Chase of Friendship 修正済み
そこはまるで大規模なセールをやっている大型スーパーなどでよく目にする光景だった。
我先とばかりに相手を突き飛ばして、走り去っていく人。しかし、その場で聞こえてくるのは〝押さないでください〟や〝走らないでください〟のような平和な叫び声ではなく、どれも恐怖におびえる悲鳴だった。
「た、助けてくれ!」
その中の一人、中学生であろうまだ幼い顔をした、男子生徒が僕の足元にしがみついた。
「あいつを止めてくれ。頼む」
指さした方を見ると、男子生徒と同じ顔をしたクローンがゆっくりとした足取りでこちらに向かっていた。
「きゃああ!」
生々しい女子生徒の悲鳴が耳に轟いた。
見ると、反対側の廊下で腰を抜かした女子生徒が目の前に佇む自分のクローンを、目じりに涙を浮かべながら見つめていた。
「お願いします。助けて。何でもしてあげるから。お金もあげるから。だから…」
クローンは無表情のまま腰を折り曲げ、女子生徒に近寄り、肩に手を置いた。
「い、いやぁあっ! ううぇええ!」
一度その手に触れられたら最後、その女子生徒は自分の頭を押さえながら、奇声を放った。
「う…あぁ!」
そのまま床に這い蹲ると、体をくの字に曲げ、そのまま動かなくなった。
声だけ聞いてると、どこか気持ちよくなりそうに聞こえる、などと不謹慎な発言はあの翔太たちもしなかった。
「ほ、ほら…だから、助けてくれよ」
「じゃあ、とにかく逃げろ! 僕達が、ここであいつを食い止めるから」
表情に少し明るさが戻った男子生徒は、自分のクローンとは反対の廊下を全力疾走で駆け抜けた。先ほどの女子生徒を捕まえたクローンと正面衝突して、なぎ倒しても、すぐに起き上がり、逃げていった。
「って言っても、ここにずっといる気はないわよね」
クローンの前に立つ僕に梨沙が尋ねた。
「ああ…僕達も早く逃げないと」
「ねえ、見て!」
美波が指さした方には先ほど男子生徒が倒していった女子生徒のクローンと女子生徒が横たわっていた。
「クローン、動かないよ」
「おそらく、目的果たしたら、停止するよう設定してあるんだろう」
「うわぁ、外でも逃げ回ってるやつがいるよ」
「しかも、クローン滅茶苦茶早くね」
翔太と圭介はいつの間にか廊下の窓を開けて、外を眺めていた。
「ねえ、それよりあんたいつまでそうやってる気?」
「え…」
梨沙は両手を広げて立っている僕を見て、顔をしかめた。
「だって、クローンを止めとかないと…あれ?」
「クローンなら、もうどっか行ったわよ。ここにはあの中学生がいないってわかったんでしょ」
「なあ、でもあいつは足遅いよな」
翔太は外で逃げ回っていた女子生徒のクローンを指差した。
「ああ」
翔太と圭介の言葉に和弘が反応した。
「おそらく、肉体も本人たちのコピーなんだろう。だから、足が速いやつのクローンは同じぐらい足が速いってわけだ。でも、あいつは女子だからクローンも足が遅くなるんだろう」
「へえ~。よくできてるんだな、クローンって」
「ま、それで知能も同じだったら、大変だけどね」
梨沙はそういうと翔太と圭介を見て、嘲笑うように少し微笑んだ。
「僕達のクローンは今どこにいるんだろう」
「たぶん、食堂周辺じゃない。最初の実験で倒したとこそこだったし」
「じゃあ、しばらくここにいても安心だな」
「ここ三階だし」
「ねえ、私達って。他の人助けられないの?」
美波はくすんだ表情を見せた。
「こういう危機的な状況に陥ると、人間は自分の事しか考えなくなるのよ」
「でも、俺は人を助けたいと思うぜ」
「でも、外で一生懸命逃げてるやつを助けようとはしなかっただろ。それは自分を危険にさらしてまで人を助ける義理がないからさ」
「そうよ。今私達は安全地帯にいるから、誰もここから動く気しないでしょ。そういう生き物なのよ。人間って」
梨沙の言葉はどこかひどく歪んで聴こえた。
「そういう人間の悪いところを引き出すのが、この実験の本当の目的だと思うんだ」
そう言い終えた自分はどこかいつもの自分とはかけ離れた思想を持っているように思えた。
大量の死体を見て頭がおかしくなったのか。それとも…
「じゃあ、そういう修平は実験には不適切ね。だってあんただけでしょ。さっきの男子生徒を守ろうとしたの」
「うん。修平はすごいと思うよ。学校で見かけるぐらいの中学生を迷わず助けるなんて。私にはそんな勇気ないな」
みんなは美波の言葉にうなずいてから、僕の顔を見た。
「そ、そんな顔で見ないでくれよ。少し、照れる」
僕は自分の顔に熱が籠るのを感じた。
「くそぉ。修平ばっかずるいぞ。じゃあ、俺も誓ってやる。流石に全生徒は無理だけど、お前ら五人ぐらいは俺が命に代えても守ってやる」
翔太の力強い言葉に和弘がフッと笑った。
「いい心構えだ。でも、あんまりその考えに浸かりすぎて自分を見失うなよ」
和弘もいつもと何ら変わりない表情であったが、その言葉は嫌に残酷に聞こえた。
「じゃあ、俺も美波と梨沙だけは守ることに決めた」
「あら、いいこと言うじゃない。あんたにしては」
「その代わり守れたら、俺の彼女…ブッ!」
梨沙は人の悪い笑みを浮かべながら圭介を殴った。
「あ、間違えた。ブラ…ブブッ!」
「ち、違った。パン…ブヘッ!」
「じゃせめておっ…ブコッ!」
「おし…」
梨沙の拳はついに、圭介から鼻血を出させた。
翔太と圭介はまだ大丈夫そうだ。