第01話:天資の学院
アレク・ライトニングは憂鬱だった。
背は高くもなければ低くもない。
腕力に長けているわけでもなければ、頭脳がそれほど明晰なわけでもない。
黒髪に赤い目。
今年、十五歳になったばかり。
ついでに、種族は〈神人〉――
天空の大伽藍に集った天人たちの間では、取りたてて何か特技がある種族でもない。
ひどく、普通。
それが彼だ。
今日は〈天資の学院〉の修了式。
子供には危険だからと、赤ん坊のころに封印されていた加護――つまり、【スキル】の封印を解いてもらえる日だ。
学院内において生まれ持ったスキルの話をすることは、彼らの担任の〈絶対支配空間〉というスキルによって『物理的に』禁止されていた。
子供たちに格差が生まれぬようにとの配慮らしいが……、どうだか。
例え学院内では話せないとしても、子供たちはもう大体がお互いのスキルについて知っている。
そして、ようやく大っぴらに話せるようになった今日、
「実はオレ〈神衣〉持ちなんだ」
とか、
「黙っていたけど、私〈聖女〉みたいなの」
とか、
修了証を片手に隠しきれない優越感をにじませ、大・暴露大会が始まっていた。
ちなみに〈神衣〉と〈聖女〉はどちらも超級上位~絶級下位に位置するスキル。
鼻の穴がさぞ膨らんでいそうな、誇らしげな声にも納得がいく。
「はぁー……」
アレクはついに溜め息をついた。
(そりゃ、俺だって〈神衣〉なんてスキル持ってたらさ。いつかは竜帝マケドロスの側近として、陛下の御前にはべることも、夢じゃないのに)
実際はそんな簡単なことではないのだが、まだ十五歳の彼がそう思ってしまうのも無理はない。
それぐらい〈神衣〉はレアなスキルだった。
少なくともここ百年近く、〈天資の学院〉の生徒には現れていなかった。
さらに言えば、持ち主の種族がまた際立っている。
母親はレアな〈冥神族〉で、父親は〈神獣族〉というダブルブリッド。
しかも父親は、竜帝の住まう天空の大伽藍に出入りを許されたエリート中のエリートである〈聖隷騎士〉と来ている。
(なんだよ、冥煌魔法を使える白豹の獣人って。属性がわやくちゃだろ。つか、本来だったら、種族が混じるのは好ましくないって歴史でも習ったじゃん。……まぁ、せいぜい浮かれているがいいさ。今日はお前が主役だからな)
天空に浮かぶ巨大な島全体を支配するこの国クァンルゥにおいて、子供たちが大人の仲間入りを果たす修了式は、全島あげて祝う慶事だ。
その日、〈神衣〉持ちの彼が生徒代表として竜帝からじきじきにお言葉を賜るのは、この上なく名誉なことだった。
「おい、アーレクぅ~! なぁに、暗い顔してんだよ~っ。ついに、オレたちのスキルが解放されるんだぜ。もっと明るい顔しろよ!」
と、アレクの視線に気づいた〈神衣〉の生徒はニッと笑ってアレクに駆け寄る。
「うるっさいなぁ! パルドゥス。俺は別に、スキルに期待なんてしてないの。そんな子供じゃないから」
ばんばん背を叩く手を払いのけ、アレクはまなじりを吊りあげた。
そう。
今アレクの心を最も泡立たせていることは、彼のような学院でも百年に一度の俊英が、なぜかアレクと気が合い、つるんでいるということだ。
〈神衣〉をもつ彼の名はパルドゥス・ダークライド。
褐色の肌に白銀の髪を持ち、後ろだけ長く伸ばした三つ編みにしている。
がっしりと引き締まった体躯は、喧嘩となればスキル持ちの大人相手でもそうそう引けを取らないだろう。
むろん、彼が自分を友と呼んでくれることは誇らしくはある。
だが一方で、出来のいい友人に、どうしようもなく劣等感をかき立てられてしまうこともまた、事実なのだった。
特に、〈聖女〉というこれまたド級のレアスキルを持って生まれたアレクの初恋の相手――
シルヴィア・フロイラインと一緒に、友人であるパルドゥスが竜帝の前に進むなんて日には、張り裂ける心がいくつあっても足りないのだ。
「そんなこと言うなよぉー。アレクぅー。お前のスキルだって、〈千里眼〉は〈透視〉や〈遠視〉系の最上位だし、〈順風耳〉も〈地獄耳〉系の最上位だろ?」
「ふん。甘いな、パルドゥス。お前がそんな愚にもつかない慰めをしてくると思って、それに対する反論は昨日のうちから用意している。まず、お前が言ったそれらのスキルはあくまで戦闘の補助に過ぎない。それらのスキルを持っている者の多くは、より上位の戦闘系スキルを持っていることが普通だ。
それに、最上位といえど、俺のスキルは級で言えばどちらも上級。しかも、俺はそれ以上のスキルを一つも持っていない。学院の中で特級以上のスキルを一つも持ってないなんて、俺しかいないんだ。絶望にぐらい気分よく浸らせろ」
「お……、おう」
アレクがきっとねめつけると、パルドゥスは気圧されたように後ずさった。
恐ろしいまでのマイナスオーラに、それでもパルドゥスはめげずに挑む。
「お前がそう言うんなら、別にいいけどよ。でもさぁ、別に戦うことだけが全てじゃないぜ? つか、この国は平和なんだから、戦うスキルなんていくら持っていたって、別に意味ないだろう」
だが、アレクは憐れむかのようにパルドゥスを見てため息をつく。
「……知らないのか? 先日の、天馬隊の失踪事件。あれ、『穴の巨人』にやられたんだぞ」
「えっ、あれって、そうなのか?」
「あぁ。大人たちはひた隠しにしているがな」
アレクのいう『穴の巨人』とは、クァンルゥ島からも見える海に空いた巨大な穴に住む巨人どものことだ。
彼らは竜帝による水の結界のおかげで穴の中から出ることはできない。
ただ、眷属を遣わしてクァンルゥ島の平和を脅かしたり、近くを通った天馬隊を投石で撃ち落としたりする。
彼らの目的はいずれ結界を破壊し、クァンルゥ島に攻め込むこと。
今のクァンルゥ島の平和も、たゆまぬ闘争によって守られているのが現状だ。
「俺のスキルに予知系の能力はない。いくら距離を超えて情報を得ることができたところで、時を超える力のほうが数段有利だし、汎用性も高い。俺じゃ、クァンルゥの力にはなれない……」
落ち込むアレクに、パルドゥスは何と言っていいか分からなかった。
アレクにはスキルなどとは関係のない、優れた資質や美点がいくつもあると、パルドゥスはそう信じているのだが――
あまり言葉を操るのが得意でない彼は、それを友人に伝えることが出来ない。
と、その時、アレクの服の端をつかむ小さな手があった。
「……ん。サンディ、お前、しゃべれるんだから言葉を話せよ」
アレクの服をつかんでいたのは、まだ五~六歳ほどに見える美幼女だ。
大きくくりっとした、何を考えているのか今一つ掴めない目で、アレクを見上げている。
サンディと呼ばれた薄紫の髪をした幼女は、実はアレクと同じ学年の十四歳だ。
というか、一昨年辺りまでは、アレクと同じぐらいの背丈だった。
その頃の美少女っぷりはクァンルゥ島に冠絶するもので、足の裏まで伸ばしていた髪の隙間から見える面差しに、ため息をついた男は百人単位でいるだろう。
「もう、分かってるよ。恥ずかしいなぁ。お前がそう思ってくれるのはありがたいけどさ、実際問題、俺は戦力にならないわけだから」
彼女は一言も発していないが、アレクには意志が伝わっていた。
これはスキルではない、彼女の種族特有の力だ。
目にかかるぐらいの前髪の間から、二本の触覚が生えている。
両側頭部にお団子のような複眼――にも似た魔力を感知する器官がある。
背中には薄く透き通った美しい翅が生えている。
お尻のあたりでは蜂の尻尾が、機嫌のいい子犬のように小さく揺れている。
彼女の種族は十歳を過ぎる頃までは〈神人族〉と同じ見た目だ。
その後、長い髪に繭のようにくるまり、高濃度の魔力に身を浸すことで、新たな器官を得る。
一度生まれ直したことで、彼女の姿は幼女にまで戻っていた。
サンドラ・カー。
彼女は〈翅神族〉の長の娘だった。
「んもうっ、分かったよ。落ち込むのはやめるって」
ただじっと見上げ続けるサンディに根負けし、アレクは言った。
サンディはようやく手を離し、何を考えているか分からない顔のまま、それでもどこか満足そうに小さく一つ頷く。
と、その時だ。
決して地震など起こるはずのない、天に浮かぶ島・クァンルゥ島を、大激震が襲ったのは。
「なっ、なんだ!?」
パルドゥスが叫ぶ。
「サンディ! 伏せて」
アレクはサンディを抱え、頭を低くした。
修了式の会場は、正確に削られた直方体の巨石を積んだ講堂である。
突如、講堂全体を襲った激しい揺れにより、壁の中ほどの巨石が一瞬で八割ほど飛び出し――わずかばかりの引っかかりを残して止まった。
それを見ていた生徒たちが一様に息を飲む。
ほっとした空気が広がったのも束の間、更なる揺れが襲い、巨石はやけにゆっくり宙を舞った。
同時、講堂の壁が一気に崩れ落ちる。
「っぶねぇ!」
修了式を待つ生徒たちの誰もが立ち上がれずにいた。
そんな中、パルドゥスだけが反応し、あわや巨石の下敷きになるところだった〈聖女〉シルヴィアを抱えあげる。
「きゃああああああっ!」
刹那、女子生徒の悲鳴がこだました。
揺れはなおも断続的に続いており、壁際にいた男子生徒の一人が巨石に下半身を潰されている。
講堂にいた二十八名の生徒たちは、瞬く間に混乱のるつぼに叩き落された。
◇書籍化を夢にがんばってます!
皆さまのブクマや評価PTでランキングが上がって、書籍化の夢に一歩近づけます。
この作品の続きをもっと読みたいと思ってくれましたら、
ブックマークしていただけると嬉しいです。




