第02話:ホームルーム
「私としては、〈念話〉スキルによる救助要請と並行して【魔導船】の開発を進めたいねぃ。二十五名が乗れる程度のものなら、材料さえあれば作れるはず」
石造りの巨大な長テーブルのある堂室に、〈天資の学院〉の生徒たちが集っている。
口火を切ったのは痩せぎすの少女メイミだ。
アレクが反駁する。
「でも、その材料をどうするかって話だろ。山一つ封印したことでメイミの持っていた希少金属もかなり使っちゃったんじゃない?」
「……いざとなったら、あの山に戻って回収する手もあるけどねぃ。まぁ、帝国に対する防波堤として、あの山はそのままにしておきたい気はするね。あそこを封じておけば、それ以上北に分け入るのにかなりの大回りを、略奪者たちに課せられるからねぃ」
「俺は何よりもまず、食料と健康の確保が最優先だと思う。この遺跡のおかげで雨風はしのげているけど、代わりにこの周りは食料が乏しい」
「そんな長期計画なのかぃ?」
「現実的に考えてみろよ。仮に【魔導船】を開発するにも、メイミが最初から持っていた材料だけでもまるで足りないだろ。もしここで調達するつもりなら、捜索と発掘と錬成でどうしたって時間はかかる。となれば、腰を据えて当たらなきゃ」
すると、机の上に両足を乗せていたナルガンが言った。
「こんな地の底に腰を据えるなんてぞっとしねぇな」
アレクには分かっていた。
学院では俊英とされた、頭脳派かつ天才肌のメイミでさえ、夢物語のような提案をする理由を。
仮にどれほどのレアスキル持ちが揃っていようと、この状況を今すぐどうこう出来るものではないのはみんな分かっているはずなのだ。
「みんな。ここに長くいたくないのは分かるよ。だからこそ、ここにしっかり根を下ろして生活基盤を確保しようって提案を忌避したくなる気持ちもわかる。だけど、それが一番の近道かも知れないってことは分かってくれよ」
彼らが夢物語のような提案をする理由。
それは気分だ。
なんとはなしに、ここにはいたくないという『気分』。
ここでの生活基盤を盤石なものにするためには、どうしたって救助を求めるための作業を中断せざるを得なくなる。
だが、もしかしたら、今日はダメでも明日、〈念話〉に返答があるかもしれない。
〈念話〉による救助要請を中断してまで、生活基盤の確保を優先したくない。
メイミにしても、そうだ。
一日、【魔導船】の開発が遅れれば、空に帰れる可能性がそれだけ遠ざかる。
だからこそ、一刻も早く着工したいのだろう。
みんな、なるべく早く地上からおさらばしたいのだ。
その時、〈光翼神族〉のファビュラが遠慮がちに告げた。
「あの、わたくしの〈念話〉隊に関してですけども。……〈武曲〉の竜王が治めるティアゼーン島となら、距離的に交信できていてもおかしくないのです。ですが、返答がありませんの。どこかへ移動なさったのでしょうか。距離を伸ばすか、通信強度を増すには何らかの魔術具の補助が必要ですわ」
「なるほどねぃ。そっちも、そうそうすぐに結果は得られそうにないか……。ねぇ、シルヴィア氏。第一席として、何か意見はあるかぃ? 特にクラスメイトの保健に関しては〈聖女〉のあなたに任せっきりになっている現状だけれど、健康面の問題などで意見を聞かせてほしい」
メイミが声をかけたのはえんじ色の長い髪が美しい少女。
〈聖女〉シルヴィア・フロイラインだ。
と、その〈聖女〉の様子がおかしい。
「なんか、シルヴィアさん、いつにも増して白い……っていうか、青ざめてないか?」
アレクがそう言ったのと同時、シルヴィアが机に突っ伏した。
「おい! 大丈夫かシルヴィアちゃん!」
「し、シルヴィアさんっ?」
アレクがわたふたしている間に、パルドゥスがシルヴィアを抱え上げる。
「おい! 今度は顔赤くなってきたぞ!」
「〈聖女〉が風邪をひくだって? まさか」
パルドゥスが叫び、メイミがひとりごちている。
「ふぁ、ファビュラさんっ! シルヴィアさんのこと、『診て』もらえる?!」
「え? ……ああ、さすがですわね、アレクさん。〈叡知〉を使えば診断出来るかも知れませんものね」
ファビュラが意識を集中し、シルヴィアを『診る』。
クラス全員がその様子を固唾を飲んで見守っていた。
「う、う~ん。何かしら、これ。一番近いのは〈栄養失調〉……かしら」
「はぁあ? だって、シルヴィアさんちゃんと食べてるだろ? 食料だって、ちゃんと十分な量を今のところは確保できてるわけだろ。それとも、毒かなんかあって、みんなに行き渡ってないとか?」
「き、きちんとわたくしが毒がないかを確認していますわ。地上の食べ物で、我々が食べられないものは今のところございません。皆さんに十分な量を、提供できているはずですわ」
メイミが背中のゴーレム腕をがしゃがしゃさせて考え込む。
「う~ん。ファビュラ氏が〈叡知〉で確認してくれているんだから、食べ物のほうの問題ではないねぃ。……となると、無理な食事制限でもしていたか?」
「ダイエットでもしてたってか?」
パルドゥスが呆れたように言う。
だが、アレクにはどうにも引っかかる。
シルヴィアは体型を気にするほど太ってはいない。
むしろ、腰はキュッとくびれているのに胸は大きく、足は細くすらっとしていて――
「いてっ」
サンディがアレクの頬をつねった。
いつもは何を考えているかわからないような眼をしているが、今は明らかに怒っているようにアレクには見える。
弁解しようとして、はたと動きを止める。
「……あっ。ちょ、ちょっと待って。俺たちは大事なことを見逃していたかもしれない。ファビュラさんがスキルを使って食べ物をチェックするようになったのって当たり前だけど地上に落ちてからだよね? ……誰かクァンルゥの食べ物をまだ持ってはいない?」
アレクが言うと、メイミがポケットをごそごそ探りはじめた。
中から、小さな缶を取り出す。
「こんなんでどうだい?」
「バター飴か。ってかそんなん、よく隠し持ってたな」
「仕方ないだろ。私の脳細胞を、飢えさせるわけにはいかないからねぃ」
アレクはそれを一つひったくるように取り上げる。
それから、アレク自身のポケットからも林檎を出してファビュラの前に並べた。
「これ。こっちが地上で採った林檎。サンディ。お前が集めている花蜜も出せるか? ねぇ、ファビュラさん。メイミのバター飴と、これらに、何か違いはないか調べてみてくれる?」
「そんなこと言ったって……、どっちにも毒なんて入ってませんわよ……」
「毒だけじゃなくて、もっと他に。違いがあるかも知れない」
ファビュラが渋々といった様子で、飴を確認する。
と、その目つきが変わった。
「……やばいぐらい、地上の食べ物は魔力質が少ないですわね。少ないというより、我々には吸収できないと言ったほうが正しいかしら。林檎や花蜜以外の食べ物も調べてみないと何とも言えませんけど、仮に地上の食べ物がすべてこの調子だとしたら、今の三倍は食べなきゃいけないかもしれません」
「さっ、三倍……」
それは、そこにいた誰しもにとって驚愕の事実だった。
つまり、今まで必要量の三分の一しか取っていなかったということになる。
魔力質はただちに身体に影響が及ぶ栄養素ではないため、みんな気づかなかったのだ。
「と、とりあえず、メイミ。シルヴィアさんにバター飴をあげてくれ。多分、魔力質不足による栄養失調だ」
「あ、あぁ」
「みんな。これは提案なんだけど、まずは食料事情の改善が急務かと思う。空に戻るための準備はいったん中止して、全員で食料を探さないと。シルヴィアさんだけじゃなく、みんなももしかしたら、これから具合が悪くなるかもしれない。その時のために、空の食べ物を持ってる人は、一応ここに出してもらうってことで。どうかな」
アレクが提案する。
全員、騎士たちがどうなったかを話に聞いて知っている。
異論は誰からも上がらなかった。




