第13話:総力戦(中)
――ある二人は、霧によって、山の東側の尾根に導かれていた。
そこに至るまでに仲間の騎士たちとはぐれ、不安げに辺りを見回している。
そこにいたのは優しげな少年だった。
「ねぇ、アレクくんってば酷いと思わない? そこいらじゅうに、ボクのおしっ……。まぁ、いいや。いらっしゃい。あなたたち、炎の魔法を使う〈魔導騎士〉でしょ」
「な、何やつ?!」
「キサマ、天人か!」
〈魔導騎士〉と呼ばれた騎士たちが驚き叫ぶ。
一方、少年は誰何の声には答えず、静かに抜刀する。
複雑にきらめく美しい剣を自慢げに掲げ、少年は言った。
「これ、〈鍛冶〉スキル持ちの友達に作ってもらったんだ。材料にメイミちゃんのゴーレムを潰したから、めちゃくちゃ怒られたんだけどね。〈鍛冶王〉と〈錬金王〉、それから〈魔工帝〉っていう、三人のスキルを使って作った豪華な剣。ボクはこれにクァンルゥって名付けた」
騎士たちを無視する態度が気に障ったのだろう。
もしくは、霧の中で突如現れた奇妙な少年に対する怯えもあったのかも知れない。
「何奴かと聞いている! 名乗れ、キサマッ!」
「抜刀したな?! ならば、こちらから行かせてもらうッ! 〈焔の穿孔〉ォッ!」
瞬間的に激昂した騎士は炎の魔法を発動、少年へ向けて放つ。
詠唱と同時、炎の槍が騎士の眼前に収束。
少年の上半身に突き刺さり、そのまま全身をつつむ大火球となる。
しかし――、軽やかな声が、火球の中から聞こえてくる。
「すごいと思うよ。〈炎の守り手〉に〈炎の求道者〉でしょ。地上じゃ、魔法スキルはほとんど失伝しちゃって、そのレベルのスキルを持ってる人ってほとんどいないらしいじゃん」
「わ、私の魔法が効かないだとっ!?」「一体どうなっている?!」
驚くのも無理はない。
位階200以上の〈魔導騎士〉が放つ求道者級の魔法は、ほとんどの場合で一撃必殺を意味する。
殺せないどころか、まったく苦にもしていない様子は、彼らにとっても想定外であった。
「――君たちは魔法を極めた分、物理戦闘系スキルはほとんど持ってないって、ファビュラから聞いてるよ。だから正直、今のままでも大丈夫だと思うんだけど……、仮にも位階200だからね。念には念を入れろってアレクくんには言われてるんだ」
そう言って、少年――ヒカップは、全身に力を込める。
体中を緑の鱗が覆い、鋼鉄の鞭のように固い尻尾が生えた。
頭蓋からはどんな刃物も通さない凶暴な角が二本、後ろ向きに生える。
景気づけとばかり、獰猛な咆哮を発した。
大気が震撼し、木々がざわめく。
ヒカップの真骨頂・竜人形態である。
「残念だけど、求道者程度の炎の魔法なんて、ボクには効かないよ。だって、ボク、竜だもん。それに、ボクは〈剣王〉なんで、剣による攻撃に強力な補助効果がある。このクァンルゥはもはや神話級の性能だから、このモードのボクなら位階200の君たちにだって届くと思うんだ。……と、いうことで悪いけど、これからこの剣で、君たちを叩きのめさせてもらうね」
そう言って、ヒカップは剣を無造作に振り下ろした。
刹那、十数ルヮイス(≒十数メートル)の距離があったにも関わらず、〈魔導騎士〉の一人、求道者級の首は、あっけなく飛んでいた。
* * * * *
ある一人は、少し開けた川のそばの平地に迷い込んでいた。
そこに待ち受けていたのは〈氷神族〉の〈拳帝〉エミーリヤ・コロコルだ。
彼女は騎士と、すでに数百合の殴り合いを続けている。
「残念だねぇー。あんた、魔法も〈氷の守り手〉で、武器も【氷の魔剣】だなんて。キャラ作りなのか知らないけど、冷気属性に完全耐性を持つ相手が現れたらどうするつもりだったのさ。って、それがまぁ、今なわけだけど」
「だっ、黙れ、黙れッ! 高貴なるこの私がこのような泥臭い殴り合いなどっ、本来ならば、するはずがないのだっ」
元々は流麗な剣技が持ち味だっただろう騎士だが、今はエミーリヤとの乱打戦を余儀なくされている。
端正な面はしかし、目は充血し、鼻は折れ、こぶができてひどい有様だ。
エミーリヤが騎士の言葉に同意した。
「確かに。本来なら正面からの殴り合いなんて、あたしらしくない。どっちかっつうと〈隠伏〉で背後に忍び寄って、『こう』してやるのが身上なんだけどね」
そう言って、エミーリヤは怒れる騎士の拳をかわし、その腕を擒拿の技で絡めとった。
彼女が軽く力をこめると、騎士の腕は容易くあらぬ方向へとひん曲がる。
騎士は美麗な鎧に身を包んでいるが、これではひとたまりもない。
「ようやく、疲れが見えてきたようだね。やはり、位階200なだけはある。これまで、あたしに擒拿の技を使わせる隙を見せなかったのは流石だよ」
「な、なぜだ! なぜ、貴様は先程からそんな涼しい顔でいられるっ?!」
「――あぁ、悪いね。うちら全員〈聖女〉サマの加護を受けてるんで。例え位階200だろうと、格闘系のスキルを持たないあんたの拳によるダメージごとき、一瞬で回復しちまうのさ」
「なっ」
氷の騎士は絶句した。
次の瞬間、驚愕に歪む騎士の顔に、エミーリヤの革ミトンの拳が突き刺さる。
騎士はたたらを踏んで、後ずさった。
しかし、まだまだ弱る気配はない。
「いやー、しかし、ほんっとに固いね、あんた。どうにも悪い気がして魔法は使わないでいたけど、やめだ、やめ。あんたは魔防のほうが弱いってのは調査済みだし、使わせてもらうよ」
エミーリヤがそう言ったと同時、正面に永久凍土の固さをまとったつららが浮かび上がる。
無詠唱魔法である。
そこへ走り込み、釘のように、騎士の身体につららを打ちつける。
「がっ、あっ!」
容易く鎧を貫いて、つららは騎士の胸に突き刺さった。
さらに、エミーリヤは三つ、つららを生み出し、蹴りで器用に、騎士の全身に打ちこんでいく。
「どうだい? 〈拳帝〉のスキルの乗った魔法攻撃。あんたらはまだ、こういう戦い方は知らないだろ。よく見ておきな」
むろん、見ておくも何も、騎士にそのような余裕はない。
必死で身を躱そうとするも、エミーリヤの四肢は鞭のようにしなって騎士を追いかけ、正確に氷の釘を打ちつける。
さらに三つ、つららがエミーリヤの眼前に浮かび上がった。
それらを、蹴り、殴り、エミーリヤは騎士の身体に打ちこんでいく。
「さぁ、これでおしまいだ」
三本目に思いっきり頭突きをかますと、つららが騎士の頭蓋を貫いた。
どさっと音がし、後には物言わぬ骸だけが残された。
* * * * *
ある三人は、深い森の中を駆けずり回っていた。
その顔は恐怖に引きつり、胸にかけた聖印を片手に、祈りながら走り続けている。
彼らは〈神聖魔法〉を得意とする〈聖騎士〉であり、騎士の中では〈聖勇者〉につぐ実力者でもあった。
彼らの〈破邪〉の魔法を、アレクは最も危険視していた。
騎士たちを惑わす結界を、破られる恐れがあったからだ。
だからこそ、彼らのもとには確実に仕留められる人材を送り込んである。
〈聖騎士〉たちの後ろに、白く美しい獣が姿を現した。
「ひっ、ひぃっ! ほ、〈聖魔光砲〉ッ!」
まばゆく白く輝く光線が、獣と騎士との間を結ぶ。
しかし、獣の正面で光は屈折、周囲に破壊の余波をまき散らす。
「だっ、〈罰せられし風〉!」
「〈裁きの荊〉!」
直後、恐ろしい圧力を伴う下降噴流が獣を襲い、さらに、地面からわき出した光の荊がその体を縛り付ける。
しかし――、獣が身体をふると、荊はあっさり切れた。
今もなお騎士たちを吹き飛ばそうとしている猛烈な風の中でも、獣は平然と歩いている。
獣は白豹。
〈神獣族〉パルドゥスのもう一つの姿である。
絶級スキル〈神衣〉の前では、どのような魔法攻撃もすべて無効と化す。
「だっ、だから魔法は効かんのだっ! 剣で戦え、剣で!」
「な、何をぬかす。貴公、儂の左腕が朽ち落ちたのを見たであろうッ?」
「どうして、光の防御がまったく働かんのだっ!?」
パルドゥスの豹の身体を、闇色のオーラが覆っている。
〈二重血族〉であるパルドゥスのもう一つの血の力だ。
地上では死神と呼ばれることも多い〈冥神族〉――。
彼らの力は『死』そのものだ。
死後の安寧を守る者や、冥府への案内人などとも呼ばれる〈冥神族〉にしか使えない特殊属性魔法こそが〈冥煌魔法〉である。
それだけなら、〈聖騎士〉たちは苦も無く防げたはずだった。
しかし――、
「ひっ、来るな! 来るなぁッ!」
悲しいかな、〈聖騎士〉たちの防御スキルは神聖属性の力を源としていた。
そして、パルドゥスは聖なる獣――白豹である。
パルドゥスの牙による攻撃は神聖属性そのもの。
ゆえに光の防御が働くはずがない。
だというのに、その牙には死の力たる〈冥煌魔法〉がこめられている……。
いかに、位階が200以上、一人は400近いといえど、耐性の働かぬところに即死魔法を受ければ、容易く死ぬ。
「クルルゥゥゥン……」
パルドゥスが詫びるかのように喉を鳴らした。
〈聖騎士〉たちは迫りくる死に、なすすべなく立ち尽くす――。




