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第18話:悪

 現世界に戻ったアレクたちが見たものは目を疑う光景だった。

 マクシスの突き出した剣が、エミーリヤの腹を貫いている。

 アレクははじめ、マクシスが何らかの方法で操られているのではないかと思った。

 だが、マクシスは嗤った。


「やぁ、見られちゃった」


 そんなセリフを放ちつつ、マクシスはどこか楽しそうだ。


「な、何をしてるんだ、マクシス? ティリスは何でお前を襲わないんだ? お前の剣が何で、エミーリヤを貫いているんだ? ……なのに何で、お前は笑っている……? 答えろっ、マクシスッ!」


 叫んだ瞬間、ティリスが双剣を抜き放ち、アレクへと襲い掛かった。


(わわっ、ちょっ)


 先程、アンヌを圧倒したミリコの剣技だが、今一つ精彩に欠ける。


(何これ、見たことない動きだよっ!)


 そもそも、なぜティリスがマクシスを襲わないのか。


「知ってるかい? ……地上には天空諸島では当たり前のスキルが失伝スキルといって失われている一方で、天空諸島にはない新たなスキルもあるらしいんだ。その一つが、そいつの持つ〈剣舞〉だってさ」


「マクシス。バカですか。わざわざこいつらに教えてやる必要もないでしょう」


「そうだね、ティリス。詳しく教えてやれ」


 ティリスの言葉に、しかしマクシスは全く逆の言葉を返す。

 すると、


「あなた方が千年の平和を享受していた間に、我々も手をこまねいていたわけではないということです。〈剣舞〉は級で言えば中級ですが、上級に限りなく近い性能を持っています。それはある二つのスキルを組み合わせることによって……」


「いや、ティリス、もういい。作り方までは」


 ティリスはマクシスに言われた通り、押し黙った。


「どういうことなんだ、早くエミーリヤを助けてくれ、マクシス!」


「助ける? 何で? オレさぁ、前から〈拳帝〉が欲しかったんだよねぇ」


「な、何を言っている?」


 ぐったりと動かないエミーリヤの首筋に、マクシスが剣を突き立てる。


「や、やめろ……」


「こいつさぁ、オレに対して偉そうだったんだよな。前からさぁ」


「やめるんだ、マクシス……!」


「アレク、君も偉そうだね。君の処分はこれからしてやるから、ちょっと待ちな」


「やめろおおおおおおおおっ! うあああああああああっ!」


 アレクは剣形のミリコを振りかぶって、強引に突き進んだ。

 だが、〈剣舞〉とやらの力でミリコにも予測不能な動きをするティリスが、それを遮る。


「ちょっと黙ってなよ」


 マクシスがゴーレム腕を二本だけ伸ばし、参戦。

 一気に形勢はアレクたちにとって劣勢となる。

 もともと、マクシスは〈剣聖〉だ。

 アレクの〈剣術家〉と比べ級の上でも上位であり、さらに四本のゴーレム腕がある。

 ティリスもまた双剣使いである。

 いかに神剣級とはいえ、ミリコ一本ではかなり不利だった。


「あっ、あ」


 エミーリヤがびくびく震え、小水を漏らす。

 以前にも見たことのある光景だった。


「これが、エミーリヤの聖紅晶クリムゾン・ティアか。いいねぇ、綺麗だ」


「やめろ! やめろやめろやめろおおおおおおっ!」


 聖紅晶さえ無事なら、肉体がいかに滅びようとも天人ティエレンは甦れる。

 しかし、聖紅晶を失ってしまえば、もはやそれまでなのだ。

 もし、マクシスがエミーリヤのスキルを継承してしまえば、そこでエミーリヤの命運は絶たれる。

 そして無情にも、マクシスは聖紅晶を自分の首筋に当てた。


「おぉ~。いいねいいね、力が満ちてくるのが分かるよ」


 どさり。

 音を立ててエミーリヤの遺体が力なく地に伏した。


「あ……あ……」


(アレク、しっかりして……! 今は……お願い!)


 目の前でクラスメイトを失い、自失しかけるアレクを、ミリコが必死で引き留める。


「なんで……なんでだ、マクシス……」


 膝から崩れ落ちるアレクに、マクシスは笑顔で答える。


「オレさぁ。……イリアが好きだったんだよねぇ」


「は?」


「アレク、聞いちゃダメ」


 ミリコが剣形を解き、アレクを抱擁した。マクシスの独白が始まる。


「イリアはさ、クラスで目立たないオレなんかにも、優しくしてくれたんだよね。イリアとポリィ、両方ともさ。だから、イリアはオレのこと好きだったと思うんだ」


「は? 何を言ってるんだ、マクシス……?」


 イリアが好きだったのはおそらくナルガンだ。

 それはクラスの誰もが気づいていたに違いない。

 だが、マクシスは滔々とまくし立てる。


「でもさ、イリアは死んじゃったわけじゃん。ナルガンのやつが下手を打ってさ。オレは悲しかったよ。つらかった。でも、オレ以上にポリィはもっと悲しかったと思うんだ」


「あ、ああ。ポリィとイリアは一心同体のようなものだから……」


「アレク、相手にしちゃダメ。まともに聞いちゃダメだよ」


 人型のミリコはアレクを守るように立った。


「だからさ。オレは思ったわけ。オレがポリィを慰めてあげなくちゃ、イリアを喪った悲しみは同じだ、ってね。だけどさぁ、抜け駆けしやがったやつがいたじゃんかぁ」


「は? 何を言って……? え?」


「マクシス、やめて。もうあなたの戯言なんて、聞きたくない」


 しかし、マクシスは止まらない。


「オレはさぁ、傷ついたよ。ポリィとなら二人で痛みを分かち合えるって。ポリィもオレのことが好きだからさ。オレの気持ちがイリアのほうに向いてたからって遠慮していたと思うんだけど、もう邪魔なイリアはいなかったわけだしね」


 先程、イリアを好きだった、と言っていたのではなかったか。

 それを、邪魔?

 アレクにはマクシスの言うことがさっぱり飲み込めなかった。


「なのにさあああ! 横取りしやがったやつがいたからよおおお!」


 急に大きな声を出して、マクシスが吼えた。

 ミリコが目を覆う。


「はぁ……最低……」


「でさ? でさ? そうなったら、次はもうミリコしかいないわけじゃん? オレはイリアも喪い、ポリィまで取られちゃったんだから。残りはミリコなわけじゃん。そりゃ、子供の頃からの腐れ縁だけど、順番から言ってミリコはオレのものであるべきじゃん? なぁ、アレクもそう思うだろ?」


「え? ……は?」


 アレクが呆けていると、再び瞬間的にマクシスが激昂した。


「なのによおおおお! お前ら、宿でも何かいい感じになってたじゃねえええか! なんでミリコは大人しくオレになびかねえで、アレクなんかに色目使ってんだよおおお! おかしいだろうが! アレクばかりがいい思いしやがってよおおおお!」


「……吐き気がする」


 ミリコが吐き捨てた。


「だから殺す」


「マクシス……あなた……」


「全員殺す。皆殺しだ。ちょうど、いい駒を手に入れたしね。スキルも色々有用なものを持っているようだし、なんたって素で位階550だ。一人ずつ殺っていけば、下手を打たない限りは負けやしない。クラスの中では武闘派だったエミーリヤだって、この通り」


「駒……使ったのか、あのスキルを」


 マクシスの真骨頂は剣技ではない。

 彼の真骨頂は、マクシスが持つ最上級のスキルに由来するものだ。


「〈精神浄化〉……ね。おかしいだろ? こんな便利なスキルが、竜帝による禁術指定スキルだなんて。おかげで、オレは天人相手にはこのスキルは使えない。使ったらどうなるか知ってるか? 先生による〈絶対支配空間ルーム〉の封印が、オレの聖紅晶と体との連携を阻害する。その時、凄まじい痛みに襲われるし、精神だって損なわれる」


〈精神浄化〉……〈精神支配〉系の最上位スキルだ。

 この力を持っているものはクラスでもマクシスしかいない。


「なぁ、不公平だと思うだろ? オレの持つ最高のスキルが、封印されてるだなんて。おかげでオレはクラスでも一枚劣る〈剣聖〉しかなかった。アレクなら分かるだろ?」


「うるさい。アレクに取り入ろうとしないで」


「ティリス、やれ」


 瞬間、ティリスがミリコの頬を張る。

 ミリコの口の端から血が滴った。


「こいつはいい駒だよ。ちょうど【迷いの森】の結界はさ、方向感覚を狂わせる効果があるだろう? 常時、微弱な精神支配にかかっているようなもんだ。だから、耐性が落ちていた。位階差のおかげで耐えきられる恐れもあったけど、エミーリヤと殴り合ってた間にうまく手に入れられてね」


 と、ティリスが反論した。


「バカですか、あなた? 私があなたのような天人に従うはずがないでしょう。頭でもおかしくなりましたか?」


「うん。そうだね、ティリス。オレに口答えした罰に、自分の太ももを貫け」


「仕方ありませんね。では……んぐぅっ!」


 ティリスが短剣を太ももに突き刺し、短い悲鳴を上げる。

 そのやり取りが、アレクにはとても奇妙で……おぞましいものに見えた。


「ま。この傷ぐらいはハンデってことにしといてやるよ。次はお前たちを殺す。オレのものにならないミリコならいらないからね。エミーリヤから〈拳帝〉が奪えたから、もうオレにミリコは必要ない。こうやって、クラスメイトのスキルを奪っていって、オレが最強になる。誰もオレに逆らえなくなるんだ。……例え〈精神浄化〉が使えなくてもね」


「狂ってる……」


 その言葉はアレクの心からのものだった。


「ハ! ハ! ハ! 何とでも言え。せっかく、この世界(地上)じゃスキルも使いたい放題なんだから、楽しまなくてどうする!? あぁ、お前らは地人ディーレンごとき相手にも苦戦するような雑魚なんだっけ。オレには位階550の駒があって良かったよ。さ、ちょうど二対二だからさ。楽しもうぜ」


 そう笑いながらマクシスの振り上げた剣が、アレクの頭上に迫った。

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