りにもけた違いだった。リーダーの男の剣をやすやすと躱したクライブ様は、いつの間にか、その後ろへと回り込んでいたのだ。
あと、誰が女神だ。最後には裏切るくせに!
「ぐえ!!」
そして、みねうちによって、男を気絶させた。こうしてあっさりと5人もいた男たちを一気に鎮圧してしまったのだった。汗一つかかずに。その戦いが終わった後に、彼の部下たちがなだれ込んできて、賊たちを捕まえて連行していった。
「大丈夫ですか? 美しいお嬢さん。あなたが無事でよかった」
本当に優し気な声で、労りの言葉をかけてくれる。
(でも、だまされません! この人も私を裏切るんだから! ここで隙を見せてはだめだわ!)
そう決意してから、表面上笑顔を作りながら話す。
「あ、ありがとうございます。偶々副騎士団長がいらっしゃって助かりましたわ。この御礼は公爵家としていずれ、必ずしますね」
うん、これくらいの距離感がいいだろう。
助けてもらったので、余りにも失礼な態度は取れないけど、あくまで公爵令嬢としての社交的な会話によって距離感を保つのだ。
それにしても、前世ではもう少し歳をとってより精悍になったクライブを見ていたから、こうやって若き日の彼を見るのはとても新鮮だ。日ごろ鍛えている筋肉質な身体は、それでもほっそりとしていて、服装も白いシャツといったシンプルなもの。だけど、そこに一振りの剣さえあれば、最強の若き騎士が誕生する。
彼の神秘的な紫の瞳に優しく見つめられると、思わずドキドキしてしまいそうになるが、
(絶対、今回は騙されたりしないんですからね!)
危ない危ない、本当に女たらしどもが私の周りには多い。
というか、そもそもなんでこんなところに王国の副騎士団長がいたんだろう?
そのことを聞くと、彼は少し照れ臭そうに鼻先をかく。ぬぬぬ、その仕草もすごく可愛らしい。
「最近、公爵領に所用で宿泊をしていたのです。それで近くを散歩がてら警邏していたのですが、いつも同じ時間に、同じ美しい方がいらっしゃるのを発見しました。ですが、少し無防備過ぎる気もしまして……。警邏がてらその様子を見守るのを日課にしていたところ、今日の事件に居合わせたので、すぐに馬を走らせて救出にはせ参じたのです」
「そ、そうだったのですね。ありがとうございます」
まさか、偶然見られていて、しかも見守られていたとは。
完全に私のヒーローじゃないか。
いやいや、でも騙されない。こんな甘いマスクと善良な性格も、数年後には変貌して私を裏切るんだ。
距離を取れ、アイリーン。お前なら出来る!
「と、とにかくお礼を申し上げます。先ほども申しましたが、公爵家として十分なお礼をさせて頂きたく思います。後日、使者を送りますので、宿泊先を教えて頂いても?」
「もちろんです。ですが一つだけお願い事を聞いても宜しいでしょうか? 美しい人?」
その美しい人をやめてー。神秘的な瞳で見つめながら無意識に言うのをやめてー!
「な、なんですか? 無理のない範囲でしたら」
「お名前をお教えください。お嬢さん。また、お会いするために」
「……!」
会いたくない! 距離を取りたいと言ってるのに! でも、助けられて名乗らないとかはありえない。ぐぬぬぬ……。
私は悩んだ末に、
「アイリーン、です」
と名前だけ伝えた。ただの町娘だと思ってくれたら、と僅かな希望をもって。
でも、
「おお、やはり。その美しいお姿や、賊たちに対する気丈な立ち居振る舞い。そして現場に赴かれる貴族として責務を果たすお姿、やはりこの公爵家の美しき鳥、アイリーン=リスキス公爵令嬢でしたか」
なんだその美しい鳥って⁉
あっ、そうか、我が家の家紋のホワイトアイにちなんでいるのか。
って、私そんな風に言われてたの⁉
「私のことはご存じだったようですが、クライブ=グランハイム伯爵令息です。いちおう子爵の爵位は持っております」
ええ、そうね。あと、将来は伯爵になられますものね。
「あなたの窮地を救えたことはこのクライブの一生の誇りです。ぜひ、アイリーン様と呼ぶことをお許しください」
「え? いいですけど。って、はっ!」
しまった。前世でもそうだったから、あっさり了承してしまったけど、距離を取ってもう会わないようにする予定だった。
名前の呼び方を決めるなんて、再会を約束するのと全く同じじゃないか!
「ふう、それにしても、こんな薄暗い所に、あなたのような方は相応しくありません。どうぞ、手を。家まで送りましょう。公爵家の方々も心配されているでしょうしね。先ぶれは先ほど出しておきました」
「ああ、はい、もう好きにしてくださいませ……」
何から何まで至れり尽くせりで、彼に言われるままにするしかない。
でも、家にさえ戻れば、もう会わないようにすることは出来るだろう。
今日は完全敗北で、将来の騎士団長に完全にお姫様扱いで助けられてしまったが……。もうこんな醜態はさらさないように気を付けなければ。
「またお会いしましょう。アイリーン様」
いいえ、もう会いませんからー!
私は家に届けられ、彼が帰る際に放った言葉に、愛想笑いを返すのに精一杯だったのでした。
ああ、もう!
どうして前回の人生で私を裏切った人たちが、ぐいぐい来るの⁉ と、その理不尽にへこみながら。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「アイリーンとクライブはこの後一体どうなるのっ……!?」
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