4のヒロインは2と4の悪役令嬢に救われました
短編ですが『うっかりのお陰で無印のヒロインが釣れました』の続きで、他のシリーズ作品とも繋がっています。
そのためシリーズを読了済みであると前提して、ところどころ説明を端折っている箇所があります。
今作が当シリーズの初見という方には意味がわからない話かと存じますが、ご容赦いただければ幸いです。
また、恋愛がメインではありませんが、シリーズで統一してこのジャンルに設定しています。
君となシリーズ10作目。
クローヴィアの首都リクローバにある一軒の民家。
白い壁にオレンジ色の屋根が鮮やかに映える、小さいながらも小綺麗なその家は他の家から少し離れて建っており、ぽつんとしたもの淋しさを感じさせる。
しかし庭に植えられた色とりどりの花や奥に見える家庭菜園に人の営みが感じられ、決して無機質ではない。
「ここですね」
「よし、感動の再会といきますか!」
そんな家に見合わぬ2人の令嬢が、今まさにその家の扉をノックせんと手を出した。
「そういえばルナって今どうしてるの?」
クローヴィア国王夫妻との晩餐を終えた後、ルリアーナとアデルは翌日のルナ捕獲に向けた打ち合わせのために集まった。
アデルはともかく、すでに王太子妃となっているルリアーナはあまり私用で国を空けるわけにもいかないので、実のところあまり余裕なく予定が組まれている。
「先日ライカ様に伺ったところ、平民街と貴族街の間にある郊外に住居を与えられて監視されているとのことでした」
食後の紅茶をサーブしながら、アデルはライカから伝え聞いたルナの処遇についてルリアーナに説明した。
「やはり王族に魅了の力を使ったのが問題になったようで、自由ではありますが色々制限も多いと。シャーリーさんとは違って半ば意図的でしたし、誤魔化すには見ていた人も大勢でしたし…」
頬に手を添え、ほう、とアデルはため息を吐く。
あの時は自分も愛する婚約者を奪われて腹も気も立っていた。
だからかルナの処遇について、あの時ライカはアデルに何も告げなかった。
それは『王家の問題だから』というのももちろんあっただろうが、アデルの立場上知らされないのはおかしいはずだったことを考えれば、これ以上アデルを傷つけないようにと考えたライカの配慮だったのだろう。
そのため改めて聞くまでアデルはルナがどうなったのか知らなかったのだ。
「そっかぁ。でも、その程度で収めてくださってよかったわ。やはり学生だったからかしら?」
紅茶を飲みながらルリアーナは国王の寛大な処置に感心していた。
しかしそれは大きな間違いで。
『ルリアーナ王太子妃のお陰だよ。大事に至る前に彼女が僕らを元に戻してくれたし、ルナの手綱も握ってくれているからね。今後を考えて彼女の心証を悪くしないためにもこのくらいがちょうどいいと判断されたんだ』
内緒だけどね、とライカが教えてくれた本当の理由を思い出しながらアデルは「そうかもしれませんねー」と嘯き、ちびりと紅茶を含む。
すっきりとした中にあるほのかな甘みがアデルを温めた。
「なら明日はその家に行けばルナに会えるのね?」
「はい」
居場所がわかるなら話は早いとルリアーナは早速翌日の朝から突撃することを決め、早々に部屋に引き上げていった。
そして今、件の家の前にアデルと2人、並んで立っている。
コンコンコン
インターフォンなどもちろんないので、ルリアーナはドアノッカーで扉を叩き、
「ルーナーちゃーん、あっそびーましょー!」
まるで友人の家に遊びに来た小学生のようにリズムをつけてルナを呼んだ。
……タトタトタドタドタドタッ!
バンッ!!
「なんっでアンタがここにいるのよ!?って、アデル…様まで!?」
勢いよく飛び出してきたルナは声だけでルリアーナだとわかったのだろう。
信じられないものを見たという顔で扉を開け、次いでアデルを見てさらに目を見開く。
アデルはその顔に苦笑しながら「おはようございます」と挨拶をし、彼女に向かって微笑んだ。
「実は、今日はちょっと、3人で前世の話でもしようと思いまして」
そして「今からお邪魔してもいいですか?」と言うアデルに、ルナは「……は?」としか言えなかった。
「まさか2人も前世持ちだったなんて…」
おかしいと思ったのよね、とルナは項垂れる。
彼女の家の1つしかないソファーにはルリアーナとアデルが、少し離れたところにあるベッドには家主であるルナが腰かけていたが、彼女はごろりとベッドに転がり「あーもー!!」と言いながら手足をバタバタさせている。
そうでもしないと込み上げてくる感情のやり場がないと言わんばかりだ。
「すみません、あの時はまさか他にも前世の記憶がある人がいるだなんて思っていなかったので」
アデルは「ああ、その気持ちわかる」と思ったが、今の状況でそう言うのは何か違う気がして、かと言ってでは何と言ったものかと困ったような笑みを浮かべる。
和やかに話すにはまだ互いに蟠りがあるのだ。
「ちょっとやてめよ!アデル様に謝られたら、私だけが嫌な奴になるじゃん!」
そう思っていたから、アデルはルナの言葉にきょとんとしてしまう。
怒鳴るように強い感情で放たれた彼女の言葉の意味を掴みあぐねていた。
「私が能力使って婚約者誑かしたんだから、悪いのは私でしょう…。なのにそっちに謝られたら…謝れない」
ベッドから起き上がったルナは先ほどの勢いはどこへやら、幾分バツが悪そうにそっぽを向く。
それは悪事をした人間がそれを罰せられなかった時の気まずい表情に似ていた。
一見わかりにくいが、彼女も彼女なりに反省していたのだろう。
罪悪感から逃れるために怒られたがっている子供のようなルナの様子にアデルはふっと笑うと、
「わかりました。ならこう言いますね。あの時はよくもライカ様に魅了をかけてくれましたね。私から愛する人を奪った罪は重いですよ!でも私は寛大だから、前世のことを全部話してくれたら許します」
そう言ってベッドにぺたりと座り込むルナに近寄った。
「なにそれ」
そんなアデルの言葉にルナも複雑そうな顔で笑うと、
「じゃあ私はこう言うべきかな。アデル様の寛大な処置に感謝し、謝罪として私の知る全てを貴女に語ります。って」
そう言って近づいてきたアデルと握手を交わし、あの一連の出来事の和解とした。
「ってことで、チャキチャキ吐いちゃおー!」
2人が和解を進めている傍らでいそいそと持ち込んだお菓子とお茶を用意していたルリアーナは、話がひと段落したようだと判断して意気揚々と拳を上げた。
「って、空気ぶち壊しか!」
それにルナがツッコむもののどこ吹く風、ルリアーナはアデルがルリアーナのために用意させたウィレル家特製のフィナンシェとマシュマロを嬉しそうに眺めていた。
「そう言えばルリアーナ様はルナさんが前世持ちだとご存知でしたが、ルナさんは知らなかったんですか?」
ふとアデルが先ほどルナが知らなかったと言っていたことが気になって彼女に問うた。
それを知っていたから言うことを聞いていたのではないかと。
「知らなかったわよ。だってこの人、突然やって来て目の前でウォルター様やギレン様をぶん殴って、恐怖に震える私をも殴ったのよ!?そんな人がどんな人かなんて考えてる余裕もなかったし、できれば思い出したくもなかったわ!」
しかしルナのその言葉を聞いて思わず「なるほど」と納得してしまった。
確かにあの間にそれを悟ることは不可能だっただろうと。
「だあって、一度痛い目見ないとわかんないでしょー?」
ルリアーナはルナにそう言い、「お陰で二度とやろうとなんて思わなかったはずよ?」とにっこり笑って見せるので、ルナは「あ、この人危険」と判断し、この先も決して逆らいはしまいと心に誓ったのだった。
「まあまあ、前世の話をすれば状況が変わるかもしれませんし、とりあえずルナさんのお話しを聞かせてくれませんか?」
「むぐっ」
アデルはルナの口にマシュマロを突っ込みながら、前世の話を彼女に強請った。
マシュマロが邪魔ですぐにはしゃべれない、という文句をマシュマロと共に噛み砕いて飲み込んで、ルナは深いため息を吐いた。
「私の前世は普通の女子高生だったよ。一般家庭で何不自由なく過ごしたし、学校も部活も楽しくて、不満を持った記憶はない。君となは友達に借りて4だけプレイしたの。一番のお気に入りはレックスで、彼のルートだけ3周はしたわ」
「あれ?でもレックスに好みじゃないって言ったって…」
話の途中だったがそのことが気になってアデルが問えば、
「だって彼、女癖が悪いし浮気性なのよ?ゲームでは『危険な男』『遊び人』ってのが売りだったけど、それを現実でやられた日には目も当てられないわ」
その疑問にルナは「そんな奴選ぶと思う?」と顔を顰めた。
確かに君とな4でのレッスクというキャラは少し長めの髪に着崩した制服がだらしない中に色気を醸し出す、所謂女誑しであった。
それは間違いないが、しかしアデルは「え?」と疑問の声を上げる。
「えっと、確かに設定はそうですが、今のレックスはいい子ですよ?私が幼い頃に教育しましたから」
「…なん、だと!?」
だってあまりにも設定が酷くて可哀想で、と語ったアデルの言葉はルナに届いているのか。
彼女は愕然とした表情で「何故レックスにあんなことを言ってしまったのか…」と後悔の涙を流した。
女誑しというただそれだけが気にかかる点で、それ以外は全て完璧に好みだったのに。
「ま、まあまあ、過ぎたことを言っても仕方ないわ。続きを聞かせてくれる?」
今はそんなルナに慰めの言葉を掛けるよりも別の話題で気を逸らした方がよさそうだ。
ルリアーナはやや強引にではあったが、ルナに話の続きを促した。
それに対し、やや虚ろな表情で「…そうですね、そうです、よね…」と答えたルナの声には全く覇気がなかったが、話してくれそうな雰囲気だったのでルリアーナは黙ってルナが口を開くのを待つ。
「ええっと、学校行って部活して君とな4をやって、…えーっと、あと何かしてたかな…」
再び口を開いたルナは、しかしふと眉を顰め、自分の記憶を確かめる。
「うーん、これと言って特徴のあることはしてませんね。まあ、死に方がちょっとアレだったけど」
「…覚えてるの?」
うーんと頭を捻るルナの言葉にルリアーナは意外そうな声を上げた。
今まで聞いた中でしっかり覚えていたのはアデルとリーネだけだったから、ルナもまた何らかのきっかけがないと思い出さないのではと考えていたのだ。
「あ、はい。なんか、学校からの帰りに知らない男の人につけられて、最初は無視してたんですけど途中でいい加減腹が立ってきて、「あんたさっきからなんなのよ!キモいんだけど!?」って怒鳴ったら「ああ、君も違うんだね」とか言われて突き飛ばされて。多分車に撥ねられたかなんかで病院に運ばれて、一命は取り留めたんです、けど」
「…けど?」
ルナは「ちゃんと覚えてますよ」と自分の身に起こったことをなるべく正確に伝えようと細かく説明していたが、そこで一度言葉を区切った。
やはりいざ自分が死んだ時のことを口にするとなると躊躇われるのだろうなとルリアーナは思ったが、ルナは「あの」と一呼吸置いて、
「えっと、私の死に際って、ちょっと色々問題にされがちというか、その人の道徳観とかによっては結構問題になったりすることなんですけど、言った方がいいですか?」
ちらりと2人を窺うようにしながら言葉を止めた理由を説明した。
もちろんより詳しく状況や人物を特定するためには説明はしてもらった方がいいのだが、この時点でアデルはルナの前世に思い至っていたため「いえ」と言ってため息を吐いた。
「今までのお話しで貴女が誰であるかわかりました。だから必要ありませんよ」
「そっか」
ルナはアデルのその言葉に目に見えて肩の力を抜き、安堵を見せた。
ルリアーナには理由がわからないが、ルナのそんな様子から何かとても言い難いことだったのだろうと思い、深く追求することはなかった。
事件について知っているアデルがわかったと言うなら無駄に彼女の傷を抉る必要はない。
「恐らく貴女は私たちがストーカー事件と呼んでいる事件の2人目の被害者です」
言うが早いか、アデルは懐から例の紙を取り出し、ささっと書き込みをする。
「ちなみにお名前を伺っても?」
書きながらアデルはついでとばかりにルナの名前を問う。
「ああ、清水莉緒」
「……やっぱり」
そう言えば言っていなかったとルナが告げた前世の名。
しかしその名を聞いたアデルの反応は『自分の予測が正しかったことが証明された』というものだった。
「え?」
ルナはどういうことかと聞き返したがアデルは答えず、代わりに何事かを書き記していた紙をルナに見せた。
「…貴女の疑問には、これを見てもらってから答えてもいいですか?」
君となの登場人物に転生してきた人一覧
・君とな無印
ヒロイン:シャーリー…転生者。今はルカリオを追ってクローヴィア?(棚橋紗理奈/ストーカー事件被害者/警察に助けられた人)
悪役令嬢:イザベル/中村鈴華…転生者(ストーカー事件被害者)ハーティア/第一の被害者
・君とな2
ヒロイン:カロン…転生者?処刑済み
悪役令嬢:ルリアーナ/野田芽衣子…転生者(ストーカー事件被害者)ディア/熱中症の人
・君とな3
ヒロイン:リーネ/中村美涼…転生者(ストーカー事件関係者)スペーディア/犯人を追っていた人
悪役令嬢:アナスタシア…不明
・君とな4
ヒロイン:ルナ…転生者。多分クローヴィア(清水莉緒/ストーカー事件被害者/第二の被害者)
悪役令嬢:アデル/石橋秋奈…転生者(ストーカー事件被害者)クローヴィア/最後の対象
「……なに、これ?」
差し出された紙を受け取ったルナは食い入るようにそれを見つめる。
そこに書かれていることを一言一句見逃さないと言わんばかりだ。
「私たちが把握している、この世界に転生してきた人物の一覧です」
そんなルナの疑問にアデルは答えたが、小休止とフィナンシェを食べていたルリアーナは「おや?」と思った。
普段のアデルならもっと詳しく説明するところだろうにと。
「へぇ、なんか、みんなストーカー事件の被害者って書いてるの、ね…!?」
そう思っていると紙を読んでいたルナが不意に目を大きく見開き、バッと勢いよくアデルを振り返る。
わなわなと体を震わせ、「貴女…」と呟いてアデルを見つめた。
「…私の名前を、覚えていますか?」
そんなルナに向かってアデルは淡く微笑みながら首を傾げる。
「覚えていますか?」ということは、彼女とルナは前世の知り合いであったということ。
アデルが先ほどルナの前世の名前を知っていた理由がわかり、ルリアーナは「そういうことか」と独り言ちる。
ルナの返答を待つアデルの表情は淋しそうでもあり、泣きそうでもあり、とても懐かしそうでもあった。
「あ、あた、り、…当たり前じゃない!!」
ルナはぐっと何かを飲み込み、しかし飲み込み切れなかったものが目から溢れて出ている。
「秋奈を、可愛い後輩を忘れるなんて、あるわけない!!」
「莉緒先輩…!」
「秋奈!!」
2人は互いを呼びながらしっかりと抱き合い、先ほどとは違う再会に浸った。
「そっかー、ルナちゃんはアデルちゃんの先輩だったんだね」
「そうです。ついでに言えば美波の先輩でもありますよ」
「あら?そうなの?」
「はい」
「ちょっと待って、なんでそこで美波?」
ルナがアデルの慕っていた先輩だと判明し、和やかな空気が漂い始めた頃。
小休止を延長させてお菓子と紅茶を楽しんでいたルリアーナとがアデルに話しかける。
だがそこからの会話にルナが首を傾げた。
何故ここにいない後輩の名前が出てくるのかと。
しかしその答えはとても単純なものだった。
「ああ、私、美波の姉なの」
ルリアーナは「ちょっと年が離れてるけどね」と言って自分を指してにっこりと笑う。
「ついでにあの高校の卒業生だから、大きな意味では貴女の先輩でもあるわねー」
「……ええ!?」
次々と新たな事実が明らかになる彼女に対して、ここでもルナは驚きの声を上げることしかできなかった。
「いやー、世間は狭いって言うけど、それが転生後にも当てはまるとは思わなかったわ」
「ホントですねー」
そしてそう言って笑う2人に『それはなんか違うと思う』とツッコむこともできなかった。
「あ、あああの、ところで」
こほん、と咳払いをして気持ちを落ち着けたルナは改まった顔で2人に向き直る。
「ん?」
2人はそんなルナに「どうかしたのか」と目で問うた。
ルナは「えーと」と言いながら先ほどアデルが置いた紙を指差し、
「このストーカー事件って、私まだ説明されてないんだけど、どんな事件?」
私は何の被害者なの?と自分の名前の横に書かれている文字を指でなぞって見せた。
ストーカーと言われて浮かぶのは自分の死の原因となったあの男だが、もしそうならここにいる2人もあの男に会って、そしてもしかしたら自分と同じように…。
そう思った時、ぞくりと底冷えするような寒さが背を伝い、肌が粟立つ感覚に思わず両手で自身を掻き抱く。
「すみません、そう言えばまだ私たちのことを話していませんでしたね」
失念してましたという慌てたアデルの声で思考を戻されたルナは慌てて手を解き「いや、大丈夫だよ」と笑う。
しかしその笑顔は力のないもので、彼女の傷の深さを思わせた。
「では上から順に説明します…と言いたいところですが、そうすると話が前後してしまうので、時系列順ではありませんがわかりやすい順でお話ししますね」
アデルはそう前置きしてから、シャーリーにしたのと同じ説明をルナにもする。
「まず莉緒先輩を突き飛ばした男ですが、彼は以前うちの高校の女生徒に馬鹿にされたのを逆恨みして、うちの高校に通っていた女子を何人かストーキングしていました」
アデルは紙に書かれているシャーリーの名前から指を差し、次いでカロンを指差す。
「シャーリーさんは親御さんのお知り合いに警察の方がいて事なきを得ましたが、その後すぐに事故でお亡くなりになりました。こちらのカロンさんは行動から察するに転生者だったのだろうという結論に達しましたが、残念ながらすでに処刑されているため確認できません」
「は!?処刑!?」
時折「えー」「マジか」などと小さく呟きながらも大人しく説明を聞いていたルナは、淡々とした調子のままでアデルが紡いだ『処刑』という単語に驚く。
それは日本での感覚からだろう、死刑があっても凶悪事件でもない限りそれが適用されない日本で育った彼女からすれば、乙女ゲームに転生して処刑されるなど意味のわからないことに違いない。
「はい。彼女は攻略対象者から手を引いていたルリアーナ様に冤罪をかけたのだそうです。ですがルリアーナ様に敵わず、逆に王族を狂わせた罪に問われ処刑されたとか」
「あの子はディア国の王位継承権第一位だったジーク様や他の攻略対象者全員に魅了の魔法を使った。その時の私は魅了の魔法の存在を知らなかったからただのヒロイン補正的な効果のお陰だと思っていたのだけど、そんなことを知らない王家は王子を含む6人の貴族子弟を誑かした女を恐れ、その存在を許さなかったの。だから極刑。びっくりするほど極端よね」
ルリアーナはアデルの話に補足するとルナを見てにっこりと笑い、
「だから貴女はそうなる前に助けたのよ?偶然だったし、アデルちゃんを助ける方が優先ではあったけど、あのままエンディングまで進んでから私が来ていたら、貴女もカロンと同じ運命だったかもしれないわね」
そう言って実は自分も彼女と同じ運命を辿りそうだったことには気がついていなかったルナにそれを教えた。
「……は?…………はああぁぁぁ!!?」
ルナは言われたことを一度頭に収め、その内容を分解して飲み込む。
そうして理解したのは、自分を脅かしていたと思われる人物が、実は自分の命の恩人だったという事実。
「なんてことだ……」
ルナは頭を抱えてルリアーナを見る。
今までも頭が上がらなかったが、これからもまた上がらない気がする。
けれど今までとは異なり、今はそれを素直に受け入れられた。
むしろ女神と拝みたい気分ですらある。
「話が逸れましたが、そんなわけでカロンさんについては何もわかっていません。あと、まだ会っていないアナスタシア様についてもわかっていません」
アデルは紙に視線を戻し、カロンに置いていた指をアナスタシアに移しながら説明を再開した。
しかし情報のない彼女の説明はすぐに終わり、今度はその指をルリアーナに移動する。
「ルリアーナ様は体調不良の中、男が美波をストーキングして自宅を覗いていたところに出くわしてしまい、彼から逃げている途中で亡くなりました」
そしてその指をイザベルに移す。
「そしてイザベル様ですが、彼女はあの男に刺されました。そしてなんとか姉であるリーネさんが働いていたお店の前まで辿り着きましたが、その後間もなく亡くなりました。リーネさんはイザベル様の復讐のためにあの男を3年間探した。その間にストーキングされていたのが莉緒先輩と私でした。ただ、私はリーネさんが男を見つけた時と同時期だったらしくて、さほど被害は受けていません」
ここが事件の本筋とすいすい指を動かしながらアデルは説明を続ける。
「結局男はリーネさんと間違って別の女性を刺し、そのことに逆上した女性が彼を刺し返して相討ち、リーネさんは失意の中生きる目的を失ったと自死を選ばれたそうです」
これが現時点でわかっている事件の内容です、とアデルは最後にそう言って紙から指を離した。
しかしルナは無言だった。
「恐らく莉緒先輩が、…亡くなったのはこの事件のすぐ後です。ニュースでこの事件が流れ、実は莉緒先輩も被害者だったとわかった時には、すでに亡くなっていたとニュースで言っていましたから」
アデルは胸の前できゅっと手を組み、意を決したようにルナに言う。
「そのニュースが流れた後、あの噂は消えました。そして莉緒先輩の遺書は、ちゃんと公開されて、彼女たちはその罪を突き付けられました」
「っ!!」
ぶわりと、ルナの目から勢いよく涙が溢れた。
堪えることのできない嗚咽が絶えず漏れる。
ルリアーナにはやはり事情はわからなかったが、『噂』『遺書』『罪を突き付けられた』などの言葉からある程度の予測が立ち、ルナの死に際を悼むように目元を歪めた。
彼女の傷が、少しだけわかったような気がする。
ルナはしばらく涙と嗚咽が止まらなかったが、やがて落ち着き、ハンカチを差し出したアデルに掠れた声で「ありがとう」と言った。
それはハンカチに対してだけではないことはちゃんとアデルに、そしてルリアーナにも伝わった。
明くる日の朝、スペーディアとの国境の街ウドスへ向かう馬車の中には2人の令嬢と1人の町娘が乗っていた。
「ルナさんも一緒に来てくれてよかったです」
「そうね。アナスタシアの前世がどういう人かはまだわからないけれど、情報は多い方がいいもの」
そう言って笑い合う2人の令嬢、アデルとルリアーナと、
「役に立てるかはわかりませんけどね」
その向かい側で苦笑する町娘、ルナ。
昨日の話し合いで3人は共にアナスタシアに会いに行くことに決めていた。
「アデル様にしたことの償いと、今世と前世の関わりを知るために私も行きます」
泣き腫らした目をしっかりと開き、迷いのない瞳でそう言ったルナを2人は暖かく迎える。
「仲間が増えて嬉しいです」
「わっ!?」
仲間が増えたことを純粋に喜ぶアデルはルナにぎゅっと抱きついた。
油断していたルナは少しバランスを崩したが、抱きついてきたアデルをちゃんと抱きとめる。
そんな2人を視界に収めながら、
「さて、残る1人でこの出来事はどう片が付くのかな」
ルリアーナは遠い地にいるまだ見ぬ令嬢とその先に待っている結末を思い、小さなため息を吐いた。
事件の解決はもうすぐだろう。
この時は誰もがそう思っていた。
読了ありがとうございました。