第01話:〈月読〉
『スキル〈聖勇者〉の継承に失敗しました。スキル〈聖勇者〉の一部をサルベージ可能です。復元を試みますか?』
奇妙な声にアレクはのけぞる。
「わわっ、なんだこれ?」
「どうした、アレク氏? 何かスキルに不具合でもあったのかい?」
「また〈順風耳〉で何か聞こえてんじゃねぇか?」
アレクの様子にも、メイミとナルガンの二人は興味ない様子だ。
「二人には聞こえてないの? ってことは、これ、俺だけにしか聞こえてない? ナルガンは、スキルを継承したとき、何か聞こえなかった?」
「はぁ? お前じゃあるまいし」
ナルガンがおかしなものでも見るようにアレクを見る。
すると再度、謎の声が告げた。
『スキル〈聖勇者〉の継承に失敗しました。スキル〈聖勇者〉の一部をサルベージ可能です。復元を試みますか?』
「だっ、誰だよ、お前!」
『解。私は星級スキル〈月読〉が生み出した疑似人格。この世にある全てのスキルを司るモノ』
「せ、星級……!?」
アレクは絶句した。
星級スキルといえば、アレクたちのいたクァンルゥ島を治める竜帝マケドロスの持っていた〈破軍〉や、天に住まうアレクたちにとってすら神のごとき存在であった竜神の持つ〈紫微〉と同列のスキルに当たる。
竜神の配下であった一人の竜帝、二人の竜王、そして四人の神王は、その星級スキルをもって天空に大地を持ち上げ、天人たちの千年の平和を築いたとされる。
「こ、ここじゃまずい」
アレクが〈順風耳〉を持っていることはクラスメイト達には知られていたが、それでも独り言をぶつぶつ言っているところを見られたくはない。
遺跡を出ると、ちょうど花蜜の採取に行っていたサンディが戻ってきた。
いつも通りアレクのそばに舞い降りようとするのを押しとどめる。
「あ、サンディ。ちょ、ちょっと後で。森のほうに行ってくる」
彼女を置き去りにして、一人になれる場所を探す。
しばらく森を分け入った先にある大岩の上に腰を下ろし、アレクは恐る恐る問いかけた。
「つ、〈月読〉? ――どうして、俺だけに声が聞こえるの?」
『解。見えざるものを見るスキル〈千里眼〉と同様、聞こえざるものを聞くスキルこそが〈順風耳〉ゆえ。もっとも、本来スキルを持つものは等しく私の声を聞いているはずです。ただ、そのことに気づかぬだけ』
「スキルってことはお前も誰かのスキルで、意志を持ってるの?」
『解。はい、そしていいえ。私はスキル〈月読〉の生み出した疑似人格です。スキルの保有者が存在します。私はスキル〈月読〉の生み出した疑似人格です。意志と呼べるものはありません』
あまりに突飛すぎて話についていけない。
天空諸島で一般に知られていた星級持ちのほかに、知られざる星級スキルの保有者がいるということか。
「お前の声はどうやったら聞けるの?」
『解。新たにスキルを得たときに、補助として聞こえます。スキル継承の際、必要な情報を提示します。スキル〈聖勇者〉の継承に失敗しました。スキル〈聖勇者〉の一部をサルベージ可能です。復元を試みますか?』
「ちょ、ちょっと待って。継承に失敗したのは聖紅晶が壊れていたから? 復元できるの?」
『解。はい、そしてはい。破損した聖紅晶では完全な継承がなされませんでした。スキルの一部を抽出し、復元が可能です』
そこでふと疑問がよぎる。
なぜ何も言わずに復元せずに、確認を取るのだろう。
「答えて、〈月読〉。復元には何かデメリットがあるの?」
『解。はい。デメリットがあります。破損した聖紅晶のかけらをすべて集め、スキル〈聖勇者〉そのものの復元を試みることは二度とできなくなります』
「かけらをすべて集められた場合、〈聖勇者〉が復元できる公算は?」
『解。破損の程度にもよりますが、5%に満たないかと』
「一部だけなら?」
『解。ほぼ100%復元可能です』
ならば迷う必要もないかもしれない。
確かに、戦う力を持たない自分が〈聖勇者〉を手に入れることができれば、戦力になっただろうが、5%に賭けるわけにはいかない。
確実に手に入る力を得ておくべきだろう。
「分かった。スキル〈聖勇者〉の一部を復元して」
すると、〈月読〉はすぐさま答えた。
しかし――、
『承諾。――スキル〈勇気〉を〈聖勇者〉より復元し、継承しました』
「は?」
なんだか、〈聖勇者〉から、ものすごくダウングレードした気がするアレクである。
こんなんで、戦力になるのだろうか。
「おい。〈勇気〉ってどんなスキルだ? 強いのか」
『………………』
アレクが叫ぶ。
しかし、もう何度聞いても、〈月読〉はもう答えることはなかった。
「あああっ、くそ! 継承の際に声が聞けるって言ってたな。よーし、分かった。質問がなくなるまで継承しまくってやる」
そう思って遺跡へと帰ったのだが――、
「は? もう全部配り終わっちまったぞ」
ナルガンが呆れたように言った。
ナルガンによる人体実験によってスキル継承に危険はないと判断され、聖紅晶はクラスメイト達が面白がってすべて使い切ってしまったらしい。
そこへ、パルドゥスが入ってきて、アレクを見つけた。
「おっ、アレク。お前も試したか? スキル継承! 結構面白いよな。オレは〈剣聖〉が当たったわ。〈神衣〉は防御系で、攻撃手段は獣化と魔法しかなかったから、人型でもそこそこやれるようになったのは嬉しいな」
「はーーー!」
アレクは盛大にため息をついた。
アレクこそ、戦うスキルが欲しかったというのに。
しかも、〈剣聖〉なんて割と当たりのほうだ。
これでは人型でも、ヒカップといい勝負になるんじゃないだろうか。
「ん?」
すると、アレクの服の裾をつかんでいるものがあった。
サンディだ。
「え? ――ああ。え、マジで? いいの? だって、お前の分じゃんそれ」
「お、良かったじゃん。サンディちゃん取っといてくれたって? 一人で五つも六つも持っていくやつとかいて、大変だったんだぜ、確保すんの。一人二個までっつってんのによぉ」
パルドゥスの言葉にサンディがこくこく激しく頷く。
小さな手の上には、二つの聖紅晶が置かれていた。
「しかもこれ、〈聖騎士〉のやつか」
パルドゥスによって倒された、バルトロッサに次ぐ実力者たちの一人。
もし、スキル〈聖騎士〉が入手できれば、アレク自身も戦力になりうる。
「……なぁ、俺が今からちょっと独り言言っても、気にしないでくれよな」
「大丈夫。お前いつも独り言言ってると思われてるから」
「え?」
パルドゥスの視線の先に目をやると、サンディが目をそらした。
天上にいたころ、サンディと会話しているのが、事情を知らないものから見れば独り言を言っているように見えていたらしい。
今でこそ事情が理解され始めてはいるが、まだ当時の印象はぬぐえていないと。
「……まぁ、いいよ。別に。人の目を気にしてサンディと話すのをやめることのほうこそ、俺にはあり得ないことだから」
ぎゅっと、サンディがアレクの手を握った。
アレクはその手の熱を感じながら、息を整える。
恐る恐る、〈聖騎士〉の聖紅晶を首筋に当てた。
今度こそ、〈月読〉にもっと質問しよう。
まだ可能性の段階であったが、〈月読〉とうまく交渉できれば、継承するスキルも選べるかもしれない。
期待に胸が高まった。
そして――、
『スキル〈聖騎士〉の継承に失敗しました。スキルを破棄します』
『スキル〈破邪〉の継承に成功しました』
『スキル〈風の守り手〉の継承に失敗しました。スキルを破棄します』
『スキル〈剣豪〉の継承に失敗しました。スキル〈剣術家〉にダウングレードし再試行します』
『スキル〈剣術家〉の継承に成功しました』
『スキル〈統率者〉の継承に成功しました。スキルをロックします』
『スキル継承を終わります』
「お、おいっ、〈月読〉! 聞いてるか! おいっ、待てって! おい!」
怒涛の勢いで、スキル継承に関する文言が脳内に流れていく。
アレクは何度も呼びかけたが、〈月読〉は一切反応しなかった。
「……〈聖騎士〉破棄されちゃったじゃん」
アレクは呆然とつぶやいた。




