第20話:最後の賭け
三対一となった戦況は、少しずつアレクたちに有利に動き始めていた。
このまま押し切れれば、何とか、マクシスを無力化することが出来るだろう。
と、マクシスの周囲に、無数のつららが浮かび上がる。
「ナメるなよ……この地上じゃ〈支配者〉級のスキルはまさに支配者。絶対の暴君だ。キミらにこの〈氷の支配者〉を防ぐ術なんてないよなぁ? パルドゥスみたいに〈神衣〉を持っているならまだしもさあ」
「ちっ。厄介ですね」
「ついでにオレは〈拳帝〉だしさ。脚だって立派な武器になる。一人でも戦い抜いて見せるさ。まずはこれ、受け取ってくれよおおおおっ」
叫ぶと同時の、氷のつぶての乱舞。
拳大の雹が吹き乱れ、アレクは防御を余儀なくされる。
そこに、マクシスの足払い。
すんでのところで躱すが、四本のゴーレム腕が頭上から急襲している。
(つ、強い……かも。もともと、複数の腕を使っての攻撃が得意だったし、脚まで攻撃に使えるようになって隙が無くなった。無詠唱の氷魔法も厄介だし。近距離がほぼ無敵なのに、中長距離でも優位に立ち回れる。逃げようなんて素振りを見せて距離を空けたら、狙い撃ちだよ!)
ミリコが思念で泣き言をもらす。
(せめて、こっちも魔法で反撃できれば……)
「ふざ……けるな」
アレクは激昂していた。
「ふざけるなよ?! 何が、〈拳帝〉だ! それはお前の力じゃない。それはエミーリヤの……エミーリヤの力じゃないか!」
「くっ」
氷塊による痛みもものともせず、マクシスに突っ込んでいき、ほとんど力任せに剣を振り下ろす。
マクシスは剣でいなそうとするものの、アレクの勢いのほうが強かった。
もともと、神剣級の鋭さを持つミリコである。
マクシスの剣を叩き折り、そのままゴーレム腕を二本一気に叩き斬った。
マクシスはこれまで、剣としてのミリコの性能を特に警戒していた。
そのため、直接かち合うような戦闘は避け、横合いから弾くなど、ミリコの斬撃を無力化するような戦い方をしていた。
だが、激高したアレクが力任せに剣を振るったことで、ゴーレム腕を犠牲にしてでも防御に徹するしかなくなったのだった。
激烈に打ち込むアレクに、マクシスも魔法を使う余裕がない。
戦いの中で必殺の魔法を練り上げるためには、先ほどアンヌと戦っていたアレクのように、まだスキルに馴染んでいなかった。
ティリスも参戦し、マクシスを追いつめていく。
再度、アレクが力任せの剣を振るった。
マクシスはとっさに、それを生身の腕で受ける。
「があああっ」
マクシスの左腕が飛んだ。
マクシスとアレク、これでお互い、右腕のみとなった。
怒りが痛みを超越しているアレクとは違い、劣勢に立たされているマクシスにとっては心を引き裂く痛みだ。
戦闘に集中したくても、痛みがそれを阻害する。
「あああっ、くそぉっ! オレが、オレがこんなところで死ぬ!? おかしい、そんなのおかしいから! 死んで、死んでたまるかああああっ!」
瞬間、マクシスの全身を氷の鎧が覆った。
鎧は見る間に大きくなっていき、やがては氷の竜と化す。
「くっ! 破れかぶれかよ!」
(どうしよ、アレク。斬っても斬っても、再生するよぉっ)
これでは手の出しようがない。
巨大な竜の爪にはすべて〈拳帝〉スキルによる補助が乗っており、一撃一撃が大木でもいとも簡単にちぎり飛ばす威力だ。
「そもそも、これじゃあいつに剣すら届かないしな」
「諦めるんですか。ならせいぜい邪魔にならないように死んでください。私はこの私を操った落とし前を、きっちりつけるつもりですので」
「……ティリス。一人でどれくらい、持ちこたえられる?」
「何か、考えがあるんですか?」
ティリスが訝しみ問い返した。
「あぁ。一号が残してくれた力がある」
「時間は。どれくらい必要なんです」
「うまくいくかは、賭けだけどな。三十ノギスク(≒三十秒)あってダメだったら、俺たちは終わりだ。ただし、成功した場合、マクシスにトドメを刺すチャンスが訪れる。その機を逃さず、ひと思いにやってくれ」
「ふん……。実際のところ、現状で有効な策は思いついていませんからね。乗ってあげてもいいでしょう」
「助かる」
と、思い出したように付け加える。
「ああ、それからひとつ。〈拳帝〉はエミーリヤのスキル、ですって? じゃ、あなたの〈剣術家〉は誰のスキルですか?」
ティリスはそう言い捨て、マクシスのもとへと走っていった。
「……痛いところ突かれたな」
ティリスの憎しみのこもった言葉に、アレクは何となく、地人が天人を恨む理由の一端を知ったような気がしていた。
もっとも、今は感傷に足を引っ張られている余裕はない。
アレクはミリコを脇にはさみ、ポケットからとある瓶を取り出した。
(ん? アレク、それ何? ……女王蜂? いつそんなものスリ取っていたのよ)
「最初に突っ込んだときかな。腕を持っていかれる直前にね。ミリコ、こいつに俺が今から言うことを伝えてくれ」
瓶の中には〈蜂妖精〉たちの女王が囚われていた。
これまでの潜入調査で分かったことがある。
地上では〈神獣族〉とよく似た種族が狼の獣人と呼ばれていること。
〈樹神族〉とよく似た〈樹妖族〉がいたこと。
それらから考えても、それぞれの種族はおそらく、本来祖先を同じとする種族なのだろう。
だとするならば――〈蜂妖精〉たちは〈翅神族〉と同祖なのではないか。
女王たる女王蜂にも、〈翅神族〉と同じ力が宿っているのではないか。
すべては賭けだ。
アレクは一号が残した魔力の残滓のところまで、女王蜂を連れてゆく。
女王は始め躊躇していたようだが、やがて、蜜を吸うように、魔力の残滓を吸い始めた。
それから、アレクは視界を飛ばす。
【迷いの森】の外から、内部を俯瞰するように。
アレクにとって、霧はあってないようなもの。
【迷いの森】の外の視点からでも、マクシスが化けた竜の巨大な体は問題なく視認できた。
「頼む、女王。俺の視界を、外にいるジガに飛ばしてくれ。一号はやってのけた。一号の力を借りれば、お前にもできるはずだ……!」
その時、巨大なつららの雨が辺り一面に降り注ぐ。
(きゃあああああっ)
「まだですかっ!? 何をしているのです、このグズ!」
罵りながらも、ティリスは舞うように剣を振るい続ける。
短剣ではほとんど竜の氷の体を削れていはいないが、それでも、手数が多い。
竜の体を駆け上がり、再生する端から攻撃を続けて、今にもマクシスまで剣が届きそうな一撃が何度かあった。
「頼む……さっき、見ていただろ。俺たちのこと」
アレクたちが霧の中に入る前、彼らを観察する第三者があの場にはいた。
おそらくは隠密系のスキルを持っていたのだろう。
ティリスは〈隠形〉で、アンヌは〈無形〉と、エルフたちはどちらも隠密スキルを持っていた。
だが、第三者に気づいていたのは〝目〟のスキルを持つアレクだけだった。
スキルという力の非対称性を示す出来事である。
その非対称性ゆえに、アレクは超越できる。
「後は……あんたが動いてくれるだけなんだ。それで、マクシスの隙を一瞬だけ突くことができる……!」
集中し、なおも視線は霧の外からマクシスの巨体を見つめている。
そしてアレクは、自分が最後の賭けに勝ったことを知った。




