第03話:奇跡の物質
「まさか、地上の食べ物が合わないなんて理由で全滅の危機に陥るとは」
アレクたちは〈鑑定〉系スキル持ちの生徒たちと協力し、保存してあった食料の栄養価の調査を始めた。
結果、やはり、地上の食べ物はどれもアレクたち天人には合わない……『吸収できる魔力質』が少ないことが判明した。
そのため、大量の食事が遺跡の食卓に並ぶことになった。
騎士たちから奪ったパンや穀類、元の山で狩りつくした獣の肉などは、すべてこの一日~二日で食べつくしてしまう計算になる。
「うぷ。もう食べらんない。これ以上食べたら太る」
食卓に並んだ量を見て、ポリィが駄々をこねている。
メイミが机の上で何やら計算をしながら、食事を一瞥もせずゴーレム腕で口に運んでいる。
「太る心配はないぜ、ポリィ氏。食っても食っても、ほとんどが消化されずに体外に排出される」
「でも……うえぇ」
ポリィほど太ることは心配してはいないが、アレクも気持ちはわかる。
食べても食べても無くならない地獄。
腹がいっぱいになってもまだ詰め込まなければならない。
「メイミは栄養学詳しいの?」
今も計算を続けるメイミにアレクは聞いてみた。
「詳しいって程じゃないけどねぃ。魔力というのは精神が作る。そして、その精神というのは脳が作るんだな。――そして、惜しむらくは、脳もまた我々の臓器の一つに過ぎないのだねぃ。肉体の制約を完全に逃れることはできないのさ。脳が、魔力に通じる扉をこじ開け、さらに制御し全身に行き渡らせるために、少量の魔力質が必須なんだよねぃ」
なんでもメイミが言うには、魔力質とは、この世界と、魂の次元――『霊的異相界』と仮称される世界に同時に存在する物質なのだという。
複雑な脳神経を神経伝達物質とともに流れることで、いわば魔法陣のようなものが形成され、霊的異相界から魔力を呼び込んでいる。
さらに、異相界から引き込まれた魔力は、全身を流れる魔力流路を通り、体内を循環し、現世界にとどまる。
その流路の保持に、魔力質が欠かせないのだという。
「ええと、つまり?」
「簡単に言うと、魔力質がないと魔力がうまく循環しなくなってヤバい。普段なら魔力の半分は魂の世界を通って浄化されているのが、こっちの世界で淀んじまって脳や体が損傷するからヤバい。その通り道を治せずどんどん壊れていくからヤバい」
「なるほど。とりあえず、ヤバいってことは分かった」
魔力流路は毎日ほんの少しずつ損傷していく。
魔力質が足りなくなってもすぐには影響は表れないが、次第に修復が追い付かなくなり、魔力流路に無視できぬダメージが残る。
「私たちが使っているスキルだって、この『魔力質』を使って霊的異相界から雛形を降ろして使ってるんだぜ」
「へぇ」
メイミの説明に、アレクはあれから一度も音沙汰のない〈月読〉のことを思い出した。
すべてのスキルを司ると言っていたから、もしかしたらその霊的異相界に存在する何らかの管理者的な存在なのかもしれない、と。
「もしかして、聖紅晶も『魔力質』に関係あるの?」
「さて。原材料は一緒だろうけどね。聖紅晶はより完璧で完全に安定した美しい結晶構造を持っているから、経口摂取で『魔力質』を補うのは難しいだろうねぃ。だが、何らかの酵素を用いてその構造を破壊することも出来るかも知れない。やってみる価値はありそうだねぃっ! こんなこともあろうかと、私の分の聖紅晶は二つとも使わず取っておいたんだ」
「あ、いいよいいよ。やらなくて!」
アレクは慌ててメイミを押しとめた。
この痩せぎすの少女は一つのことに興味を持ってしまうと、他のことをすべて放り出してでも、それにのめりこんでしまう傾向がある。
平時なら得難い才能だが、今は他に優先してもらわなければならないことが山とある。
「なんだい、アレク氏。キミが、帰ることよりまず健康と安全を第一に考えようって言ったんじゃなかったかぃ?」
「そんな、いつ成果が出るかもわからない研究より、もっと確実で現実的な方法にメイミの頭は使ってくれ」
メイミが不満そうに口を尖らせる。
すると、アレクの服の裾を引っ張るものがあった。
サンディだ。
「……え? あぁ。なるほどね。確かに、今は三倍食べればいいけど、あんまり続くようじゃこっちも参っちゃうもんな」
「ひゅーっ。まったく、お熱いねぃ。二人の世界に入ってないで、私にも何の話か説明してくれよなっ」
二人の仲を、メイミが茶化す。
心なしかちょっと怒っているようにも見える。
アレクは反省した。
「べっ、別に今はそういう話してないから! ……サンディが言うには、食品から『魔力質』だけを抽出して、高濃度に凝縮できないかって。メイミのバター飴みたいに、毎日ひとつ」
「んー、なるほどね。酒を蒸留して強くするようなものか。酒なら方法が確立されているが、魔力質となるとちょっと研究してみないとねぃ」
「そ、それも出来たらでいいよ。たとえ濃縮するにしても、原料は三倍必要なんだから。今はとにかく、収量を上げる工夫をしなきゃ」
「それもそうだ」
今は、元いた山から逃げ出してきた獣たちがまだいるようだが、それもしばらくしない内に狩りつくしてしまうだろう。
二百人の騎士たちの末路を思い返すと、アレクは寒気がする思いだ。
「この遺跡も、早いうちにお別れすることになるかもね」
「せっかくいい場所が見つかったんだけどねぃ」
「仕方ないよ。それにさ、今はまだすぐ近くのシャンディエフ帝国が強国でいるから、帝国だけを相手にしていればいいけどさ。位階200以上の騎士がほぼ壊滅しちゃって、弱体化すると思うんだよね」
「……すると、周辺国が攻め入ってくる?」
「うん。残念だけど現実的なことを言うと、クァンルゥ島はもう落ちちゃったんだから、いつまでもここに居続ける必要はないと思うんだよ」
「もしかしたら、他の島の救助隊が私らを探しに来てくれるかもしれないぜ?」
「ん? んー、あー、そうか。みんなだから離れたくないのか」
根本的なところを見落としていたことに、アレクは気づいた。
アレクは一刻も早く安全な場所に避難することしか考えていなかったのだ。
この場にいれば、いつか誰かが助けに来てくれるかもしれないという他力本願な願望がクラスメイト達を押しとどめていた。
「まぁ、そういうのも含めて、俺からみんなに一つ提案があるんだ。みんなの意見を聞く前に、メイミの意見を聞かせてほしい」
「提案とは?」
「俺たちは地上のことをあまりにも知らなさすぎる。俺の〈千里眼〉と〈順風耳〉で一方的に覗くのもいいけど、双方向のやり取りによって得られる情報のほうが今は必要だ。ここは、情報収集のためにも、地人たちの町に潜入してみないか」




