第06話:定時報告
アレクたちはシューマスに紹介された宿で、休憩を取っていた。
これまでずっと野宿だったため、ふかふかのベッドはなかなか居心地がいい。
ただし、トイレ事情は少し悪い。
宿の隣の小屋に置かれた、木製の穴の開いた椅子……
そこに用を足すと、地面に掘られた穴に落ちるというシンプルすぎるものだった。
サバイバル時であってさえ、高速乾燥分解ゴーレムによってすぐさま無臭化されるトイレに慣れていたアレクたちにはちょっと辛い。
部屋割りはミリコ一人に、アレク・エミーリヤ・マクシスの三人という分かれ方で、どうも本格的に皇族のお手付きだと勘違いされているようだ。
「明日は冒険者ギルドにも寄ってみようか。地上の世界情勢をなんとなくでも聞いておきたい」
「ふん。あたしはちょっと、仕事をこなしてみたいね。自分がどの程度戦えるのか、試してみたい。何はともあれ、メイミたちと交信して、明日の予定を決めようじゃないか」
「ちょ、待ってくれ。ミリコはどうするんだ?」
アレクとエミーリヤが話を進めるのを、マクシスが止めた。
と、その時だ。
部屋のドアが荒々しく叩かれた。
現れたのは大柄でひげ面の男。
「うわはははは! 我こそは世界最強の剣士なり! この剣に斬れぬものなどない! まずはこの宿の者をみな血祭りにあげ、それから……」
と、男が剣を振りかぶった。
手にしていたのは総身が銀に輝く美しい片手剣だ。
その片手剣が、ぽろりと男の手から落ちる。
「れ、れれ? 我はいったい何を」
男は急にぼけて、剣を置いたまま去っていった。
アレクが扉を閉めると、剣がひとりでに浮かび上がり、まばゆい光に包まれる。
剣は〈傾国の美貌〉ミリコだった。
「ふぅ。ひどい男だったー……あいつ、剣術スキルを一つも持ってない」
「あれがミリコの剣の姿か。すごい奇麗だな」
「ふ……。当然」
どうやらミリコは護衛につけられた男を操って『自分』をここまで連れて来させたらしい。
手にすると血を見たくなるなんて、なんて魔剣だ、とアレクは思う。
「ほらほら。サンディちゃんが見てるぞ。ほかの女の子を褒めるのはどうなんだい、アレク?」
「えっ、今のもダメなの!?」
見れば、エミーリヤの腰に下げた革袋から、サンディの分身が顔を出していた。
剣の姿を褒めても怒るなんて、ちょっと行き過ぎな気もするのだが、女の子ってそういうもんなのか、と、アレクにはわからない。
「いいから、さっさと交信を始めておくんな」
「わっ、分かったよ。ほら、一号。こっちへおいで」
『きゃっるーん! アレクさん、浮気はだめですよぉ~』
「してないしてない。ったく……」
アレク自身が自分で歩いてきた道のりは、〈千里眼〉によって数千サウ(≒数千キロ)すっ飛ばされたりしないようだった。
少しずつ、スキルを抑え込めるようになってきている、というのも原因の一つではあるだろう。
アレクは難なく本拠地にいるメイミたちの姿をとらえ、声を拾う。
『よぉ、聞こえるか。アレク氏? 定時報告だ』
「あぁ。聞こえてる。こっちの意志はそっちに伝わってる?」
『サンディ氏、アレク氏は何か言ってるか……? うん、うん。オーケー、アレク氏。伝わったぞ。こっちはアレク氏が〈千里眼〉で見やすいよう、マッピングを進めている。食料はパルドゥス氏が獣を大量に仕留めてきてくれたから、まだ数日は持つだろう。――だが、このペースだと本当に、ここいらの獣は狩りつくしてしまうな』
現在、アレクとメイミは、
・送信
アレク→サンディ親衛隊一号→サンディ→メイミ
・受信
メイミ→〈順風耳〉(&〈千里眼〉)→アレク
という形で交信している。
高出力の〈念話〉持ちはあまり数がおらず、地人には見えない特徴を持つものが多かったため、この方式が採用された。
「やっぱり、畑作や酪農を始めないと、そのうち干上がっちゃうな。……ええと、報告。こっちに来ていくつか分かったことがある。まず、騎士たちが持っていた貨幣だけど、銀貨を四分の一に割ったやつがあったでしょ。あれ一つでパン一つ。俺たちの貨幣で言う大体125マディカぐらいの価値だね。四つ組み合わせたのが小銀貨っていうらしくて500マディカ」
金と銀の交換比率は16対1程度だというところまでは調べはついていた。
金貨が4万マディカ。
銀貨が2500マディカ。
小銀貨が500マディカ。
小銀貨を四分割したものが125マディカといったあたりのようだった。
『なるほどねぃ。一食パン一つと考えて、私らは三倍食べなきゃいけないから、全員分だと一日に四分銀貨225枚必要になる計算か。銀貨だと57枚。金貨だと3枚半。あいつら結構金を持っていたようだが、すぐになくなっちまうね』
「それなんだけどさ、騎士たちの装備を売ったりできないかな。あ、もちろん、身元につながる紋様とかは消して」
アレクは、ミリコが皇族のお手付きだと思われてしまった経緯について、メイミに説明した。
『おいおい、気を付けてくれよ。――鎧を売る話だが、やれないこともないと思うが、私らみたいな子供の言うことを信じて大金を払ってくれる商人がいるかどうか』
「〈交渉〉スキル持ちっていなかったっけ。クラスに」
『いるけど……、アレク氏。彼はほら、見た目が』
「あぁ……」
アレクは〈交渉〉スキル持ちの友人の姿を思い返した。
確かにちょっと、潜入には向いていない。
「じゃ、その件は保留だ。……さっき、冒険者ギルドの中をスキルで覗いてみたんだけど、微妙に異なる文字を使っているみたいで、分かるようで分からない感じ。ただ、見た感じうちらのクラスなら難なくこなせるような依頼で、一人一日7500マディカ程度の稼ぎは得られそうだったね。いざとなったら出稼ぎも視野に入れてもいいかも。こちらは明日、エミーリヤと潜入してみる。周辺各国の動静についても、その時に一緒に探ってみる予定」
『気をつけてくれよ。〈真化〉を見破れるスキル持ちがいないとも限らない』
「その辺は十分気を付けるよ。それからもう一つ。ミリコが気になる食品を見つけたらしい。俺たちにとっては魔力質が多く取れるようなものではないらしいんだけど、地人たちにとっては魔力質の吸収がいい食品らしい。なんかのヒントになりそうなので、そっちも引き続き調査してみる」
『オーケー。報告は以上かぃ?』
「あぁ。以上だ」
『分かった。あぁ、アレク氏。パルドゥス氏が内密の話があるみたいなんで、遺跡の外、トイレの前あたりに意識を集中してみてくれ。返事はいらないと言っていたから、妖精氏とは手を放して』
「ん? うん。分かった。ちょっと行ってくる」
パルドゥスがアレクに改まって話があるなんて珍しいな、と思いながら、アレクはスキルによる注視の位置を動かした。
パルドゥスが簡易トイレの板壁にもたれ、うつむいている。
アレクがパルドゥスを見つけたのとほぼ時を同じくして、パルドゥスが顔を上げた。
パルドゥスの視線の先には遺跡から伸びたメイミのゴーレム腕がある。
メイミが定時報告が終わった旨を合図したのだろう。
パルドゥスは一つ頷くと、虚空――つまり、アレクに向かって話し始めた。
『よぉ、アレク。見てるか? メイミちゃんが気を効かせてくれてな。お前のことだから、定時報告っつったら本当にそれだけで終わらせるだろうって。もし、そうなる予兆があったらオレに合図するから、忠告してやれとさ。……サンディちゃんに無事ぐらい告げてやれよ。サンディちゃんの様子も聞いてやれ。返事はいらん。オレからは以上だ』
「っ!」
パルドゥスに言われて初めて、アレクは自分が気が利かないことを痛感した。
それからアレクはサンディを人気のないところに呼び出してもらい、安否を確認し合った。




