第03話:地の獄
「おい! 全員生きてるか?!」
霧深い山中、絶級スキル〈神衣〉を持つパルドゥスの声が辺りに響く。
彼らの担任の最後の献身によって、落下の衝撃は完全に抑えられ、ほとんどの生徒が無事に地表へと降り立っていた。
だが、声を上げたパルドゥスに、級友から悲報がもたらされる。
「マイスとネオはダメだった。瓦礫に脳髄を潰された。運が悪かったんだ」
「マジかよ……」
あの場にいた二十八名のうち、すでに二名が脱落してしまった。
パルドゥスは失意にうめく。
彼ら天人は、神人族であれ翅神族であれ、すべての種族がみな等しく、その脳髄の奥に魂を司る器官――聖紅晶を持っている。
それを潰されたらどんな回復スキルでも――例え〈聖女〉であっても、復活の見込みはない。
「怪我をしている人はいる? 動けないなら私が行くわ。周りに怪我人がいたら教えて。聖紅晶さえ無事なら、私のスキルで治せるから!」
暗い雰囲気を打ち破るように、クラス第一席たる〈聖女〉シルヴィアが声を張り上げた。
級友らの立てる喧騒を、アレクはぼんやりと聞いている。
今も自然の音は絶えず耳に入ってくるが、辺りに級友以外の人の声がしないせいか、まだ周りの言葉に意識を向けやすい。
先程までのような凄まじい頭痛はなりをひそめ、今は鈍く続く膿んだ擦り傷のような痛みがアレクの脳をさいなんでいる。
(先生、死んじゃったのかな)
痛みをこらえながら思うのは、自分たちを守ってくれた担任のことだ。
ふとした瞬間に見せる笑顔の可愛い女性だった。
「マジで? 竜帝が?」
「ああ、おれは見たぜ。マケドロス陛下の吐いた炎が巨人の口内を灼いて、目や耳や鼻から青白い火が噴き出していたのを」
「さすが、陛下! じゃあ、やつは倒したんだな」
「何がさすがだよ……。見ただろ? クァンルゥ島が最後どうなったかを」
男子生徒たちがひそひそと、クァンルゥ島の最後について話していた。
女子生徒たちがぐずぐず鼻をすすりながら、泣き言を呟いている。
「私たち、どうなっちゃうの?」
「もうやだ、帰りたい。おうちに帰して」
「どこよ、ここ? 何で私たちが、こんなとこに堕とされなきゃなんないの。空気が生ぬるい。むしむしする。こんなとこ、もういたくない!」
それらの声すべてがアレクの神経を逆撫でし、一時も気が休まる暇がない。
目を開けても閉じても、猛烈な勢いで、おそらくは地上のありとあらゆる風景が入れ替わり視界を流れていく。
自分の精神が、じりじり摩耗していくのをアレクは感じていた。
これがあと数刻も続けば、発狂することでしか自分を守ることは出来なくなるだろう。
と、ふいに、怒濤のように流れ込んでいた膨大な情報が鎮まっていく。
「サンディ……?」
見れば、お団子のように丸い魔力眼を持った美幼女・サンディが、アレクの服の裾をつかんでいた。
サンディは何を考えているのか分からない目で、アレクを見つめる。
彼女は一言も発さない。
だが、彼女の意志はアレクにちゃんと届いていた。
「お前のことだけ見てろって? なるほど、そういうことか」
サンディは種族の特徴として、スキルとはまた別に、他者と心を通わせることの出来る力を持っている。
今、サンディはアレクの心に直接訴えかけることで、その注意を自分に一身に引きつけているのだ。
まだ頭の片隅で膨大な情報が流れていくのを感じてはいるものの、おかげでアレクはそれらの情報一つ一つに振り回されることなく、現況を把握できるようになっていた。
「死者は二人か。せめて、弔ってやりたいが……」
「重傷者は思いのほか少なかったわ。マイスくんとネオくん以外は、全員、治すことができた。二人のことは……気の毒だけど……」
生存者の確認を終えたパルドゥスとシルヴィアに、自然とクラスメイトたちの視線が集まっていく。
すると、その注目をかっさらうように、割り込む声があった。
ナルガンだ。
「おい。これからどうするにせよ、すぐに救助が来るってことはないだろ? 指揮系統を決めないか。幸い、俺様には〈王者〉があるから、リーダーになってやってもいいぜ」
だが、ナルガンの言葉に、すぐさまクラスメイトから反対の声が上がる。
「ちょっと待ちな。なんであたしらがおめぇさんに従わなきゃなんないんだ? リーダーを決めるってんなら、第一席のシルヴィアが適任だろう。第三席ごときがしゃしゃってんじゃねぇよ」
水を差したのは、雪より白い肌の下に、ぶ厚い筋肉の鎧を隠した美少女。
〈氷神族〉の彼女がいつも自慢げに晒している六つに割れた腹筋は、永久凍土より硬いと噂の〈拳帝〉エミーリヤ・コロコルである。
「うるせぇ! 席次はスキルが封印されていた段階での話だ。スキルさえ解放されれば、また変わる可能性だってある!」
「それなら、あんたよりもパルドゥスのほうが適任だな。あいつは絶級だが、おまえさんのスキルは、最高でも超級上位だろ?」
「んだとォ?!」
一触即発、殴り合いの喧嘩になりそうなところを、軽やかな声が遮った。
「いや、ナルガン氏の意見にも一理あるさね」
今にもエミーリヤにつかみかかりそうだったナルガンを抑えたのは、サンディよりわずかに背の高い、痩せぎすの少女。
栗色の頭にはやや小さめのベレー帽が斜めに載っており、背中におったバックパックからは幾本もの機械の腕が生えている。
「クラスでの席次は成績順だ。何となくスキル順みたいになっていたけど、それはあくまで偶然。だからこそ、クラスに一人しかいない絶級のパルドゥス氏が第二席なわけだしね。
と、いうことで、これからの方針を立てる上でも、スキルについての情報はみんな一度きちんと共有しておいたほうがいいんじゃないかな。むろん、隠しておきたい場合は、無理には言わなくていいってことで。どうかね、お二人さん?」
彼女は〈千手神族〉のメイミ・スパナレイン。
声変わり前の子供みたいな高い声で、やけに大人びた話し方をするのがアンバランスな魅力を醸している。
メイミは静観していたパルドゥスとシルヴィアを、ムリヤリ議論に巻き込んだ。
おかげでナルガンとエミーリヤの争いもひとまず棚上げとなる。
「スキル……を、教えるのは、私は別に構わないけれど」
おずおずと、シルヴィアが答えた。
だが、水を向けられたもう一人、パルドゥスは何やら苛立っている。
「お前ら。マイスとネオの前で、よくそんな下らない言い争いが出来るな? 今はこいつらを、葬ってやるのが先だろ?」
パルドゥスの言葉に、全員が息を飲んだ。
彼らがそれとなく視線を向けた先に、原形を留めず潰れた二人の遺体がある。
(まぁ、みんなを責めるのは酷な話だけど)
気まずそうにしているクラスメイトを観察しながら、アレクは思う。
まだ誰も、マイスとネオ――クラスメイトが死んだということを、実感できていないのだろう。
自分たちが『死』に直面しているという事実から、目を背けているのだ。
「あぁああぁっ、うぜぇなあっ!!!」
その時、ナルガンが吠えた。
彼の手には、青白く輝く炎が燃えている。
「ナルガンッ!」
誰もが動けない中、完全なる属性耐性を持つパルドゥスだけが、ナルガンを抑えにかかった。
しかし、一瞬及ばず、ナルガンの放った超々高温の炎が、マイスとネオ二人の遺体を一瞬で焼失させる。
「ナルガン! お前!」
パルドゥスがナルガンの襟をひねりあげた。
だが、ナルガンはそれをうっとうしい蠅でも払うように払いのける。
「ああ? 弔いたいっつうから、火葬にしてやったまでだろ。それと、スキルを教えろっつぅんなら、教えてやる。俺様のスキルは超級上位〈神火〉だ。〈王者〉なんざ、俺様の力の一端にしかすぎねぇ」
悪態をつき、ナルガンはパルドゥスと距離を置いて座った。
それからしばらく、誰も言葉を発せなかった。
クラス全員、団結とは程遠かった。