第07話:冒険者ギルド
「なるほど、出稼ぎか。ライバ村から来たって?」
冒険者ギルドの受付に、いかつい大男が座っていた。
今アレクたちは冒険者ギルドに潜入捜査に来ている。
「あぁ、そうなんだ。何でもやるぜ。そこそこ腕は立つ」
応じたのは〈拳帝〉エミーリヤである。
彼女はいつもの通り、綺麗に割れた腹筋を惜しげもなくさらしている。
「まぁ、おめぇさんの鍛え方を見りゃ、適当な鍛え方はしてねぇってことは想像つくがな。……だが、おめぇさんたち、三人ともまだ十五歳だって言うじゃねぇか?」
受付のおっさんはアレクたちを三人といった。
アレク、エミーリヤ、マクシスの三人だ。
ミリコは今、剣の姿になってアレクの腰の鞘に収まっている。
(つーか、ミリコがいなくなって初めて気づいたけど、エミーリヤも相当目立つ格好なんだよな。腹筋に目が行きがちだけど、かなりの美人だし。冒険者ギルドの周りには奇抜な恰好している人間も多かったけど、市場のあたりを歩いていると目立つ目立つ)
アレクは先程、冒険者ギルドに入るまでの道程を思い返していた。
エミーリヤとマクシスはお互いかなりの美形で、ミリコがいなくても美形が二人揃うだけでかなり目立ったのだ。
「後で〈鑑定〉士にも見てもらいはするが、何かスキルは持ってんのかい? まぁ、小さな村だ。自他のスキルを確認できるスキル持ちなんて、会ったこともねぇかもしれねぇが」
「あの……、〈鑑定〉士って、スキルは〈鑑定〉なんですかね、やっぱり」
「どういうこった?」
「例えば、〈看破〉とか〈叡知〉とかあるじゃないですか」
アレクがおずおずと聞いた。
これは大事な質問である。
アレクたちの能力は〈真化〉スキルで偽装している。
より上位のスキル、〈看破〉までならほぼ問題なく騙しおおせるのだが、〈叡知〉スキルの前では能力や正体が見破られる恐れがあった。
ちなみに、ミリコの持つ〈鑑定〉系スキルが〈看破〉であった。
事前に〈真化〉後のアレクたちを見てもらったが、かすかな違和感を覚えるといった程度までしか分からないとのことだった。
「〈看破〉っつぅスキルは皇都のほうのお偉いさんが持っているとかなんとか聞いたことはあるが、〈叡知〉なんてスキルは聞いたこともねぇな」
受付の親父が怪訝そうな顔でアレクを見る。
スキルの情報は場合によっては金より高い価値を持つ。
冒険者ギルドの職員でさえ知らないスキルの名前をなぜ一介の村の若者が知っているのか、という顔だ。
と、アレクの肩をエミーリヤがガシっと抱いた。
「よぉ。こいつは〈剣術家〉持ちだぜ。スキルを聞いたろ? どうなんだい、評価のほうは」
「なんと! すげぇな。あんちゃん、そんな若いのに〈剣術家〉かよ。中級冒険者並みのスキルじゃねぇか!」
「えっ?」
予想以上に驚かれて、アレクは逆にびっくりする。
周りのチートどもに比べたら二枚も三枚も劣るスキルなのだが。
「あんちゃんたちぐらいのガキが初めてギルドに訪れるときは、スキルなんてほとんど持ってねぇのが普通よ。持っていたとしても、下位の〈瞬発力〉とか〈力自慢〉とか、〈忍び足〉とかだろうな。〈剣術家〉なんて、よっぽど高名な師匠に弟子入りして鍛えられなきゃ、その年じゃまずなれねぇ」
「そうなのかい。村の外れに、偏屈な爺さんが住みついちまってな。あたしらはその爺さんに鍛えられたんだよ。アレクほどじゃぁないが、そっちのマクシスもそこそこやるぜ」
アレクが立ち尽くしていると、エミーリヤはすらすらと嘘を並べてアレクを助けてくれた。
昨日からエミーリヤの機転には助けられどおしである。
「ぼっ、ボクはっ、しゅ、〈瞬発力〉を持ってる。アレクくんほどじゃないけど、け、剣ならそこそこ」
と、いきなりどもるマクシス。
実は彼、極度の人見知りなのである。
そのため、今回の潜入で、スパイとして白羽の矢が立つまでクラスではかなり存在感が薄かった。
アレクだけは、ミリコといつもに一緒にいるなどのキャラ被りから、多少は意識していたが……
アレクたちとそれなりに話せるようになるのにも、半日ほどはかかっただろうか。
(あっ、くそ。マクシスのやつ。下位スキルを答えやがった。なんだよ、自分は本当は〈剣聖〉のくせに)
マクシスの戦闘スタイルは、四本のゴーレム腕と二本の自前の腕で持つ、計六本の剣による斬撃。
スキルそのものは〈剣聖〉と、パルドゥスが継承であっさり手にした程度の、クラスの中では一枚劣るスキルである。
だが、剣の姿のミリコを手にすると、彼は変わる。
ミリコ自身が、ヒカップの持つ、現状でアレクたちが創造し得た最高位の宝剣【クァンルゥ】にも匹敵するか、それすらも凌駕するほどの名剣なのだ。
先祖代々の腐れ縁という二人は、お互いのことを熟知している。
彼女との〈精神感応〉によって人剣一体となったマクシスは、クラスでも最上位のパルドゥスやヒカップとも並びうる、二人で一つの超級戦力である。
(でも、マクシスの真骨頂は剣技じゃないんだよな。それに何より、今は護衛の目的で、ミリコは俺の腰にいるし)
潜入に来ていた四人の中でもっとも戦力的に心もとないのがアレクだ。
そんなアレクを補佐すべく、ミリコとアレクが組むのは出立前から決まっていた。
マクシスは他に五本も剣を持っているので、ミリコ一人いなくなったところで、元から持つ〈剣聖〉スキルで十分な働きが期待できる。
「ほぉ、お嬢ちゃん! 〈力自慢〉だけじゃなく、氷の魔法まで使えるのかよ! すげぇな、今年のライバ村は豊作じゃねぇか!」
『おいっ、おい、アレク。聞こえてんだろ。魔法系の最下位スキルの名前を教えておくれよ』
エミーリヤがくちびるを閉じたまま、超小声でアレクに助けを求めていた。
当然〈順風耳〉のアレクにはそのぐらい聞き取れる。
『〈呼び手〉だよ』
「あぁ。一応、こう見えて〈氷の呼び手〉だよ」
「おうよ、おうよ。さすがに、まだ十五歳で〈使い手〉以上なわけぁねぇわな。それでも、お嬢ちゃんの言うことが本当なら、いきなりDランクからスタートだな。あんちゃんら二人は、たとえ〈剣術家〉でも、残念ながらFからスタートになるがよ。……おう、〈鑑定〉士が来たようだ」
アレクたちに緊張が走る。
現れたのはうだつの上がらなさそうな、痩身の男だった。
男によって首筋のあたりをまさぐられたが、〈真化〉は問題なく彼らの身元やスキルを偽装した。
冒険者タグと呼ばれる、名前やスキル、ランクの書かれた鉄製のプレートを掘る作業を、受付の大男が意外な器用さで始めたときだった。
「あの……、皇都から派遣されてきたものですが」
アレクの隣に、いつの間にか、グラマラスな美少女が立っていた。
女は豊かな緑の髪をしており、目には小さなメガネをかけている。
「おう。……〈樹妖族〉か。珍しいな」
「あの、私が〈樹妖族〉であることと、こちらで任務を受けることに何か関係が?」
「い、いや。そういうわけじゃねぇんだ。すまねぇな。ただよ、エルフは人間にゃ伝わってねぇ失伝スキルをいくつか保有しているっていうしな。興味本位でよ」
「そうですか。なら、早く手続きしてください」
おっとりした見た目と裏腹に、かなり押しが強い。
アレクはいきなり現れた彼女の尖った耳にくぎ付けになっていた。
(〈樹妖族〉だって? 天人にも〈樹神族〉って呼ばれている、ほとんど似たような姿の種族がいるけど。何か関係があるのか?)
『この子……警戒がひつよう。つよい』
腰に下げたミリコが不完全な〈精神感応〉でアレクに警戒を伝えていた。
エミーリヤもまた、アレクの背後で軽く身構えている。
「皇都からの依頼っつぅとあれだろ? 北の、ラックベル山に入ってった騎士団との、連絡が……」
「あの。こんな人目のつく場所で、依頼内容を漏らすのはやめてもらえますか」
「わ、悪ぃ。……まぁ、今いるのは、村から出てきたばかりでこれから冒険者になろうってガキだけだ。聞かれても大したことにはなるめぇよ」
「へぇ?」
すると、エルフの少女はアレクたちを値踏みするように見回した。
全身に緊張が走る。
だが――、すぐに興味を失ったのか、エルフの少女はアレクたちから視線を外す。
彼女は別の職員に連れられ、ギルドの奥の部屋へと入っていった。
「おい、アレク。あいつ、気になることを」
エミーリヤがアレクの肩を叩く。
「あぁ。分かってる。今は体を預けるわけにはいかないから、まずは耳だけ行ってくる。フォローを頼むよ」
アレクはまだスキルを完全には使いこなせておらず、自分の肉体の耳に入ってきた情報と、〈順風耳〉によって得た聴覚情報を分けることができない。
そのため、スキルによって遠くの声を拾おうとすると、近くで話しかけられても気づくことができないのだが……
ともあれ、アレクはエルフの少女の追跡を開始した。




