君の名前を教えて
――――何度目の春だろう――――
春と聞くと私、湾内 ハヤテ 17歳は新しい何かが始まるのではないかと思ってしまう。が、しかし、始まるどころか私はスタートラインにすらたっていない。
17年間友達ゼロ、学校では影で一人で弁当を食べ、クラスの空気状態の高校2年生なのです。
そんな蛇足は置いといて、置いていたらいけないんだけどね、ほんと。
*****
一人で寂しく校門の前に突っ立ていると、不意に右肩を叩かれ後ろを振り返ると腰まである撫子色の髪をなびかせ天色の瞳で俺を睨み付けている少女がいた。
俺は、少女の瞳を見ると一瞬時が止まったかのように固まってしまった。見知らぬ少女に睨み付けかれて恐怖で固まったんじゃない。まぁ、確かに恐怖もあるけど、一番は少女の何かに引かれたからだ、たぶん、うん。
「ちょっと、止まってないで前に行ってよ。邪魔で行けないんだけど」
「はい、すいません」
俺はそう言うと慌ててその場から逃げるように教室に、しっぽをまいて逃げた。ほんと、情けない。
俺の教室は2階にあるのだか、走って登っていたら段差に足を躓き転んでしまった、まだ転んだのはいいのだが人に見られてしまった。人に見られてしまった時の恥ずかしさときたら口では言い表せない。階段は走ったらダメだよ、ほんとマジで。
教室のドアの前までくると、いつも俺はこのドア前で入ることを躊躇していた。今なら逃げることが出来ると……。
教室のドアの前でたっていると不意に右肩を叩かれ後ろを振り返ると撫子色の髪をなびかせ天色の瞳で睨み付けている少女がいた。あれ、これデジャブなんて思っているとさっきの少女だった。
「ちょっと、止まってないでさっさと教室に入ってよ。邪魔で行けないんだけど」
「はい、すいません」
また、俺は謝ってしまった。だって、怖かったんだよ。
「あれ、デジャブ……」
少女も俺と同じ事を思ったのか口に出して言ってきた。思っていることは一緒なんだね。
俺はある疑問ができてしまった。この少女は、俺をどかして教室に入ろうとしたということはこの少女は同じクラスメートになるわけだが、だとすれば去年からすでに会っているはずなのだか全然記憶にございません。
少女もおかしいとと思ったのか聞いてきた。
「あれ、あなたがこの教室の前に立っているということは同じクラスってことだよね。でも、あなたこのクラスにいたっけ?」
この人さりげなくひどいこと言ってきたよ。まぁ、俺も全く同じ事をおもったんだけどね。
「ぃ、いたよ」
短い言葉で反抗すると少女は少し考える仕草をすると真剣なまなざしで言ってきた。
「ごめんなさい、記憶にありません」
ほんとひどいな、この子は……。そこはてきとうに「そういえばいたねー」でいいじゃん。あれ、それもそれでなんか悲しいぞ。
そんな、俺なんてほっといて少女は教室に入っていった。
俺もいつまでも教室の前でうじうじしているのが馬鹿馬鹿しくなり、渋々教室に入って自分の席に座り行くと俺の隣はあの少女だった。補足だが、俺の学校ではクラス替えはなく新年度になると前の年の最初の席順に戻る仕組みなのだ。ってことは、おい、少なくとも1回は席が隣になったことがあるってわけだ、それなのに俺全然覚えてない。
「あなたが私の隣なの、以外ね」
少女は口を開き不安そうな顔で言ってきた。
っていうか、何が以外なのという疑問が生まれたがそんな疑問を知ったところでただ悲しくなりそうだったからあえてそのままにしといた。
俺は短い返事をした。
「そうだな」
「でも、この席いいよねぇ」
「えっ」
「だって廊下側と窓側の真ん中で前でも後ろでもなくちょうどいい所の席じゃん」
少女に言われてみて初めて辺りを見渡すと少女が言った通りだった。廊下側と窓側の真ん中で前で後ろでもなくちょうどいい所の席だった。
「あっ、ほんとだ」
いつの間にか俺の口から独り言がこぼれ落ちていた。つーか、独り言って端から見たらただ単にキモいだけじゃん、自分で思ったらマジおしまえじゃん。
「あなたもそう思うの?以外ね」
「そう」
いや、だから何が以外なんですか?と言うのは、一旦置いといて、席に着いた。
普通に授業が始まってしまった。普通に先生が黒板に文字を書きそれをノートに写す、シャーペンのシンがなくなればカチカチと音をたててシンを出す。それを、1時間、1日、1年と繰り返していくと思うと嫌になってきた。
なんとか4時間目まで耐えきると、待ちに待ったお昼御飯の時間がきた。俺は火曜日限定のクリームパンをゲットするためだけが学校での楽しみだと胸を張って言えるくらいクリームパンが好きなのだ。それほんとヤバイやつだよね、自分で自分のことが恥ずかしい。
火曜日限定のクリームパンは購買で売っているのだか、火曜日には人が集まってきて人口密度が高くなってしまう。普通は俺みたいな奴はクリームパンに到達など出来るはずもないのだが俺には、ミスなんとかクションあるらしく人を避けてクリームパンを手に入れることが出来る。
しかも最後の1個だったらしい。
俺はクリームパンを食べるに必要な紅茶を買うために昇降口にある自動販売機まできた。俺は一様販売されている全種類を見るがいつも買っているペットボトルの午前の紅茶を買った。
俺が買ったと同時に午前の紅茶は売り切れてしまった。俺、今日ついてるんじゃね?なんて思ってしまった。
今日も無事クリームパンを手に入れることが出来た俺は変なテンションになり独り言を言ってしまった。だけど、独り言を言い切ることはできなかった。
「これこそ、湾内のバ……」
「ちょっと邪魔で飲み物が買えないんだけど」
という聞き覚えのある声がし振り向いてみるとあの少女だった。相変わらず、天色の瞳で俺を睨み付けていた。というか、さらに目付きがするどくなってね?
だが、俺は前のように謝ってしっぽをまいて逃げない。という訳で俺も睨み返してやろうと少女の瞳を見るとその決意はこなごなに打ち砕かれた。
「はい、すいません」
という訳でまたしても俺は逃げた。俺が、逃げた所は屋上だった。この屋上には人が来ることはない。なぜなら、立ち入り禁止なのだから。禁止の理由は、10年くらい前に大きな事件が起きたからとかなんとか。
この場所だけが俺のテリトリー、うぁ、俺こんなにも中二病なの、キモ。
そんな事より昼御飯を食べよう。とクリームパンの袋を開けようとした刹那、下から足音が聞こえた。もしかして、ウラメシヤ?なんだよ、ウラメシヤってそんな事よりなんで下から足音が聞こえきた。ここは立ち入り禁止だから生徒は愚か先生ですら滅多に来ないはずでも、誰が近づいて来ていることは明らかだった。
隠れる場所もなく、俺はゲームオーバーなのかと思い腹をくくると聞き覚えのある声がした。
「あれ、あなたも来ていたの?」
見るとまたあの少女がレジ袋を右手に持って俺の前に立っていた。
「あぁ、俺はいつもここで弁当を食べてるんだよ」
「確かにここでお弁当食べたらより美味しそうだよね。いやぁー私も前からここでお弁当たべたかったんたまけどさぁ、ほらここ立ち入り禁止じゃん、だから来るにこれなくてねぇ」
「じゃあ、なんで今日はここに入って来たんだよ?」
「今日は最悪なんだよ」
「何が最悪なんだよ?」
と、俺が少女に聞いてみるとすると少女はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔で話始めた。
「今日、購買に行ったらクリームパンが売り切れていたんだよ。それも私が来る10秒くらい前だって仕方ないからてきとうに選んで自動販売機でいつも飲んでいる午前の紅茶を買おうとしたら売り切れだった……それで、やけになって景色だけでもって思ってここに来たんだよ。」
だから自動販売機で会ったとき、あんなに目付きが鋭かったんだね。あれ、それってただの八つ当たりじゃね?
まぁ、今日の俺は機嫌がいいからいけどね。よし、最後の1個だったクリームパンを食べよ……クリームパンって、やばくね。ばれたら殺されるよ。まずは落ち着こう俺で売り切れてしまった午前の紅茶で……ヤバイ、ヤバイすべての元凶俺じゃん。
俺は顔青ざめてどう対処すればよいか考えるが俺の単細胞じゃあ、何一つ思い付かない。トホホホなんて思ってないで考えないとな。
俺を見かねた少女が聞いてきた。
「なんか、顔色悪いよ。大丈夫?何なら、保健室まで連れて行こうか?」
「いや、大丈夫です。俺、用事思い出したんで、さようなら」
「おい、待て。何か隠してるでしょ!」
鋭い目付きに睨め付けられて逃げられないと確信した俺は素早く頭を下げ、謝った。
「ごめんなさい、俺が買ったクリームパンで売り切れました。俺が買った午前の紅茶で売り切れました。わざとじゃないんです。命だけは……」
「私にどんなイメージ抱いているんだか……」
呆れた表情で言い、「ハァ」とため息をすると話を続けた。
「別にあなたを責めたりしないよ。買えなかった自分が悪いんだから」
「は、えっ?」
思いがけない返事が返ってきたから俺は言葉が詰まってしまった。
「これでこの話はおしまい。さぁ、お弁当を食べよう。それにしても驚いたよ好きな食べ物と飲み物が一緒なんてなんかウケるね」
「おう、運命感じるな」
ヤバイしくった今のはさすがにキモかった。俺自身もキモいと思った。
少女もドン引きしているような顔で俺を見ていた。
口は災いの元だな、ほんと身に染みるよ。
「うへぇー、キモッ」
少女が目を引きずり、俺から距離をとるのを見るとますますショックだった。
これからは気を付けようと固く心に誓った俺は床に座り込み、さっき開けた袋からクリームパンを取り出した。
すると、少女も座り込み話しかけてきた。
「ねぇねぇ!」
「なんだよ?」
「コロッケパン丸々1個あげるから、クリームパン半分ちょうだい。お願い」
少女はレジ袋からコロッケパンを取り出すと俺に差し出してきた。
別に俺は、コロッケパンが好きでも嫌いでもなかった。しかも、今はコロッケを食べたい気分という訳でもなかった。
お願いする仕草に少しも心を奪われなかったと言えば嘘になってしまう。可愛いとは悪だなほんと。
俺は持っていたクリームパンを半分にするとそれを少女に渡すと少女は嬉しそうに受け取り「ありがとう」と一言いうとコロッケパンを渡してきた。
*****
昼御飯を食べ終わると同時に昼休み終了のチャイムが鳴るとさっきまでいい天気だったのにいつの間にか曇っており、雨がぽつりと俺の額に当たった。
教室にいやいや戻ろうとしたところ少女が「ねぇ」と俺を呼び止めた。それも真剣な表情だったので、俺は一瞬息を止めて少女のまっすぐな天色の瞳に目を向けた。
まっすぐ過ぎて怖いなぁ~。
「えっと、その、名前教えて」
「ごめん、それは出来ない。俺は学校の奴らの事を誰も知らないから名前教えてあげられるような奴はいなんだ」
と話をいい終わると少女は顔を真っ赤にしながら天色の瞳を大きくし俺に怒りを向けてきた。
「もしかして、わざとやっている?誰があなたに人の名前を聞くのよ!あなたに聞いたって『知らない』の一言で終わる以外想像出来ないよ!」
そういい終わると少女は深呼吸し、話を続けた。
俺はその場に固まって指を動かすことすら出来なかった。
「そうじゃなくて私が聞いているのはあなたの名前だよ」
「へっ?」
それを聞いた瞬間俺は思考も停止してしまった。
今少女が聞いたのは間違いなく俺の名前だった。だが、俺の名前なんか聞いて覚える価値などないなんて俺が1番分かっているつもりだ。それなのに少女が俺の名前を知ろうとする意図が分からなかった。
少しの間沈黙という重たい空気がこの場を支配した。まあ、俺のせいなんですけどね、ほんとごめんなさい。
特に名前を教えない理由なんてないので、言うことにした。
「俺は、湾内 ハヤテ……17歳」
「いや、歳はきてないよ。っていうかなに、あの沈黙?てっきり私に名前を言いたくないと思ったじゃん」
「だって、俺の名前なんか知る価値もないじゃん。どうせ知った所で俺の事を忘れてしまうんだから」
俺はうつ向いて喋った。
今まで心の奥底にしまっていたものを少女に見せたのだ。だか、今日知り合った人間にそんな事を言ってもどうしようもないし、ただ単に迷惑なだけということは、俺自身も分かっているはずなのにのに分かっていなかった。
少女は優しげな表情でまっすぐな天色の瞳を見せながら言ってきた。
「価値がないなんて思わないよ、だって私があなたの名前を知りたいと思った時点で価値があるんだよ。それに私は忘れないよ。黒髪でツンツン頭をしていて死んだ目をしている。あっ、あとひねくれた性格をしていそうな、湾内 ハヤテのことを」
初めて親以外の誰かに名を呼んで貰えたような気がした。
名を呼んで貰えることが以外と嬉しいことなのだと知ることが出来た。
いや、待てよ最後のは偏見すぎやしませんかね?全くその通りなんですけどね。
「そんなにひねくれてるか?」
「うん!」
うんって改めてはっきり言われると心が痛いんですが……
俺はふとポケットからスマホを取り出し見てみると授業開始まで1分を切っていた。
俺はヤバイと焦り少女に早口で用件を言った。
「おい、ヤバイって後1分で授業が始まるよ!」
「えっ!?」
と少女もスマホを取り出すと、画面を見た瞬間焦り始めた。
「教室に速く戻らないと…」
と言うと走る準備をし、屋上から出て行こうとしたのを一瞬止めると俺の方を見て言った。
「そういやぁ、私の名前まだ言ってなかったね。嵐 アスカそれが私の名前ね」
とアスカは笑顔で言うとそれに続けて「私の名前忘れないでね」と目を細めて言ってきた。
こわー、絶対これからはさからわないよ……うん。
「あぁ」
とたった一言で終わらせると今度こそアスカは屋上を後にしようとした。
って俺も速く行かないと先生に怒られるよ。
屋上を出ようと扉から出るとそこはさっきと同じ屋上だった。
見るとさっき扉から出たはずのアスカもそこにはいた。
アスカも俺を見ると驚いていた。
汚物を見るような感じこちらを見られても困るんですけど……
アスカは驚いた表情のまま言った。
「これは、一体……」