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第13話:白と黒のエルフ

 ティリスに飛びかかったジガは、平手打ちの一撃で地面に叩きつけられ気を失っていた。


「さて。霧の結界について知っていることをしゃべってください。言わなければ死にます。嘘をついても死にます。まぁ、正直にしゃべっても最後は殺しますが、逃げ出すチャンスは残ります。もちろん、あなたの聖紅晶は大変魅力的ですから、こっちは逃がすつもりはありませんので、今ここで絶望して死ぬという選択肢を取られても仕方ありませんが」


 淡々と、ティリスはアレクに告げる。

 アレクは自身の選択を後悔していた。


(こんな依頼受けるんじゃなかった。受けたとしても、ヤバいと分かったらいつでも逃げ出すことはできたのに、何か情報が得られないかと粘るんじゃなかった。いや、そもそもメアラディに潜入するんじゃなかった)


 エミーリヤとマクシスの二人を手玉に取ったアンヌと呼ばれた褐色肌のエルフは明らかに武闘派だ。

 アレクの付け焼刃の〈剣術家〉スキルでは到底太刀打ちできないだろう。


「ど、どうして俺たちが天人ティエンレンだと分かったんだ?」


 震える声で、アレクは聞いた。

 するとティリスは一言、


「アンヌ」


 と告げる。

 その瞬間、アレクの腹を痛烈な蹴りが見舞った。


「ぶぐっ」


 軽々、数ルヮイスを吹っ飛んだ。


「あの、今なんで、あなたが質問したんですか?」


 心底分からないという顔で、ティリスが聞いた。

 この女はアレクを殺すのに微塵も躊躇などしないだろう。

 今は戦闘をアンヌに任せているが、こいつも位階は550だ。

 どう考えても、アレク一人でどうにか出来る状況ではなかった。


「もう一度聞きます。霧の結界について知っていることを教えてください。もちろん、裏付けは取りますけど、効率化のために」


 次はない。

 言わなければ殺される。

 言ってもいずれ殺されるが、逃げるチャンスは残るだろう。


 まさに、最初にティリスが宣言したとおりだ。


 そんな状況下で、アレクは嘯いた。


「俺はもう死ぬのはあきらめてるんだ」


「は?」


「……今俺が考えているのは、今ここで死ぬべきか、それとも逃げ出すチャンスに賭けるべきか、どっちのほうが仲間たちの被害が少ないかってことだ。死んだほうがマシな結果になるなら、俺はためらったりしない」


 二人のエルフに見下ろされながら、アレクは腰の剣へと手を伸ばす。


(ミリコ、聞こえるか)


(アレク、だめ)


(いざってときは確実に俺の聖紅晶を貫いてくれ)


(だめ。アレクが変な動きしたら人化する)


(ばか。それこそだめだろ。万が一の可能性だけど、ミリコはまだ正体がバレてないかも知れないのに)


 アレクはミリコのスキル〈精神感応〉でやり取りをしていた。

 アレクの〈剣術家〉だけではアンヌに後れを取るかも知れないが、ミリコの剣術スキルを増強する力があれば、アンヌが動く前に自分の聖紅晶を貫くくらいはできるだろう。


 すると、ティリスが息をついた。


「そうでした。気弱そうな見た目につい失念していましたが、あなた〈勇気〉のスキルを持っていましたね。脅しは効きませんか」


「……なんでそれを?」


「あなたたち、どうせ儀式魔術なんて知らないでしょう? 産まれたときから最強のスキルを持っているんですから、そのスキルの力をさらに高めようなんて思うはずがないですもんね」


 ティリスは臨戦態勢だったアンヌを下がらせた。


「いいでしょう。多少は希望を持たせてあげます。あなたが逃げ出すチャンスに賭けたほうがいいと思える程度には。……こう譲歩していることからも分かるでしょうが、いざとなったら殺しますが、できればこちらは貴方を生け捕りにしたいのです」


「なんでだ? スキルを奪うだけなら殺して聖紅晶を奪えばいい」


「狙ったスキルを継承するのは帝国の秘術です。しかもそれは、そういったスキルではなく、いわば裏技のようなやり方だと聞いています。そのやり方を知っているのは帝国でもわずかに数名。せっかくの失伝スキル、継承を博打にしたくないのです」


 アレクにはティリスの言葉が本当かどうかの判断がつかない。

 だが、そんな嘘をつくメリットがない。

 ひとまず本当だと断じて会話を続ける。


「そちらはどこまで知っている?」


「そうですね、あまりにも大きくなりすぎて内乱を抑えきれず、しかも頼みの綱の〈聖勇者〉も対策を取られ始め、焦った帝国が『結社』に大きな借りを作ったところまででしょうか。それとも、せっかく莫大な援助をして天の島を落としたはいいが、わずか十五歳ほどの少年少女らに、虎の子の〈聖騎士団〉が返り討ちにあった公算が高いというところまででしょうか。……あなた方の人数は概算でざっと三十人はいないくらいだろうというところまででしょうかね」


 アレクは愕然とした。

 ほぼ筒抜けではないか、と。


(いや、そんなはずはない。人数までは知りえるはずがない。鎌をかけているだけだ。……あのアンヌとかいう黒エルフのほうは、俺たちは完全にノーマークだった。調べればすぐ、俺たちが荷車を引いてやってきたことぐらいバレているはず。あれにいっぱいに積んで俺たちのひと月の小麦粉ぐらい。そこから計算されたんだ)


 アレクも鎌をかけ返す。

 エルフの目的は、おそらく帝国への造反だ。


「例えば、帝国と戦いたいなら、俺たちはエルフに協力してもいい。それで俺たちの身の安全を保証してもらえたりはしないか」


 すると、ティリスは奇妙な表情をした。

 一番近い表現するなら、苦虫を噛み潰したような、といった感じか。


「ここは嘘をついてでも、そうしますと答えたほうが賢明なのでしょうね。……ですが、無理です。私たちエルフ、いや、地上に住むすべての人間は、あなた方を憎んでいます。身の安全などとうてい保証できるものではない。

 さぁ。こちらも質問に答えてもらいますよ。もし嘘をつくようでしたら、そちらの剣を折ります。バレてないとでも思っていましたか? ですが、答えてくれるようなら、その剣はまだあなたが持っていてもいいでしょう。――霧の結界について、あなたが知っていることを答えてください」


 ティリスの目は苛烈だった。

 これ以上は引き延ばせない。

 アレクは観念した。


「……水系の魔法と光系の魔法の合わせ技で、この山全体を迷いの森にしている。迷いの森というのは方向感覚を狂わせる結界で、この場合はラックベル山から絶対に出られないよう、魔力のこもった霧を噴霧している。即席の魔力噴霧装置だからそんなには持たないが、あと半年くらいはこのままだ」


「どうやったら出られるんです?」


「〈幻霊視(セカンドサイト)〉の能力を持った目のスキルが要る。それでも方向感覚は狂っているから、事前に道を知っていなきゃ出るのに総当たりでかなりの時間がかかる。中じゃ、上がってるか下がってるかすら段々分からなってくるはず」


「なるほど。ではやはり、あなたを今殺すわけにはいきませんね。良かったじゃないですか。じゃ、さっそく中へ入りますよ。少しでもおかしな動きを見せたらアンヌがあなたを殺します」


「ま、待ってくれ。今入ったら、さっき結界に入ったばかりのエミーリヤ達と鉢合わせる! 二人を殺さないと約束してくれるか?」


 エミーリヤとマクシスの二人は霧の結界が方向感覚を狂わせるものだと知っている。

 その場を動かず、じっとしているはずだ。


「あなた、バカですか? こちらを殺そうと向かってくる相手を助けてあげる義理があるとでも? 見つけたら殺します」


(くそ! くそ! 何か、この状況を打開する方策は……!?)


 アレクは必死に、周囲を観察した。

 肉体の目はティリスを見つめながら、〈千里眼〉であたりをくまなく探す――



 その時、アレクたちの仲間でもエルフでもない第三者の姿を、〈千里眼〉はとらえた。


(え? なんで、この人がここに?)


 隠密系最上位スキル〈無形〉によって目を欺かれたアレクだったが、白と黒のエルフたち二人はその男には気づいていないようだ。

 どうやら、第三者はエルフの仲間ではないらしい。

 そしてもう一つ、この場に招かれざる客がいるということは、隠密系のスキルを見破ることのできる目のスキルを、二人が持っていないことを意味している。


「わ、分かった。入る。――エミーリヤ! マクシス! 聞こえているなら逃げろ! 俺のことは助けようとしなくていい! 今二人で飛びかかっても返り討ちに合うだけだ。助けてくれるなら、しっかり準備して、それからにしてくれたほうが俺も助かる!」


 迷いの森の霧の結界は、音までは遮断しない。

 アレクは怒鳴り声をあげた。

 と、黒いエルフの拳がアレクの頬に突き刺さる。


「まったく。いきなり大声を出さないでください。次、そういう勝手なことをしたら、手足の一本ぐらいは覚悟してもらいますよ」


「……ああ、悪かったな」


 アレクは口から血を吐きながら、ティリスに凄惨に笑いかけた。

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