Watch For The Death 修正済み
「現状報告です。生き残っている人間、二十人です。残り時間はあと一時間です。ご検討を」
「に、二十人? マジで!」
翔太は目を見開き、口を大きく開けて驚愕の表情を僕に見せてきた。
「この実験で、全滅ってことも考えられそうだな」
「そうね。私達もクローンにもう少しの知恵と団結力があったら、確実に死ぬわね」
和弘と梨沙は何事もなかったかのように話をしていたが、その内容があまりにも残酷すぎて、後ろで子犬のように弱々しく歩く美波のように二人から少し距離を置いた。
二階へと続く階段まで来ると、男女の悲鳴がより鮮明に聞こえた。
「俺の考えを言うと、校庭に出た方が、逃げる側としては有利と思える。だから俺はこのまま一階へ降りる」
そう言うと足早に二階へと降りていった和弘にちょっと遅れて、梨沙が続いた。
「どうする?」
僕は周りにいるとても頼れない仲間に聞いた。
「そりゃあ、行くに決まってんだろ」
「うんうん」
「何でも和弘についていけば大丈夫だ」
満場一致で僕達も一斉に階段を駆け下りた。
二階で立ち止まろうとした美波を引っ張り、一階に降りてきた僕達に迫ってくるのは、血と思わしき鉄の匂いとトラウマになりそうなほどに血で染まった壁、そして雨上がりのアスファルトの上を歩いているように感じる血でできた水たまり。急いで駆け下りてきたため、地面に着地した時にその血だまりを踏んでしまったのか、僕の制服のズボンに飛び散っていた。
「うえぇ。やべえよこれ」
「お、俺も流石に生で見るのは」
翔太と圭介は何とか意識をつないでいるが、美波は血に染まった壁に背を向けて座り込んでいる変わり果てた男子生徒の姿を見た瞬間、体制を崩して、そのまま血だまりにダイブするところを圭介が受け止め、そのまま目を瞑ったままとなった。
僕自身もこれだけのスプラッタを見るのはアニメかホラー映画ぐらいだと思っていた。そんな僕に一つの疑問が浮かんだ。
「何で、こんなに血が…?」
「えぇ、だってそりゃあ、あんだけ怪我してんだからさ、血ぐれえ…」
「だって、実験では捕まえるか、逃げるかだ。そんなん手でタッチすればいいだけだ。怪我って言っても転んだ時に手足をすりむく程度で、こんなには出ないはずだ」
「ち、違うんだ…」
突然、階段わきの教室から、男子生徒が出てきた。
「お前は…」
「礼二、栗原礼二だよ…」
僕は生存者がいるという安堵感と歓喜に、心を奪われて、思わず抱き着きそうなところで、圭介が僕の目の前に出た。
「け、圭介…」
きっと圭介も僕と同じ疑問に気付いて、その答えを知っている口ぶりの礼二から真相を聞き出すのが先と考え、僕の気持ちを抑えてくれたのだろう。
「うおぉおお! よくぞ生き返ってくれた我が同士よ~!」
圭介はそのまま、小柄な礼二を強く抱きしめた。
一瞬でも少しはまともに考えられるんだなと思った僕自身を悔いた。
しかも、よそから見ると、剛腕な男が華奢な女の子を虐めているように見えて、思わず目をそむきたくなった。
「お、おい圭介。お前、美波はどうした?」
「え、私がどうかした?」
ついさっきまで死者のように真っ白い顔で圭介にもたれかかっていたはずの美波はケロッとした顔で僕の隣に現れた。
「あ、いや。大丈夫ならいいんだ」
僕は一度咳ばらいをすると、礼二に抱き着いている圭介を無理やりはがした。
「礼二。何で、脳死した生徒たちが血まみれなんだ?」
「ゴホッ、あ、あぁ。それより助かった」
「え、僕は君を助けた覚えないんだけど」
「いや、圭介からさ。首を絞めすぎて、危うく死ぬかと思った」
あのゴリラめ、加減を知らんのか。僕は涙目の圭介を睨んだ。
「ああ、そりゃあよかった。無事で何よりだ。で…」
「ああ。クローンのスタミナは無限だったって知った俺達は逃げる方にしてみれば、分が悪すぎる。そうやって途方に暮れて隠れてたら、返り討ちにしてやるって思う奴が現れたんだ。たぶん中学生の中でリーダー的存在のやつだったと思う。そいつに釣られて、他の奴も武器になるようなものでクローンに応戦しようとしたんだ。そしたら…」
「逆に返り討ちにされたと」
礼二の顔に悲しみの表情が芽生えた。
「じゃあさ、誰かがそのクローンを止めればいいんじゃない?」
「それは可能だと思うけど、僕見たんだ。果奈をその場から逃がそうとした太一が、果奈のクローンを止めているとき、太一が誤ってクローンの掌に触った途端に、クローンが爆発したんだ」
「命令違反だからか」
僕は唇を噛みしめた。
「それがショックだった果奈はその場に座り込んだままだよ」
津軽太一と南部果奈は俺達高校三年の同級生だった。彼らとは特に親しかったわけではなかったが、いつも仲良さそうにしていて、このまま結婚するんじゃないかとさえ思っていた。
「そんな…」
礼二の話を聞いて、美波はまた意識を失って倒れこみそうになったところを両側にいた圭介と翔太が支え、何とか踏みとどまった。
「僕達はこれから、校庭に行く予定なんだが、一緒に来るか? 校庭の方が逃げ切りやすいし」
「いや、僕はやめとくよ。僕は君たちと違って運動音痴だし、さっきも言ったようにクローンの体力は底なしだから。どこかに閉じ込めるか、障害物を利用して撒くしかない。校庭は遠くまで見渡せるから、クローンに見つかってもすぐに走り出せるけど、逆に死角が少ない。僕はおとなしく、この裏に隠れてるよ。僕は小柄だから、小さい教壇でも楽に入るんだよ。クローンにはない人間特有の知恵を絞れば、あと一時間とちょっと、きっと生き残れるよ」
礼二の言葉に勇気づけられた僕達はそのまま、教室を後にした。
「ねえぇ。君達~」
安堵の表情を浮かべた僕らに、同じくさわやかな笑顔を見せる血まみれの男子生徒がどこからともなく現れた。
その男子生徒が正気ではないことを僕は瞬時に悟った。その右手には理科室から持ってきたのかメスを握りしめている。
「僕のクローン、見なかったぁ?」
「い、いや」
僕は素直に答えた。
男子生徒は顔に笑みを浮かべながら、僕達の目の前を通り過ぎていった。
「あれが操られた奴か」
僕はゆっくりと深呼吸をすると、突然目の前に広がる廊下の向こう側から、誰かが走ってきた。
「逃げろ。お前ら!」
クローンかと思った僕達は和弘の声を聞いて、また、息を漏らし安堵したが、すぐにまた走り出した。
何かに追われてる。僕達はそう直感した。
「な、何でここに? 校庭に行ったんじゃないのか?」
僕達も梨沙と和弘につれられて走った。
「行こうとしたさ、でも、きっと正面玄関にはクローンがいると思って、裏口から出ようとしたら、かぎが掛かってた。だから、開けてもらおうと職員室に向かったが、中はもぬけの殻。キーストッカーもかぎが掛かってて開かないから、仕方なく正面玄関から出ようと思ったら、案の定こいつらが現れたんだ」
和弘は早口で自分達の行動をわかりやすく要約した。結論を言うと逃げようとしたところで、クローンとばったり出くわしたということらしい。
「じゃあ、あれは和弘か?」
「いや、一体は梨沙だ」
和弘は右で一生懸命走っている梨沙を親指で指した。
「あともう一体はお前だ」
「え、ぼ、僕!」