お笑い芸人
志穂は美人でありながら、その容貌が疎ましかった。コメディアン志望の志穂には、美貌など邪魔なだけだった。
お笑いが好きで、テレビで漫才やコントを観る度、お笑い芸人になりたいと切望した。
だが、ネックは年齢だった。志穂は既に五十歳を過ぎていたのだ。
半分諦めていた時、年齢不問の『お笑い芸人』の募集を知った。
“挑戦しろ!”という、神の助けだと志穂は思った。
コントのシナリオは既に出来上がっていた。後は人前で披露するだけだ。
予選当日。会場の控室には個性的な若者が集まっていた。若者たちは志穂の格好を見て吹き出す者もいたが、まさか、それが女だと気付く者はいなかった。
エントリーナンバーを呼ばれて審査会場に入ると、志穂の格好を見た審査員たちがざわついた。
その姿は老爺だったのだ。履歴書に貼付された顔写真とのギャップに、全員が目を丸くしていた。
間もなく、合格通知が届いた。長年の夢が叶った志穂は感極まって号泣した。
芸名は、〈中性志望〉。それは自らが希望した芸名だった。
丸メガネに口髭を付けた甚平姿のハゲ頭の老人が、杖を片手に優先席に座る。
「ヨッコラショッと、ツーショット。なんちゃって。電車ん中は極楽じゃのぉ。山手線がわしのきっちゃてん(喫茶店)。優先席だから気兼ねなくコーヒーも飲めるし」
ポケットからボトルコーヒーを出して飲む。
「ゴクッ。うむ、うまいのう。コーヒーはなんてったってブラックに限るわい。ブラックったって、ブラック企業じゃないよ。ガハッ。無糖は大人の味じゃ。それに虫歯予防にもなるわい。わしは歯がないから、噺家。なーんちゃって。毛がないから、転んでもケガない。なんちゃって」
コーヒーを飲む。
「うーん、おいちぃ。今月の出費は、電車賃140掛ける2。往復じゃからの。コーヒーが110円だから、計……390円。400円足らずじゃ。年金で十分やっていけるわい。後は彼女がいれば言うことないんじゃがなぁ……。わしのタイプは細面の美人。わしより大きい人。うむ、待てよ、キスの時に困るな。その時はわしがつま先立ちすればいいか。それでも届かんじゃろな。歳は二十歳から。愛があれば年の差なんて、屁の河童。オナラの河童じゃないよ。――」
志穂のコントは、高齢者はもとより若者にもウケた。
人気者になって間もなくして、志穂は逝った。
天涯孤独の志穂の喪主を買って出たのは、予選の時の審査委員長だった。
「……彼女に、なぜ、お笑い芸人になりたいのか、と聞くと、『これまで、自分の出来ることはしてきたが、自分のやりたいことはしてなかった。……私は癌です。いつ、死ぬか分かりません。人生の最期を、自分のやりたかったことで終わりたいんです』。そう答えて、私を見つめました。その時、彼女の確固たる決意を感じました。――」
テレビでは、志穂のコントを放送していた。
「――現在、彼女募集中で~しゅ!モデルみたいにスリムな美人、友だちからよろしく~」