Weakness In the Brain 修正済み
「お、これが僕か」
僕は今、もう一人の自分と見つめ合っている。
「標的確認。任務実行しマス。好きな対決をお選びくだサイ」
一見すると、鏡の前に立っているかのように自分と瓜二つだが、僕が右手を上げて指を指しても、相手は左手で返しては来なかった。
「お前の目的は何だ?」
「認識できません。もう一度お願いしマス」
どうやら、襤褸が出ないように精密にプログラムされているようだ。そう思った僕は小さなため息をついた。
「じゃあ、しりとりでもしようか。制限時間は十秒。ただし、今どきの若者が使う言葉のみで…」
「全員、終わったか」
最後にがっかりした様子で圭介が帰ってきた。
「ああ、俺のスリーサイズ…」
「俺も、ひらがななんてつまんねえぜ」
「僕は今どきの若者言葉対決をやった」
「私は○×対決をやったよ」
「○×対決? どうやって勝ったんだ?」
「まあ、日本人の不思議な習慣とか文化についてかな」
「ま、とにかく。全員クリアみたいだな」
「ちょっと待ってよ。これ、どうやるの?」
美沙がポケットからクローンの指を和弘に見せた。
それにつられるように、僕達もクローンの指を取り出した。
「何だ、まだ食べてなかったのか。早く食べろよ。気持ち悪かったら、見ないようにするとか、工夫すればいいじゃねえか」
僕達は自分たちが握っている指を見つめると、しぶしぶ口に運んだ。
「わ、ほんとだ。チョコレートだと思って食べると、ほんとにチョコレートの味がするぞ」
単細胞の翔太の脳は簡単に相手に影響されるが、多細胞の僕達はチョコレートだと思って食べても、吐き気を起こしてしまう。
「よっしゃあ、これであのからし味のガスからも解放されたんだ。いや~意外と簡単だったな!」
同じくバクテリアと同等の知能しかない圭介はケロッとした顔を僕に見せた。
「うわぁああ!」
「きゃ、きゃああ!」
突然、男子生徒の図太い声と女子生徒の甲高い声が食堂をこだました。
叫び声のした方を見ると、一人のスポーツ刈りの男子生徒がその場に倒れていた。そして何より驚いたのが、その男子生徒の頭が頭蓋骨もろともパックリと割れていて、中の脳らしき液体が外に漏れだしていたことだ。
「どういうことだよ。こいつ、いつも野球選手の事しか話してなかったのに…」
さっき叫び声を上げたらしき、男子生徒はその場で自分の頭を抱え、同じくスポーツ刈りの短い髪の毛をむしっていた。
女子生徒の方は倒れた男子生徒を凝視しながら、両手で口を押えていた。
そのほかにも周りをよく見ると食堂の中だけでも十人ほどが倒れていた。
「う、嘘だろ。こいつ漢字検定一級だぞ」
「何で…真美ちゃん、数学の成績、学年トップのはずなのに」
「嫌だよ。重則。一緒に生きようって約束したのに」
耳を閉ざしても、生徒たちの恐怖におびえる声が、僕の耳を刺激した。
「どうやら、脱落者もいっぱいいるみたいだな」
「いい、あんた達もあのまま女子のスリーサイズとか言ってたら、あの世行きだったわよ」
梨沙の目はいつになく真剣な眼差しで顔が恐怖で引きつっている翔太と圭介を睨んだ。
「え~。現状報告いたします。ただいま生き残っているのは中学生二十人、高校生十人。大人六人です」
放心状態の僕達の耳にヘリウムを吸ったような、ハスキーボイスが流れ込んできた。
「何、この声」
最初に口を開いたのは美波だった。
「放送室だ」
続いて和弘。それは美波の質問の答えではなく、音源であった。
「確か元々五十人以上はいたんじゃなかったか」
翔太の震える声。
「つまり」
僕も声を発そうとするが、かすれてうまく出てくれない。
「三分の一は減ったかしら」
はきはきとしっかりした口調で話す梨沙。
「う、そだろ」
圭介は恐怖で呂律がうまく回っていない。
「とにかく行ってみるか」
和弘の声で僕は閉じていた耳が開いた。
「行くってどこに?」
「放送室…」
美波の声で僕は口が渇ききってしまった。