第12話:総力戦(前)
それから、さらに三日後。
山道へと続く関所に、〈聖勇者〉バルトロッサの隊が現れた。
彼らにしても、獲物たちがそう遠くまで逃げないうちに再捜索したいのだろう。
二百人からなる精鋭を投入して失伝スキル一つでは、割に合わないはずだ。
「来たっ! みんな、いいな?」
アレクは視界を飛ばし、関所を監視していた。
そのまま監視は外さず、彼の周りにいるであろう仲間に声をかける。
「いいか。前にも言った通り、魔法の多くは失伝してるらしい。二百人いた精鋭たちの中でも、実戦レベルに魔法が使えるのはわずかに六名。まずはこいつらを引きはがすのが第一の目標だ」
むろん、力の位階200以上の猛者揃いである。
生半可な攻撃は効かないだろうし、状態異常に対しても強い耐性を持つものがほとんどだ。
だが、魔法を使える相手だけは、最優先で処理する必要があった。
こちらの作戦が、万が一にも崩される恐れがある。
今日も山には深い霧がけぶっていた。
騎士隊が山の中腹まで来たところで、アレクは第一の矢を放つ。
「まずはご挨拶。エミーリヤ、頼む」
ここぞと見つけていたポイントに、エミーリヤは〈隠伏〉で潜んでいた。
瞬間的に地上に現れ、無詠唱による氷魔法。
魔法に免疫のない騎士たちは一瞬、攻撃かと身を固くする。
エミーリヤは魔法を放ったのち、後ろ宙返りで再び地表に潜った。
後には騎士たちの混乱が残されている。
「なっ、これは……!」
「馬車がっ、御しきれん!」
騎士たちの悲鳴が漏れた。
エミーリヤが狙ったのは、位階の差によってろくにダメージを与えられない騎士たちではなく、地面。
地面を絶対の冷気で凍りつかせ、良く滑るようにした。
それだけで、荷車の車輪は空転。
荷台を引く馬たちに、二百人分の食糧の荷重が一気にかかる。
馬のひづめは凍れる地面には弱い。
坂道を転がり落ちていった荷馬車のほぼすべてが大破。
さらに、騎士たちの乗っていた馬も何頭かが転倒し、骨を折った。
忌々しげな顔で、バルトロッサが命じる。
「おのれ……。みな、馬を下りよ。無事な馬に乗せられるぶんだけの食糧を乗せ、残りは担いで、歩いてついて来い!」
一度ならず二度までも食料を失って逃げ帰ったとあらば、いかに絶大な権力を誇る皇弟とはいえ立場はあるまい。
多少の無理は押してでも登ってくるだろうとアレクは踏んでいた。
そして、その読み通り、騎士隊はこれから、山の上部へと踏み入っていく。
* * * * *
翌朝――、騎士隊は山頂付近にまで達していた。
鈍重な荷馬車がいなくなり、むしろ速度が上がったようにも思える。
先頭を行くバルトロッサが、騎馬を停めた。
「またか……」
うんざりといった様子で、バルトロッサは無造作に剣を振るう。
バルトロッサを襲った光球は弾かれ散った。
霧が深く太陽すら見通せない上空から、魔法による襲撃が続いている。
次第に数が多くなり、攻撃は激しくなっている――が、そのどれもが騎士たちに致命傷を与えるほどの威力ではない。
「先程、荷馬車をやってくれた娘も子供のようだったし、もしや、大人や、我らに対抗しうる戦力はもういないのか? ……だとしても、やつらのスキルは地上と比べて美味い。容易く手に入るなら、それに越したことはないのだが」
ひとりごち、バルトロッサは後ろから来る騎士たちに命じた。
「布陣せよ。これだけ執拗に攻撃を繰り返してくるということはこの先にやつらの拠点があるのだろう。捜索を開始するのだ」
――と、その言葉をアレクは当然、安全な場所から聞いている。
視線はバルトロッサから外さず、傍らにいるサンディに話しかけた。
「よし、食いついた! やっぱり、あいつら油断してる。そりゃ、位階200以上もあればそうなる気持ちも分かるけどね」
効かないと分かっていて攻撃を繰り返したのは、当然、囮である。
騎士隊には山の中へ更に踏み入ってもらわねばならず、アレクたちが焦っていると思わせ、その先にお宝があると思わせるのが目的だ。
すると、バルトロッサに忠告するものがあった。
「殿下、妙ではないですか? 山に入ってから、獣の類を見ておりませぬ。この山はあまりに――静かすぎる。鳥の鳴き声も、小動物が揺らす茂みの音さえもいたしません。このような場合、森の奥に大物が潜んでいることが多い」
だが、バルトロッサはその忠告を一蹴した。
「何をぬかす。貴公、臆したか。これだけの戦力を相手にして、生きて帰れるような大物がいるというなら、むしろ見せてもらいたいものだ。兄陛下のご命令さえあらば、『穴の巨人』だとて屠ってみせようものを」
危ないところだった。
大物がいる、というのはある意味正解なのだから。
アレクはものすご~く嫌がるヒカップ――〈竜神族〉の少年をなだめすかし、竜人形態になった状態での便を採取していた。
メイミ謹製の粉砕乾燥ゴーレムによって粉末化したヒカップの便は、水魔法によって稀釈され、この山のいたるところに塗りつけてある。
生物の頂点たる竜。
その縄張りを意味する便が匂う場所に、いかなる鳥獣も立ち入ることはない。
人という名の、二本脚の獣を除いて。
「以前のように、山の獣を狩りながらの捜索は不可能。俺たちはあんたとは切った貼ったをするつもりはないぜ、〈聖勇者〉さん。さぁ、何日持つかな。持久戦の始まりだ」
聞こえぬと知りながら、アレクは静かに宣戦布告する。
この作戦のため、アレクたちは三日の間に食料を大量に溜め込み、〈隠伏〉スキル持ちを数名当てて異空間に保管していた。
さらに、騎士たちが目を離したすきに、食料をどんどん盗んで異空間に放り込んでいく予定である。
それから先は、こまめに顔を出しつつ、逃げに徹する。
あとは食糧不足で〈聖勇者〉たちが勝手に弱っていくのを待つというわけだ。
食料を採りに町へ戻らせない策も、ちゃんと用意している。
時間が経てば経つほど、アレクたちが有利になる算段だった。
今はまだそんな奸計にハマっていることなど露知らず、バルトロッサはまずそうに干し肉を齧っていた。
* * * * *
日が傾き始めた。
囮役が何度か、騎士の前に姿を現しては、捕まる寸前に逃げ出してみせた。
入れ代わり立ち代わり騎士たちが本陣に現れては、バルトロッサに報告をあげる。
「殿下! この先の森の中で、十数人ほどの天人の姿が見えたとの報告が上がっております!」
「殿下! こちらの岩の高台のほうにも数名ほど」
「よし、行って聖紅晶を持ち帰って参れ。ただし、一つたりとも勝手に使うことは許さん。貴公らのスキルは〈鑑定〉師によって記録済みだ。妙なスキルが増えていたら、ただちに反逆とみなす」
「はっ!」
布陣の中央に座り、バルトロッサが指示を出す。
状況はいい具合に、混沌としてきている。
それを見て、アレクもまた次の指示をサンディに託した。
「サンディ。ナルガンとポリィに伝えて。そろそろ始めてくれって。あと、ヒカップたちにも、そっちに行くって。こっからはちょっと、正念場だぞ。下手すりゃ死人が出る」
サンディは頷き、山の各地に散った彼女の分身にアレクの言葉を伝えた。
――ナルガンの〈三位一体〉によって、今、水を操るポリィと、光を操るファビュラのスキルがリンクしている。
彼らはそのスキルを使って、霧の結界を張っていた。
敵の身体に影響を及ぼす状態異常ではなく、土地そのものに効果を及ぼす【結界】だ。
地上では『迷いの森』や『神隠し』とも呼ばれる魔法の一つ。
(視覚系のスキルでもなきゃ、この結界は見破れない――)
地人の間で視覚系のスキルの多くが失伝しているのは、すでに確認済みだ。
霧は、分け入った騎士たちを少しずつ、気づかぬうちに分断していく。
そして――、予め目をつけてあった六人を、ある地点へと誘導する。




