第08話:宮廷魔術師
アレクは冒険者ギルドの奥にある応接室で行われている会話を盗み聞いていた。
『はい。私がエルフによる国家トルシアンの宮廷魔術師ティリス・アキュィナスです。帝国より今回の依頼を請け、まかりこしました。私の身元にご不審あらば、冒険者タグの照会をお願いします』
『これはこれはご丁寧に。規則ですので、一応確認させていただきますが……はい。本人様のようですね。それで、ティリス様のご用向きは?』
『端的に申しまして、公的サポートです。私はこれから北のラックベル山に現地調査に入りますので、調査中の食料他、消耗品などをギルドに用意していただきたい』
『お一人で山に入られるのですか? ご用命とあらば、護衛の冒険者をおつけしますが。田舎の港町ですゆえ、Sランクとはいきませんが、B一人C数名ならばおつけできますよ』
『Aランクに匹敵する騎士たち200人との連絡がつかなくなっている状況ですよ。何かあったのだとしたら、Bランク以下は足手まといにしかなりません』
『あの、失礼ですが、位階をお伺いしても?』
『550です。Sランクに値するだけの実績は有しているはずですが、冒険者としてはまだAランクですね。昇級前に宮仕えとなりましたので』
彼女、ティリスの言葉に、アレクは震えあがる思いだった。
(また、位階550とかって化け物が出てきた。スキルによるブーストのない素の〈聖勇者〉より高いじゃん。どうなってんだ、地上)
冒険者ギルドの職員もまた、アレクと同じように震えていたらしく、ぽつりと、
『550とは……そこに至るまでに、一体どれだけの……』
とこぼした。
その先は口を閉ざしたため、アレクにも分からない。
『私の要求は以上です。食料と水、それからテントなどを運ぶ荷駄馬を用意してください。荷車はいりません。……あぁ、少々気になることがありますので、五日から十日ほどこの町に滞在したのちに出立いたします。その間の宿の手配もお願いします』
蚊の鳴くような、かしこまりまして、という声を聞くやいないや、アレクは聴覚を自分の体に戻した。
「よぉ、アレク。何かわかったか?」
聴覚を飛ばしていた間、エミーリヤがアレクの手を引いてくれていた。
視覚は自分のものだったので転んだりすることはなかったが、受付のおっさんとのやり取りにはあれから参加していない。
「やっぱり、地上は魔の大地だってことが分かったよ……」
重い息を吐くアレクを見て、エミーリヤは何かを察したようだった。
「とりあえず、アレクに言われた通り、穀物輸送の護衛などの依頼が増えていないかは聞いておいたぜ。商人ギルドに出入りして確認したほうが確実なんだろうが、少なくとも冒険者ギルドじゃそういった現象はまだ捕捉してねぇらしい」
「穀物が急に動くようなことがあれば、どこかしらとの戦争が近いからね。町の外、というか、国の外の話は聞けた?」
「おう。シャンディエフ皇国はエルフの国トルシアンや、近隣最強と目されていたロンスティを始めとした十数の国家を併呑した巨大帝国だそうだよ。二百年前に八つの小国を併合して出来た国だが、それからも膨張を続け、つい最近、長年の悲願だったその二か国を属国に下した。その立役者が、あの〈聖勇者〉様だと」
「やっぱりか。……だとすると、まずいね。あいつがいなくなることで、各国への締め付けが緩んでしまう」
「あぁ。それから、位階200以上の騎士はあれでほとんどだそうだが、各国が帝国に奪われる前に冒険者として放逐した子飼いが相当数、野に放たれているそうだ。位階200でも、冒険者としてのランクはせいぜいAランクだっていうから驚きだよ」
「マジか……。怖いよ、この大地……」
アレクはエルフの少女が位階550だと言っていたことを思い出す。
もしかしたら、〈聖勇者〉のような反則ではなく、素で位階1000を越える猛者もまだまだいるのかもしれない。
「エルフの国と、ロンスティって国は特に仲が悪かったらしいね。今、帝国が崩れたら、その二つが覇権を競い合うことになるだろうよ」
「エルフについて、何か聞いた? 〈樹神族〉とそっくりだけど」
「まぁ、天人と地人はもともと地上で暮らしてたって言うしねぇ。祖先を同じくする種族がいてもおかしくはないだろう。そのことだが、面白い張り紙があったぜ」
エミーリヤに促され、冒険者ギルドの一角、依頼内容を書いた張り紙が並ぶ掲示板の前に移動する。
エミーリヤが示したのはある魔物の討伐依頼だった。
「わぁ、これ。狼の獣人って。多分〈神獣族〉のことだよな? パルドゥスには見せられないな」
アレクの親友でもあるパルドゥスは白豹の獣人である。
「それだけじゃないぜ。うちら天人に近い種族の多くが、ここじゃ魔物と思われてる。実際に、知能が退化して魔物みたいな獰猛な生き物になっちまってるパターンも多いみたいだ。何種族か対処法を聞いてみたが、会話が可能なのがそもそもほとんどいねぇ」
アレクは〈聖勇者〉の言葉を思い出した。
天人はここでは狩られる側なのだ、と。
「位階を上げる方法について聞いてみた?」
「あぁ。『地道に依頼をこなせ、若いの』とか言われてそれきりだ。割と粘って聞いてみたんだがな」
昨日から名演技を見せてきたエミーリヤでも聞き出せないなら、聞き出すのは難しいかもしれない。
何か、初心者には教えてはならないという不文律でもあるのだろうか。
「じゃ、とりあえず、いくつか依頼受けてみる? 認められたらもう少し教えてもらえるのかもしれないし。俺もあのエルフの動向を探るのに、もうちょっとここに滞在したい」
「そうだな……。地上の冒険者たちの強さがどのぐらいのもんなのか、どういった依頼を受けているのかは、調べてみてもいいのかもねぇ。ミリコが何人か出入りしてる冒険者の〈鑑定〉をして位階は確認してくれたみたいだが」
「そうなの? ミリコ」
『うむー。ここに出入りしてるやつらは、だいたいが位階20かそこらだな~。学院の生徒たちとほとんど変わらない~。高くても50くらいだー』
アレクが鞘に話しかけると、ミリコが〈精神感応〉で答える。
アレクはその言葉に少しほっとして、そして思い直した。
これまで、1450など破格の数字ばかりを見てきたからマヒしているが、50など天人の熟達した兵士と同程度だ。
それが、こんな帝国の辺境にいる……人材の層の厚さを思い知らされる思いである。
と、その時、エミーリヤが顎をしゃくってギルドの一角を示す。
「おい、アレク。あれ……」
「あぁ、あなたたち。さっき私の話を聞いていた子たちね。ちょうどいいわ、あなたたちに北の山への随伴を命じます。これから五日から十日ほどこの町で準備をするので、その手伝いもなさい」
突如、奥のドアから姿を現したエルフが、アレクたちに命じた。
「私は陛下の勅命を帯びています。私の命は陛下の命だと思ってください。帝立の冒険者ギルドに登録しているあなたたちに、拒否権はありません」
あまりに急なことに、アレクたちは一瞬何が何だか分からない。
「お、俺たちはまだギルドに登録したばかりの初心者ですんで。お役には立てないかと……」
「あなた方の話を後ろで聞いていましたが、スキルはそこそこのものを持っているんじゃありませんか? 〈剣術家〉さん。何も、危険な調査地について来いとは言いません。あくまで、途中までの荷物持ちと、雑事をお願いしたいだけです。……ご不満でしたら、調査地で肉盾にして差し上げてもいいのですが」
ミリコの〈精神感応〉を使い、すばやく、エミーリヤ、マクシスらと意志の交流がなされる。
だが、誰一人、この場を切り抜ける方策を思い浮かべることができなかった。
帝立冒険者ギルドでの指名依頼を断ってしまうと、不本意にも、ギルド内でかなり目立ってしまうことにもなりかねない。
そうなれば、これから先の潜入工作が面倒になる。
(どっちみち、このエルフについては調査しようと思っていたところだ。受けるしかない)
アレクたちは頷きかわし、エルフの依頼を受けることを承諾した。




