第04話:潜入
地上に落ちて三十日ほどが経っていた。
落ちてすぐ〈聖勇者〉たちの襲撃に気づいて退避し、その際にイリアを喪った。
騎士たちの食料を焼いて追い払い、そのまま五日間、アレクはスキルで食料を取りに戻る騎士たちのあとを追跡した。
再び騎士たちがアレクたちを襲いに戻ってきたのはその四日後。
そこから十日間ほど騎士たちを【迷いの森】に閉じ込め、〈聖勇者〉の死を確認したのち、新たな土地へと避難した。
ここまででおよそ二十日。
避難後も毎日騎士たちの動きを監視しており、聖紅晶も少しずつ回収しているが、実は仲間の屍を食らいながら、まだ生き残っている騎士たちが数名いる。
今行ってトドメを刺しても良かったが、その前に新たに問題が発生した。
「三分の一は吸収できていたからしばらくは大丈夫だったとはいえ、普通に生活していたら三十日で魔力質不足による栄養失調か」
アレクはひとりごちた。
今、アレクはクラスメイトらと連れ立って、【迷いの森】を抜けた先にある最も近い町に向かっていた。
騎士たちが一度食料を取りに戻った、あの町だ。
途中、【迷いの森】に寄って、奇跡的にまだ使えそうだった荷台を一台拝借している。
もしかしたら、帰りはこれに食料を積んで帰るかも知れない。
町は、騎士たちの話から知りえた限り、名を【メアラディ】といったはずだ。
「アレクくん、本当に騎士たちにトドメを刺してこなくて良かったのかい? 今なら仮に位階200といえど、苦もなく倒せそうだったけど」
そう尋ねてきたのは共に荷台を押す黒髪の少年だ。
山を下りる際に、【迷いの森】を通ったのだが、その時、うめきながら山を徘徊する騎士たちを目撃している。
あの様子じゃ、位階差による不利もなく無難に倒せそうではあった。
(マクシスって、俺と見た目被ってるんだよな……)
話しかけてきたのはマクシス・ブレイド。
メイミと同じ〈千手神族〉の剣士だ。
アレクもまた短髪の黒い髪で、背格好もほとんど同じ。
違うところといえば、アレクが赤い目なのに対し、マクシスは青い目だというところだろうか。
あと、マクシスのほうが少し、いやかなりイケメンである。
が、まぁ、少し離れて見れば、区別がつかないに違いない。
「いや、思わぬ反撃に合うかもしれないから、あの場は放置でいいと思うよ。どうせ、何もしなくても勝手に死んでいくから」
「そうか。……結構残酷なことを言うよね、キミは」
マクシスはあの作戦の際、避難先での獣狩りを主に行っており、あのような状態を見ていなかった。
そのせいか、さっきから結構引かれているような気がアレクはする。
すると、
「ん……」
マクシスの袖を引っ張る美人がいた。
〈神剣族〉のミリコ・パンセ。
地上ではリビングソードやインテリジェンスソードと呼ばれる剣の化身。
剣だからか、当然、銀髪。
恐ろしいまでの美貌を誇り、聞けばスキルにも〈傾国の美貌〉(!)を持っているという。
幼体化前のサンディや、〈聖女〉シルヴィアが陽の美貌だとするならば、少し物憂げな陰の美貌の持ち主だ。
「だめ。マクシス……」
「あ、ああ。そうか。ごめん。アレクくん! 残酷とか言って。キミはオレたちのために、あれほど頑張ってくれていたのに」
ミリコの意図を察したマクシスが謝る。
アレクは鷹揚に許した。
(いつもペアで行動しているあたりも、俺とサンディと被ってるんだよなぁ~)
この二人はいつも一緒にいるが、本人たちは恋人ではないと主張している。
そこが、アレクとサンディとは違うところだ。
二人は先祖代々の腐れ縁なのだという。
「いい、マクシス? とりあえず今回は、他の国の動向……特に戦争の気配がないかどうか、俺たちが襲われる危険に繋がりそうなことがないかどうかを確認するのが第一。それから、他の空島の話なんかを聞ければそれでいいよ」
「う、うん。分かった。役に立ってみせるよ」
今回、選ばれたのはアレクのような〈神人族〉や、人の姿もとれるミリコのような〈神剣族〉など、地人に見た目が近い者たちばかり。
もっとも、ミリコは、地上では剣の姿が真の姿のように思われているが、〈剣化〉と〈人化〉のスキルで姿を変えられるだけで、どちらが真の姿とも言えないらしいが。
〈千手神族〉のマクシスは微妙なところだが、メイミと違って彼のゴーレム腕は左右に二対、四本しかないので、バックパックに難なく収まってしまう。
ゴーレム腕さえ隠せば、彼も見た目は地人とほとんど変わらない。
一度、バックパックの中身を見せてもらったことがあるが、ゴーレム腕は背中の内部から直接生えていた。
その接合部を隠し、守る目的でバックパックを背負っているとのこと。
バックパック自体は着脱可能のようだ。
(本当は、騎士たちがどうやってあの位階に達したのかを知りたいところではあるんだけど)
アレクたち天人の、熟達の兵士でも50がせいぜいだった。
それなのに位階200以上があれほどいた。
どのような訓練を受ければそれだけの力を得られるのか、解明できるなら解明したいところではある。
「それから、ミリコさんには別に、俺たちでも吸収できる魔力質を持った食料を探すのを手伝ってほしい。〈鑑定〉系スキル持ってるんでしょ?」
「んー。ミリコ、でいい」
振り返ってアレクが告げると、ミリコはアレクの手を取った。
いきなりの行動に、少し、いやかなりどぎまぎしてしまう。
「え、ええっと、その」
「ミリコ」
ミリコはアレクの両手をぎゅっと抱きかかえるように……ということはつまり、わずかに膨らんだ胸のほうへと押し当てるようにして、アレクに迫る。
吐息が近い。
艶めかしい儚げな唇が、ほんの少しでむしゃぶりつける距離にある。
アレクは降参した。
「わっ、分かった。ま、町に着いたらミリコは食料をなるべく鑑定して! 勘づかれる恐れがあるから、商人とは話さなくていいから」
「んー、わかった。がんばるー」
アレクたち潜入部隊は地人に近い見た目のものを中心に選抜されていたが、それでもなお、勘づかれる可能性もある。
地人たちにしてみれば、アレクたちは簡単に殺せ、失伝スキルを手に入れられる可能性がある宝箱のような存在だ。
バレないに越したことはない。
『いいかい、アレク氏。いかに〈真化〉による変装をしているとはいえ、地人たちにとって天人は存在そのものが決定的に違う、上位存在だ。あまり長く話していたら勘づかれる恐れがあるから注意してくれ』
メイミの言葉が思い返される。
念のために、アレクたちはフレッシュゴーレムを偽装する際にも使った〈真化〉による偽装も施されていた。
もともと見た目は地人とさほど違いはないので、大して手を入れたようには思えないが、それでも雰囲気が別人のように変わったとメイミたちは言っていた。
スキルとはそのようなものなのである。
「おぉい! アレクよ、サンディちゃんが見てるぞ。イチャイチャすんのはそこら辺にして、こっちへ来てくれないかい。町が見えてきたぜ」
先行していた最後の同行者から声がかかった。
〈拳帝〉エミーリヤだ。
エミーリヤの腰に下げた革袋からは、サンディの分身、サンディ親衛隊一号がむすっと膨れながらアレクを見つめていた。
あの分身、本体と性格は全く違うのだが、分身だけあってやはり通じているところがある。
「べっ、別にイチャイチャなんてしてないから!」
アレクは慌てて、ミリコの手を振りほどいた。
目の前に、町へ入らんと門に並ぶ行列が見え始めていた。




