第14話:総力戦(後)
バルトロッサのもとに、一つの報がもたらされた。
「殿下! 大変です! 〈聖騎士〉の方々の遺体が発見されました!」
「なんだとッ!?」
立ち上がるバルトロッサのもとに、三つの遺体が運ばれてくる。
それらは確かに、バルトロッサ配下の〈聖騎士〉だった。
「な、なぜだ。天人のやつら、我らに対抗するすべなど無いはずではなかったか。こやつらは我輩につぐ実力者だぞ……!?」
バルトロッサは爪を噛み、歯ぎしりする。
「いかがなさいます、殿下!?」
「ええい、待て! 〈聖騎士〉を三名も失ったとあっては陛下に顔向けできぬ。何か、失態を払拭できるだけの手柄を立てねば、帰るにも帰れん。だがこの先に、こやつら三人をまとめて屠るだけの罠が待ち受けているとは……くそっ!」
それから、なおもバルトロッサはぶつぶつ呟き続けていた。
「誰ぞ、陛下にお見せできるなりの武功を上げたものはおらんのかっ?!」
このまま、手ぶらで帰るわけにはいかない。
かといって、これ以上、手駒を減らすわけにはもっといかない。
そして、最上位のレアスキル〈聖勇者〉たる自分が死に、そのスキルが奪われることは、この場にいる二百人全員の命と引き換えにしてでも回避せねばならない。
もはや、蛮勇をふるってこの先に進める状況ではなかった。
その時――、バルトロッサのもとに吉報がもたらされた。
「ご報告します、殿下! すぐ近くの山道を逸れたあたりに洞窟があり、なかで休憩中の七名ほどの天人の姿を確認いたしました! 見る限り、全員女子供だということです」
「でかしたっ!」
バルトロッサはその報に飛びついた。
例え戦う力は弱くとも、天人は全員レアスキルを持っている。
七人もいれば、中には当たりもあるだろう。
中には〈聖騎士〉三人の命と釣り合うだけの、もしくは彼らの命など霞むほどのお宝が埋まっている可能性だってある。
騎士たちを率い、バルトロッサはその場に急行した。
* * * * *
洞窟から追い立てられるようにして出てきたのは七人の少年少女であった。
一人の少女がバルトロッサを見て絶句する。
「ほう……。これはこれは、お嬢さんお目にかかるのはこれが二度目ですな。同時に、これで最後でしょうが」
恐怖にすくみ動けなくなっているのは、青い髪を腰まで伸ばした少女だった。
バルトロッサは答えも待たず、抜刀。
少女を一刀のもとに切り伏せる。
「すまないね。お嬢さんがたには、陛下への手土産となっていただく。悪くは思わないでいただきたい」
その宣告と同時、剣風が舞った。
血が雨のように地面を濡らし、人型の肉のかたまりが七つ地に倒れ臥す。
「回収せよ」
バルトロッサが命じると、騎士たちが聖紅晶を剥ぎ取りにかかった。
彼らの持つ首狩り用の、鎌のように湾曲した小刀が、少年や少女だったモノの脳髄を裂く。
彼らの精髄、魂そのものが奪われんとするその時――、
「うぎゃあっ」「熱っつつ!」
肉の塊は白くまばゆい炎に焼かれ、跡形もなく灰になった。
炎の中から、一人の少年が現れる。
「くそが! よくも、仲間たちを!」
現れたのはナルガンだった。
ナルガンは〈神火〉を放ち、全てを焼却した。
そこにはむろん、聖紅晶など欠片も残ってはいない。
「誰かと思えば、〈三位一体〉くんじゃあないか。せっかくの我輩の『戦利品』をよくも台無しにしてくれたものだ」
「『戦利品』だと? ふざけやがって。貴様にあいつらの魂は渡さん」
「魂! 魂とはまた、随分と情緒的な物言いをする。まぁ、良い。君の〈三位一体〉はかなりのレアスキルだ。我輩ならば、効果的に使ってやれよう。代わりにそっちを手土産にするとしよう」
「やってみろっ!」
瞬間、逆手抜刀の型からの炎槍の投擲。
三本の槍が複雑な軌跡を描き、バルトロッサを強襲。
それらを剣で凪いで、シャンディエフの皇弟は一歩踏み込む。
「これがどうした!? 私に君の力は効かないことは、すでに証明されているだろうッ?」
「……俺様は知ってるぞ。貴様の〈聖勇者〉のスキル、守るべきものが自分の後ろに多ければ多いほど、力の位階が上昇する特殊条件スキルだってな」
アレクが暴いたバルトロッサの力の秘密を、ナルガンは聞いていた。
〈聖勇者〉は守るべきものが多いほど力を発する。
もっとも、二百人以上ともなると、二千人だろうと二万人だろうと大きな差はないらしく、今回の捜索隊が最も最適化された人数だということであったが――。
「騎士たちはみな、捜索のために出払っている。十数名しか供のいない今のお前なら、せいぜいが位階450がいいところじゃねぇか?」
「ふん。だとしたらなんだと言うのかね。それでも君を殺すには充分だろう」
「俺様の〈神火〉をナメるなよ。貴様がどれだけの魔法耐性を持っていようが、〈神火〉は貴様を焼き尽くす。〈神火〉は魔法じゃないからだ。魔法なんざ、術理によって『真の火』という現象を模倣しただけの、いわば紛い物だ。だが、俺様の〈神火〉は『真の火』の一部。位階の下がった今の貴様に、相殺しきれるシロモンじゃねぇ」
その言葉の通り、ナルガンの放った炎の槍は蛇となってバルトロッサの身体に絡みつき、その体を焼いていた。
位階の力によって耐えてはいるが、いずれは彼に無視できぬダメージを与えるだろう。
バルトロッサの表情に焦りの色が浮かぶ。
「くっ、何をしている。貴公ら、こやつを殺せ!」
「てめぇら、邪魔すんな。離せ!」
バルトロッサの命令で、十数名の騎士が動いた。
彼らはナルガンを包囲、思い思いの武器で彼を突き刺していく。
乱暴な手が、ナルガンの後ろ首に迫った時――、ナルガンは自らの身体を白い炎で包み込んだ。
「貴様らに、〈神火〉はやらん!」
騎士たちは慌てて手を伸ばすが一歩及ばず。
ナルガンの身体は虚空に消えうせる。
後には圧倒的高温で空気すら焼けた、どこか無機質な臭いだけが残っていた。
「くそっ! これだけ手駒がいて、いまだ一つたりと聖紅晶が奪えんとは!」
〈聖勇者〉が吠える。
彼はまだ、帰るわけにはいかなかった。
* * * * *
その様子を、離れたところでアレクは見ている。
「いやぁ~。無茶するなぁ……、ナルガンのやつ」
「だが助かったねぃ。ナルガン氏がアレを焼いてくれなきゃ、もうとっくに私らは避難を完了してるってことがバレちまうところだったよ」
アレクの実況を聞いていたのは〈千手神族〉のメイミだ。
今、アレクの聴覚はバルトロッサのもとに飛んでいるため、メイミの声は聞こえないのだが……
アレクのそばにいるサンディが、メイミの言葉を思念にしてアレクに伝えていた。
「ほんとに。ナルガンには感謝しなきゃな。あの、肉人形を斬り伏せられた時の演技なんて、表彰ものだったよ。本当に、友達を殺されたみたいだった。……まぁ、イリアのことを思い出していたのかもな」
メイミの一族は伝統的に、作業のためのゴーレム腕を背中に幾本も持つ。
そして、メイミは一族の中でも最多、四十二本のゴーレム腕を持ち、それらを使って、あるモノを同時に何十体も操っていた。
それは【フレッシュゴーレム】――肉や骨を原料に作られるゴーレムの一種。
〈偽装〉スキルの上位〈真化〉を持つ生徒の手によって、〈天資の学院〉の生徒たちそっくりに作られたこれらのゴーレムを、メイミは騎士たちを翻弄するのに使っていた。
地上の魔工師なら一体を思い通りに動かすだけで、ほぼ一生の研鑽が必要となるこの作業を、何十体も同時に容易く実現してみせた。
〈魔工帝〉メイミ・スパナレイン。
ゴーレムの支配者たる少女である。
「あとちょっとってところで、仕掛けに気づかれたらまずかったからねぃ」
そんな天才少女が、のほほんと感想を述べる。
もうとっくに、ほとんどの生徒たちは隣の山まで避難を完了していた。
騎士たちはそんなことは知らず、近くの山で狩った鹿や猪などの肉と骨の残骸を追い続けていたのだ。
もちろん、偽物の脳髄に聖紅晶はない。
もし、あの場でそれに気づかれ、下山されてしまっては『最後の仕込み』が間に合わない恐れがあった。
「ナルガンが証拠を焼いてくれて助かった。あれでまだ、騎士たちは聖紅晶を求めてこの山を徘徊し続けるだろう」
その時――、巨大な石火がメイミらのもとに舞い降りる。
石火は人の形をとり、それはナルガンになった。
「よぉ、ナルガン氏。むちゃするねぃ。私の子供たちはいくら壊れても構わないけれど、あんたは死んだらそれまでなんだぜ」
「ふん……。巨大な火を目くらましに、あの場から逃げ出すなど造作もない。だが、これで『檻』は成った。〈三位一体〉でリンクしているおかげで、ポリィとファビュラの様子がなんとなく分かる。あいつら、この山全体を『迷いの森』にしちまいやがったぞ」
アレクたちの『最後の仕込み』とは、この山全体に『迷いの森』の結界を広げることだった。
ポリィとファビュラはそのためにずっと山中を動き回っていた。
「おっ! それは重畳。〈千里眼〉どころか、〈幻霊視〉すらないやつらじゃ、これほどの巨大な『檻』から、一生かかったって出られやしないだろうさ」
「……それを可能にするだけの、てめぇの補助装置もなかなかのもんだって、ポリィのやつが驚いてたぞ。俺様も、樹の内部に〈隠伏〉であれを埋め込む作業を見さしてもらったが、三日で一体いくつ作ったんだ? あの、魔力のこもった霧の噴霧装置。フレッシュゴーレム作りだってあっただろうに」
「んー、ざっと三百くらいかねぇ?」
「なっ」
ナルガンが理解しがたいものでも見るように、若干引き気味にメイミを見る。
その時、アレクが身じろぎした。
ナルガンはアレクの目を見、自分を見返してくるのを確認する。
「おう、視聴覚、こっちに戻ってきてるのか?」
「……あぁ。ちょうど今、戻ってきたところだ」
「なかなか、エグい策を考えやがる。始めに荷馬車を壊したのがいい。二百人もの大所帯、すぐに食料は尽きる。後はやつらが勝手に自滅するのを、俺様たちはどこ吹く風で待ってりゃいいとはな。……やるじゃねぇか」
少し照れくさそうに、ナルガンが褒めた。
だが、アレクはまだ少し難しい顔をしている。
ナルガンが怪訝そうに問うた。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「あぁ。……最後の詰めが残っている。こればっかりは、他の誰にも任せることは出来ない。あいつらは俺たちにとって脅威だ。ここできっちり、全滅しておいてもらわなきゃ」
確殺を期したアレクの覚悟に、ナルガンはうすら寒い思いを覚える。
「だがなぁ、アレク氏。あんた、五日もの偵察を終えて、その後の三日もほとんど寝てないじゃないか。休まなきゃ死ぬよ」
メイミが心配そうに言った。
すると、アレクはサンディを撫でながら答える。
「……大丈夫、時々、サンディの分身に監視を任せて細かい休憩は取ってるし。最後まで、やらせてほしい」
アレクの決意は揺るがない。
これから、華々しい剣戟や、派手な魔法など一切ない――
〈聖勇者〉とアレクの、最後の戦いが始まる。




