Illegal
レヒトの続編です。前作を見てからお読みください。
さて、おれが後輩に嵌められてから数日後、俺たちは山道を車で走っていた。
「なんかほとんど車通り無いですねぇ、先輩、こんなとこでなにする気ですか?」
にやにやしながら聞いてくるのはマリと会社で呼ばれる、俺の後輩だ。
「んー?もうちょいでつくよ。」
気だるそうに答えながらハンドルをきる。だんだんと山の奥に行くにつれ、マリの表情が怪訝なものになる
「………本当になにする気です?」
そんな風にマリが聞いたとき、ちょうどおれたちは目的地に到着し、おれがここに来た目的を話す。
「ま、有り体に言えば、復讐?」
「え………。」
そう、おれは数日前にややあって嵌められたことの復讐をしようと思ってここに来たのだ。ぶっちゃけ最初はマリのフィールド………法による殴りあいで決着をつけようと思っていたのだが、まぁ、柄じゃないのでやめた。
「私を殺すんですか?」
マリが、今日の昼御飯なんですか?とほぼ同じようなトーンで、指を頬に当てるあざとい仕草をしながら訪ねてくる。
「ん、まぁそんなとこ。」
おれはマリの腕を取り、両親指を結束バンドでとめる。
マリはフィジカルでおれに勝てないことを悟っているのだろう。ここでは殺されるまでに警察が到着できないことも。そのせいかあまり抵抗しない。まぁ、彼女にしてはこんな法治による保護が及びにくいところに来るのはいささか不用心にも思えるが、それは
「………先輩ならわかってそうですが、山に死体埋めても発見されますよ?犬とかが掘り返したり、ハイキングの人とかが見つけたりで、普通に。」
そう、山に死体を埋めることに効果がないことをわかっているから、そして。
「先輩、そういう系のリスク負わない人ですよね。」
おれが法による社会的な罰を受けることを嫌うことを知っているからだ、とにこにことした笑顔で突きつけてくる。だが。
「日本で行方不明として処理される人数は毎年八万人………」
ゆっくりと、噛み締めるように言いながら、車から出て直ぐの場に建つ建物、“目的地“に後輩をーー愛しの姫君をエスコートする。まぁ、ときどきその姫君とやらが土を固めた道に足をとられたりと少々エスコートが乱暴なのはご愛敬だ。
「そのうち何件が、“本来は死体が出て、殺人として処理されるべきだった案件“なんだろうな?」
にこり、と微笑みかけながら問う。
「どうでしょう。わかんないです。」
うーん、と唸りながらマリが返してくる。
うん、おれも知らん。と、そんな風にやってる間に
「ま、何件かはこういうふうに、死体を出さずに処理してる場合も、あるんじゃねぇかな?」
目的地………養豚場にたどり着いた。
「豚、ですか?」
キョトンとしたマリに教えてやる。
「うん、どっかの拷問だか処刑であったろ?豚に食わせるってやつ、髪やら骨やら血まで食うからそもそも死体でないしDNA調べようにもどこから採取していいかわかんないってやつ。ハチミツぶっかけると群がってきて、ていう。」
「へぇーそうなんですか?そんなのはじめて知りました。」
ニコニコと、笑顔のままで。でも、少しだけ恍惚としてマリが返してくる。
「そっか…………、じゃあ…………良かったな。いまから実地で体験できるぞ」
その耳元で、そう囁く。それは、私人による死刑宣告。完全なる法の埒外を、いまからヤるという宣告。おれはハチミツのボトルを取り出すと、彼女に頭からぶっかけた。
それをやられた彼女は、蕩けた顔で吐息を吐き出す。
そんな彼女を、豚とこちらを隔てる柵から無理矢理身を乗り出させる。ボソボソと、おれの声をその脳に染み込ませるようにその耳に注ぎ込む。
「ここは本来は潰れてるはずだった養豚場だ、書類上“この世には存在しないことになってる人間“に管理してもらってる」
国家に国民として登録する制度として、戸籍や個籍等があり、それをすることによってその人間の存在が公に認められ、そいつにはその国での法定責任と権利が発生する。
では、その国民登録をしなかったら?
それは、なんの保証も受けられないかわりに、どの国の人間でもないゆえに何者にも縛られない。この世に存在していないことになっているヒトガタのなにかだ。
そのヒトガタが管理する養豚場は、証拠を残さずにいろいろと処理できるので重宝している。
さて、そんなこんなで、あとはおれがこいつのけつを蹴っ飛ばすなりして、目の前でブーブー言っている悪食な豚たちに放り込めば復讐は完了だが………
「なんか言い残すことある?」
せっかくだし聞いてみる。どんなことを言うのか楽しみだし。と、彼女がこちらを向いて、口を開く
「先輩は、法とか、そういうのを守る人だと思ってましたよ。ぶっちゃけ、チョロそうだって、法を知り、それを破ることのリスクを忌避する人、私が一番楽に食える相手だって、だから狙いましたし。」
すごい侮辱だ、てか俯きがちなせいで顔が見えねぇ………、お、
「でも」
ゆっくりと、彼女が顔をあげると、そこには
「やっぱり、先輩は私の同類。いや、もっと最高な。パブリックエネミー、法治主義の敵。社会の
………………バグです。」
蕩けた、もう、たまらないと言ったような、恍惚という表現すら生ぬるい甘ったるい表情。
それ、その表情で言うことじゃねぇだろ…………。まぁそれはともかく、お前のラブコールは受け取ったよ、というわけで
「そうか、パブリックっつーかお前が先に吹っ掛けてきたからお前の敵としてこうしてんだけどな。じゃ、さよなら。」
お仕置きタイムです美味しく食われやがれください
グイッ
と腰の辺りを持ち上げて、豚の群れにくそ美味しそうな後輩をぶちこんだ
「あ」
呆けた声を出す後輩を冷めた目で見下ろして、でも、その後輩の虚無という言葉が相応しい表情に滾りを覚えながら、俺はその場から立ち去った。
その日から、おれの愛しの後輩は一人、行方不明になった。
みんなが悲しみ。やけに職場が湿っぽい。さて、そんな寂しくなった職場で、本日の業務を終えて。帰宅する。
電車を乗り継ぎ、後輩がいない会社を思い出してなんぞ不意にやってくる滾りを押さえて、コンビニで飯を買って。
トボトボと歩いて、歩いて、歩いて、ーーーーーーーー
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部屋につく。鍵を差し込んで回して、かちゃりと開いたら、ドアを開いて。中にはいる。
すると、部屋の奥からパタパタカチャカチャと音がしてーーーーー
「おかえりなさい!“先輩!“」
愛しの後輩が、豚に右腕と左足を食われながら這いずって某リングのあれみたくなりながら柵から脱出してきたところを、タバコをふかしながら待っていたおれに拾われて義手義足をつけられた後輩が迎えてくれる。
ちなみにこいつの戸籍だが、口八丁でとっくに消してある。いやーめんどかった。
「つー訳でお前一切の人権保証ないので、おれを嵌めた償いとして一生つくしやがれください。嫌なら反抗してね。全力で」
「はい…………いつかその喉笛かっ切ります」
とろんとした顔でおれにしなだれかかりながらラブコールを囁いてくれる。法治のフイールドからリングアウトした、法を悪用するスタイルのイリーガルなこいつ、さてどう立ち回るかね?なんて少しだけ楽しみに思いながら、二人で笑いあう。
うんうん。可愛い後輩に愛されてやっぱりおれは幸せ者だなぁ。と、思いながら二人で食事を取るのだった。