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第05話:メアラディの町

「へぇ。これが地人ディーレンの街かい」


 エミーリヤが感心したように口笛を吹いた。

 大通りにはいくつもの露店が立ち並んでいる。

 ある店には、色鮮やかな見たこともない魚がずらり。

 その正面の店ではいくつもの反物がずらり。

 魚を焼いて、わざわざ煙を大通りのほうにぱたぱたとうちわで流してくる店主がいる。

 その正面では薬瓶を並べた陰気な店主がいる。


「ミリコ、どう?」


 アレクはマクシスと一緒に荷車を押しながら、先を行くミリコに声をかけた。


「んー。今のところ、ない」


 さっきからアレクたちの荷車を見て、大口の客だと思った商人たちが声をかけるチャンスを伺っているのが分かる。

 だが、先頭を行くミリコのあまりの美しさにたじろいでいるようだ。

 さもありなん。

 なんたって、〈傾国の美貌〉である。

 おいそれと声をかけたら身の破滅まで一直線という妖しい美貌を前に、誰もが直感的に恐れをなしているのだろう。


(う~ん。話しかけられないのはありがたいけど、かなり目立っちゃってるなぁ。……まぁ、あまり長く会話したらまずいとは言われているから、これでいいっちゃいいのか? 頼むぞ、〈真化〉)


「おい。ちょっと、そこのアンタ。この荷車を置いておける宿を知らないかい? 盗まれたりしたら困るんだが」


 エミーリヤが、ポーッとミリコを見つめていた見習いらしき少年商人に声をかけた。

 少年商人が裏返った声を出す。


「そっ、そちらのお嬢さんの嫁入り道具をお買い求めで? さぞかし名のある貴族様に輿入れするのでしょうが、何か身の証を立てられる証文があれば、風情の良いお宿を紹介できますが」


 なんか、盛大に勘違いされたらしい。

 ミリコほどの美貌が、アレクら随伴の者をともなって、荷車いっぱいの荷物を買いに来た。

 確かに嫁入り道具を買いに来たと思われても仕方がない。


(でも、だったら、ミリコは婚礼の日まで外には出ずに待っているもんじゃないか?)


 もともと、アレクたちは村の食料の買い付けに来た若者という名目で門を通っている。

 アレクが事前に調べておいた近隣の村の名前を出したところ、特に問題もなく通された。

 門番もまた、ミリコの美貌にやられていたようだが。


「悪いが、ワケありなんだ。どこの貴族とは言えんので、証文の類は持ってない。お嬢はこれから窮屈な籠の鳥。最後の自由にと、貴族様が村の者たちに与えてくださった金での食料の買い付けに、無理矢理連れてきた。これが貴族様に知れたら大目玉だ。黙っておいてくれるか」


 エミーリヤが適当に適当を重ねた言い訳を話す。

 ぺらぺらとよく舌が回るもんだと感心していたら、少年商人は何かを察したようだ。


「おい。商会の倉庫に荷車一台分の空きを確保してくれ。それから、宿の手配を。……ああ、あと、何か髪を隠せる布はないか」


 見習いかと思っていたら、そうではなかったらしい。

 意外にきびきびと他の商人たちに指示を出す。

 すぐさま上等の反物を持ってこさせた彼は、それをエミーリヤに恭しく差し出しこう言った。


「委細、承知しました。お嬢様にはこちらを。お忍びの旅ということでしたら、その銀のおぐしはいささか目立ちすぎましょう。口元まで隠してしまえば、ワケありだとひと目でわかる。貴族様にバレそうになっても、町の者たちも口裏を合わせてくれます」


「ほぉ。これは助かる。アレク、これをお嬢に」


 エミーリヤが無造作に反物を放る。

 アレクは慌てて受け取った。


「荷車は私どもがお預かりしましょう。宿もこちらで手配させていただきます。むろん、お嬢様の、ご友人との最後の物見遊山をお邪魔するようなことは致しません。私どもに気兼ねせず、気安くお出かけになってください。ただ一つ、我らの名前だけでも覚えていただければ。――わたくし、ビュッデ商会のシューマス・ビュッデと申します」


 うまいこと、話がまとまってしまった。

 どうも、村の若者の独断での行動だと勝手に勘違いしてくれたらしい。


(ちょっと、マズったかな)


 アレクは思った。

 まさか、ミリコの美貌がここまで話を大きくしてしまうことになるとは。


 だが、〈鑑定〉系のスキルを持っているのはミリコのほかにはファビュラしかいない。

 ファビュラは羽を隠せそうになかったので今回は連れてこれなかったのだ。


「何から何まで、すまねぇな。それから、お嬢が輿入れした後は、あたしらもこの町に何度か出稼ぎに来ると思う。みんな、そこそこ腕は立つほうだ。働き口と、情報の集まる場所を紹介してくれたら恩に着る」


「それでしたら……、知り合いのクラン長に文を書きましょうか」


「あぁ。そいつは助かるが、まずは自分たちだけでやってみたい。文はいざって時のためにいただいておくけどな」


 エミーリヤもまた、うまいこと、『まだ世間を知らず、自分の力を過信した村の若者』を演じている。

 彼女がこんなに即興の芝居ができるとはアレクは思っていなかった。

 もっとも、彼女の自信は本物だが。

 位階200の騎士相手でも、相性さえ合えば容易く倒せてしまうのだから、当然といえば当然か。


「ならば、冒険者ギルドに登録なさるのがよろしいでしょう。この町の中央広場に面した建物がそうです。教会の三軒右隣ですよ。……あぁ、宿はわたくしが手配しておきます。中央広場に面した宿は一軒しかありませんので、すぐ分かるはずです。受付でシューマスの名を出してくだされば、中に入れましょう。さ、荷車をお預かりいたしますね」


 シューマスが部下に目配せをし、荷車を持って行く。

 その際、部下と思しき男が何やらおかしな行動をとった。

 男は荷車の裏を素早く確認すると、シューマスに目配せしたのだ。


 アレクはそこに何が描かれてあったか思い出した。


(あ~。あの紋様、何度か見たと思ったら、〈聖勇者〉がつけていた紋様だ。〈聖勇者〉って確かこの国の皇帝の弟だったよな。ってことはもしかして、ミリコは皇族に輿入れすると思われたのか!)


 シューマスがやけに物分かりがいい理由など、すべてのピースがかっちりとハマった気がした。


(俺たちが食料を買い込んで、ミリコを連れてどこかへ逃げないよう、荷車はあちらさんの手元に置いたんだな。……これがもとで、面倒なことにならないといいけど)


 アレクは一抹の不安を覚えた。

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