短編 腕時計
コンビニ前で俺は吸い終えたタバコを灰皿にぐりぐりと押し潰す。
「君、良い時計してるね」
薄気味悪い笑みを浮かべた小太りで髪の生え際の後退を必死に隠そうとポマードで固めたベタベタな七三分けの男が俺に話し掛けてくる。
「あ、ありがとうございます」
「年季が入ってるのがまた渋いね」
「10代の頃に親父から貰ったやつなんで」
「そうなんだ、良いお父さんだね」
「いや、全然」
俺は取り繕った笑みを溢す。
「……それいくらなら譲ってくれる?」
「はい!?」
俺は男の発言に目が点になる。
「600万ならどう?」
「人をおちょくるのも相手を選べばよ、クソじじぃ!」
俺は舐めた態度が癪に障り激昂する。
「そうかい、気分を害して悪かったね」
ジジィはとぼとぼ歩いてコンビニを去って行く。
「気味悪いジジィだな」
俺は気を紛らわすためにもう一本タバコを吸う。
「はぁっーー」
煙を空に向かって吐き出した。吸い終え、灰皿に吸い殻を捨てた俺は会社に戻ろうと大通りから中道に入り、歩みを進める。
「あ、喉が渇いたな。コンビニで買えばよかったな。まぁ、いいか」
俺は自販機でお茶を買った。
「あー、生きかえる」
真夏の陽光をもろに受けて、干からびようとした俺をお茶が回復させる。真っ直ぐ道を歩いてると向かいにさっきのジジィが俺をまじまじと見て突っ立っている。
「あの野郎、なんなんだよ」
痺れを切らした俺はジジィの方向に向かって走る。俺が勢いよく走ってきても微動だにしないジジィ。
「おい、ジジィいい加減にしろ。今すぐ立ち去らなきゃ警察に通報するぞ」
「俺の大事な時計を返せ」
ジジィの唇は震えてる。
「あ、何言ってんの?頭おかしいんだろ」
「善良な市民から大事な物を奪った権力者め」
俺はムカつきまだ8割方お茶の入ったペットボトルをジジィに投げる。
ジジィはペットボトルをキャッチして俺に投げ返すと同時に距離を詰め、時計を身に付けている腕に噛みつく。俺は咄嗟のことに後ろによろめいて転倒する。
「何すんだよ!?」
俺はジジィの予想外の行動に思わず素っ頓狂な声を上げる。
ジジィは俺に馬乗りになり、次に時計のステンレス仕様のベルトに噛み付き顔をクシャと歪めて歯の力で腕から時計を引き離す。奪った時計のベルトで俺の顔を何度も殴る。
鼻血がドピューと噴射する。視界がぼやけて
意識が朦朧とする。その後のことは覚えていない。しかし、病院で目を覚ました時には俺の腕時計はなかった。
* * *
病院に入院した俺はテレビで犯人が捕まって安堵した。後日、警察から知らされたのは俺の父親が経営してる会社に以前勤めていた人で会社が経済的に厳しい状況で人を切るのを迫られた父親はあのジジィをクビにした。そのお詫びに俺が付けているあの時計を渡そうとしていたらしいが父親はやっぱりあの話はなかったことでとジジィを冷たく突き放した。