戦力外通告
気がつくとツナグはガタガタと揺れる台のようなものに乗っていた。
目を開けると夜空が広がっている。星が無数に散らばり、青い月と少し小さい赤い月が浮かんで幻想的に綺麗だった。
(僕は何をしてるんだろう?)
頭はぼんやりとして思い出せない。固い台で寝ていたためか体中がぎしぎしと軋むように痛かった。
「起きましたか」
ツナグがその声の方を向くと、教官が困ったような心配そうな曖昧な顔で聞いてくる。
「あ、はい。あ・・・」
教官の顔を見て、ツナグは口を開けたまま顔からさっと血の気が引き、顔に冷気を当てたような冷たい感触が覆う。ツナグは慌てて体を起こした。
真っ青になったツナグの顔で教官は苦笑を浮かべる。
「まだ寝ていなさい。任務は一旦終了。また明日の朝一からですよ」
周りに目を向けると、自分は荷車で運ばれていた。その荷車を運んでいるのは小隊のメンバーだ。彼らは様々な顔でツナグを見ている。いや、一人、ムスッとしてツナグの顔も見たくないと言う者もいた。
「ご、ごめん! みんな」
「まぁー全員に飯をおごりだな」
疲れた顔をするも苦笑しながらベノンがそういった。
「リーダー、君はこの任務に向いていない」
逆に疲れた顔を微塵にも感じさせないシャノンは一言そう言って口を閉じて前を向く。
困った顔を浮かべているのはライアスだ。何を言っていいか分からずに黙って力強く荷車を押していた。
一番の問題は、ベーリ。彼女は気がついたツナグを身もせずに荷車を牽いてる。
(情けない・・・なんて情けないんだ)
ツナグは唇を噛んだ。
ベーリがいま思っていること。それはきっと小隊のメンバー全員が思っていることだ、とツナグは感じていた。
何よりも自分が一番痛感している。
軟弱。心が弱い。
魔物の死体の海を見て気絶していたら任務なんて何もできない。
自分の心の弱さがすべての原因だ。
自分がほんの少しでも強ければ。
肉体や魔力ではない。
ほんの少しでも心が強ければ、迷惑をかけることも誰かの期待を裏切ることもしなかった。
これでは自分の才能なんて宝の持ち腐れだ。できることなら才能を誰かに譲りたかった。
ツナグは自分を激しく責めながら、責めても何も解決しないことを知っていた。
だが、そうしなければ自分の気持ちをどこに持って行けばいいのか分からなかった。
自分は悪くないと開き直ることも、いつか強くなってやると希望を胸にすることも思いつかずにこのまま自分の心臓を引き裂きたいとさえ思った。
心臓を引き裂き、魂ごと消えてなくなりたいと思った。
「それもそうですね。確かに遺跡内はまだ余波が起きることもあります。安全を優先すると、ある程度片づくまでツナグを任務から外した方がいいですね」
教官は優しい微笑みを浮かべていた。その瞳は優しくも、ツナグの意見を拒否するような冷徹な光を帯びている。
その目を見た瞬間、ツナグには次の言葉が出なかった。
ただ、頷く。
それが誰にも迷惑をかけない一番いい選択だと自分でも分かった。
「はい、わかりました・・・」
ツナグの拳は固く握り絞められ、真っ白になっていた。
◆◆◆
それはツナグにとって針のむしろに座らされているような気持ちだった。
任務が終わった後の着替えとシャワー、食堂での食事。
いつもなら口々に疲れたと話しながら過ごす楽しい時間がすべて苦痛になった。小隊のメンバーは午後の任務で疲れ果てている。口数も少なくなるのはしかたがない。
しかし、ツナグにはその口数の少なさも自分のせいだと感じていた。
ベノンだけはいつものようにくだらない話をしていたが、ツナグを気遣って任務の話はしない。どこの食堂で可愛い子がいるや、どこの屋台に美味いものがあるかに話題を絞っている。
そんな親友の気持ちは嬉しくも、ツナグには逆効果だった。
話しかけられるたびに惨めになっていく。
「どこ行くんだ?」
ツナグが訓練用の木刀を手にして部屋を出ようとするとチェニック姿のベノンがベッドから声をかけた。
「ちょっと稽古に行ってくる」
「そうか。早めに帰ってこいよ。明日は朝―――。いや何でもない」
ベノンはバツが悪そうに言い直す。
その顔を見てツナグは、ごめんと一言いって廊下に飛び出した。