表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双界と無環の魔術師(仮)  作者: 三叉霧流
第一章 『大罪と恐怖の停滞』
7/9

乗り越えたい壁

(畜生! 畜生!!)

 ツナグは木刀を振るう。兵舎の広場の端で、自分を呪いながらただ雑念のままに木刀を振っていた。


 いつもなら自分に剣を教えてくれた師匠の言葉を思い出し、綺麗な軌跡を描く木刀は乱れたツナグの心のままに滅茶苦茶だった。


 弱い、自分はなんて弱いんだ。

 まるでその木刀の先に自分がいるように、自分を叩き殺すように眉を歪めて振るう。

 惨めな自分が恥ずかしくてたまらない。侮辱や笑いの種にされるのには慣れている。自分でも心が弱いから神印を授からないことも分かっている。

 だが何よりも迷惑をかけた。自分の弱さが率いていくはずの隊の足を引っ張り、気遣われて任務から外された。


 そのことが頭を巡り、血が迸るように熱くなる。

 自分は弱いと諦めていた心に激しい憎悪が浮かぶ。


 嘲笑が平気? 弱いから神印を授からない?

 違う!!

 自分が何もしなかったからそう自分を慰めていただけだ。

 自分を心配する人たち、自分に憤る人たち、自分を嘲笑する人たち。

 その人たちが思うことはただ一つだけ。何もしない、何も生み出さない自分(ツナグ)へ向けた感情。


 本気で何かをしようとしている者には、そういった人たちは何も言わない。真剣に向き合って結果を出すほど彼らは声を小さくする。


(クソ! クソ! クソ!)

 ツナグは自分へ唾を飛ばし、憎しみの声を上げる。

 自分は結果を出すまでも至らない。自分は向き合おうともしなかった。


 だからこそ自分が憎い、恥ずかしい。

 すでにどれほどの時間、素振りをしたかわからない。

 全身が汗でまみれ、力んだ手には血がにじむ。

 その不快感、その痛み。

 それが自分にとって一番の薬でもあるようにツナグは木刀を振り続けた。


「なんだ、貴様。そんな無駄なことをしているのか」

 ツナグは後ろから声をかけられて、初めて木刀を止めた。


 振り返って自分への憎悪の顔のまま相手をにらみつけ、激情のまま声を上げる。

「五月蠅い。黙れ」

 その言葉にスッと相手の目が細められる。鋭利な目がまるでナイフのように研ぎ澄まされていた。

「ほぅ。俺にそんなことを言う奴も珍しい。それが元神童の落ちこぼれのレイナードにとはな」


 ツナグ・レイナード。

 その名は大陸中の人々が知っている。一つの都市を滅ぼした未曾有の厄災、【魔災】唯一の生き残りで、その厄災を引き起こしたといわれている西の賢者マキシル・レイナードの息子。

 呪われし名であり、西の賢者が自分の息子だけを守ったとされ、疎まれた存在。


 ツナグに声をかけた者が近づいてきた。その目は青く冴え渡り、手にはツナグと同じ訓練用の木刀が握られている。二つの月に照らされ、上質なシャツと黒いズボン。


 その者は今朝会ったばかり、一時期は一緒の屋敷で暮らした同年代。


 イギル・ドルガーク。

 この都市を牛耳る議長の息子。ツナグと同い年にして、すでに軍部の士官を約束されたエリート。

 ただの七光りではない。その実力は誰もが認めるほどに高く。13歳にしてすでに神印の二重刻印を手に入れようとしていた。


 イギルは木刀を下段に構えた。

「謝罪しろ。さもなくば腕の一本は貰う」


「黙れと言った」

 なおもツナグは感情を抑えられない。


 彼は今ここではどんなことにも逃げたくはなかった。たとえ相手がこの街の議長の息子であっても自分が放った言葉を取り下げる気はない。

 弱い自分を見たくない。憎い自分の声など聞かない。


「面白い―――」


 イギルはツナグに構えをさせる間もなく動く。地を這うように駆け、飛ぶ弓矢のように速い。

 早さに慣れていないとその一撃はおそらく防御も回避もできずに、顎が割られているだろう。回転を加えたイギルの木刀で風がか細い悲鳴を上げた。軌跡は無慈悲に下段から斜めに切り上げて、無礼な言葉をしゃべる口を割ろうと襲う。 


 対して、ツナグは正眼に構え、その動きを正確にとられていた。

 そんな動き(・・・・・)では彼の目から逃れられない、その狙いはバレバレだ。

 わずかに上体の位置をずらし、風がツナグの前髪を揺らす。

 一撃を回避したツナグは、開いたイギルの脇に一刀をたたき込む。

 風に乗ってイギルの舌打ちがツナグの耳をくすぐる。


 イギルは最初の奇襲が回避されると同時に後ろに下がっていた。

 が、その動きに追随してツナグは一歩踏み込み一撃目を放っている。

 イギルの足はまだ地面に接地して間もない。後ろに下がることは不可能。

 だからこれは、完全にツナグの勝利―――。


「甲」

 勝利を確信したツナグの耳にその言葉が刻まれる。


 カン、と木刀が甲高い音を立ててイギルの脇腹にたたき込まれた。その音は肉を叩くような音ではない。骨が折れる音でもない。

 それは硬い鉄を叩くような音だった。

 木刀を持つツナグの手が痺れた。気合いを入れていなければ木刀を落としていただろう。

 やはりかと、ツナグはくじけそうになる。どうしても勝てない。その壁は自分には高すぎて、乗り越えられないのかと一瞬、絶望しそうになる。

 だが、ツナグは腹に力を込めた。心臓にある心に火をくべた。

 今度はツナグが後ろに下がり間合いを広げ、構える。

 もう逃げない。自分が倒れるまで打ち合う、と心に決めて。


 青い瞳を苛立たしげに燃えさせている一人の少年は、その動きを見ても追撃をかけなかった。ただツナグへ言葉をかける。

「クソ。結局、【神印】(サークル)を使わなきゃお前に勝てねぇのか。ムカつく野郎だ」

 イギルはたった一合の攻防で力量の差を痛感していた。

 剣技でツナグに負けている自分に苛立った。

 自分はこの鉱脈都市を率いていくと定められた者だ。それに答えるために決して怠けてなどいない。自分の背にはドルガークの家名とこの都市がのし掛かっている。

 それに潰されるなど死んでもごめんだ。

 むしろ自分がこの都市を潰して上へと上っていく。

 そう信じて生きてきた。そう思いを熱くして日々、教養を身につけて稽古に励んだ。

 だが、目の前にいる神印を授かることもできない弱者に何故負ける、と怨嗟が心を曇らせる。苛立ちが黒い怨念のように首元にまとわりつく。

 先ほどまでぎらついていただけの目が凶悪になる。

 その怒りをツナグに向ける。殺気すらこめた目でツナグを見ながら口を歪ませた。

「だったら見せてみろ。技で【神印】(サークル)に勝てるかどうかをな」

 そう憎しみを込めた声を聞いて、ツナグは覚悟を決めた。


 ◆◆◆


 【神印】(サークル)

 それは神の恩恵を形にした祝福だ。言い伝えられている神々を祭る教会や神殿に行き、その信者であることを誓ってその力を得る。

 刻み込まれた神印は一つの(サークル)を描く。その円に魔力を循環させて人は自分が扱える魔力を効率よく魔術に変えることができる。刻み込まれた神印の複雑さによって使用できる魔術が増え、魔術の威力が上がっていく。

 先ほどツナグの一撃を耐えたイギルの体は、肉体を短時間の間、金属のように変質させる神印による魔術。

 そして、神印はある壁を超えると、一重(シングルサークル)から二重(ダブルサークル)へと円が増える。さらに術式が複雑化し、飛躍的に魔術の力が上がる。

 ただ、その神印を授かるためには、一定以上の魔力容量と心の強さを必要とする。神は心の強い者、壁を乗り越えようとする者だけに恩恵を与えた。

 ゆえに、規定魔力容量を保有しても神印を授からない者は、代わりに【弱者(ゼロ)】の烙印を刻まれることになる。

 エルード大陸では戦闘で神印の使用は卑怯なことではない、使えない者が弱いだけだ。使えない者は戦いの場にいるべきではない。

 

 ◆◆◆


 イギルは二重神印(ダブルサークル)に手が届きそうな熟練の魔術士。

 その神印は複雑な術式図を描き、多彩で強力な魔術を使った強さは明らかに【弱者(ゼロ)】のツナグの遙か上にある。大地母神ヴェルーサの恩恵を受けているイギルは、飛躍的な肉体強化、体の一部を金属に変質させての防御あるいは攻撃、大地を使って石を弾丸のように放つ遠距離攻撃、相手の地面を変形させて地面に縫い付け身動きを束縛するなど魔術の範囲は広い。しかも神印の中に刻まれた魔術は短い呪文で起動できる。肉体の操作だけなら意識を向けるだけだ。

 そもそも、二重神印は13歳で得られるような物ではない。才能を持つ者がそれこそ20年か30年をかけて得るようなもの。イギルの歳で手が届くだけでも天才の範疇に収まる。とはいえ、その届きそうなのと、届いたのでは力の差は歴然である。

 しかし、神印を持たないツナグでは話しにもならなかった。


 ツナグは激しい攻撃を受け防戦一方だった。体中にアザができて、何度も後退していく。イギルはそのたびに少し間を開けて、ツナグが体勢を整えるのを待っていた。

 完全にツナグはイギルにもてあそばれる。

 肉体強化で轟然と唸る一撃を受けて、ミシリと互いの木刀が軋む。

 ツナグも体内の魔力を操作して肉体強化は可能だ。彼ができないのは外部へ魔術を放つこと。体内の魔力を繊細に操作して、受ける一撃に耐えるように肉体を調整はできている。

 が、相手は神印によって飛躍的に速い。目で追うことはできても体がその速度について行かない。歯がゆい思いをしつつ、一撃を身に浴びる。

 イギルはツナグを嬲るために力を加減していた。骨が折れる一歩手前、肉体が損傷して気を失ったり、倒れないように上手く合わせている。

 それはツナグの心が摩耗するような戦いだった。

 自分の攻撃が無駄だと分かっていても、自分が遅くて攻撃を食らうことも。そのすべてに苛立ち、自分の無力さを痛みとして身に染みて、それでも守らなければならない、打ち込まなければならない。

 ツナグはイギルの攻撃を木刀で防ぎながら笑った。単純に楽しいと思った。


 つばぜり合いの中、

「―――何故笑う」

 その顔を見てイギルは問いかけて鋭くツナグをにらんだ。先ほどまでの嘲笑のような口元のゆがみはない。

 イギルはぞっとしたのだ。

 自分がツナグの心を折り尽くすつもりで嬲っているのに相手が笑い出し、気が触れたのかと思った。

 いや、違う。

 笑ったツナグの瞳に、自分を飲み込むまでの火を見た。

 

 ツナグの心は熱く燃えている。絶対的な敗北の中で、心が喜んでいる。

 この三年間(・・・・・)でここまで自分が本気でぶつかった相手はいないかった。魔術も使えなくなり、すべてから逃げて弱さに閉じこもっていた自分をここまで全力になることがなかった。

 それは歓喜。

 自分を開き、全力でぶつかる喜び。

 自分への怒りで滅茶苦茶に木刀を振り回してた先ほどまでとは違う。自分の憎悪へ向いていた激情が、目標(イギル)へと流れ込んだ開放感だった。

 だからツナグは素直に答える。

「楽しいから」


 イギルはその言葉に全身が逆立つような怒りを感じた。

 楽しい?

 何が楽しいというのだ、と。

 嘲笑で口を歪ませながらツナグを嬲っていたイギルは、それが楽しいと言われて気味の悪さよりも今まで感じたことがないほどの憎悪に身を焦がした。

 自分でもそれが何かなんてわからない。

 ただ、心が身を突き動かす衝動のままにつばぜり合いを解いて、大きくツナグから離れた。


「―――手加減はやめだ。言葉の通り、腕一本を貰う。

     起きろ、【固有神印(ドルガーク・サークル)】」


イギルの強さを再考中です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ