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双界と無環の魔術師(仮)  作者: 三叉霧流
第一章 『大罪と恐怖の停滞』
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おかしな人

 ツナグとベノンは走っていた。ベノンが先行し、最短かつ人の少ない場所を選び全力で走っていた。

 時間がない。のんびり早足でいけば集合時間に完全に間に合わない時間だった。

 暑い。走ると額や脇からから汗が吹き出て、体につたう。ツナグは儀式服なので余計に汗をかく。へばりついた下着が気持ち悪かった。


「ふむふむ。君たちはこの都市の兵役で従軍しているのか。ならしかたがないねい」

 その二人が走っている横を涼しい顔で並走していた眼鏡の女がのんびりと話していた。


(この人っ! どこまで着いてくるんだ!?)

 息を切らしながらツナグはそうぼやいていた。

 魔銃屋でよくわからない旅の誘いを断り、予定があるからと逃げるように振り切ったつもりがしつこくつきまとう。

 横目でちらりと見ても、日に焼けていないどう見ても運動不足の女性が少年とは言え日々訓練に励むツナグ達についてこられるのは不思議な光景。

 だが、それも彼女が神印を授かっているからこその光景だ。


 ベノンはその女性がタイプではないためにすでに無視している。

「少年、少年。君は私の魔方陣を古代魔方陣の一種といっていたが、君は【疑似神印】を勉強したのかい?」

 ツナグはその質問を無視しようとするが、できない。

 彼女は無視されたとわかるとツナグの服をグイグイ引っ張って走る邪魔をする。それもまったく悪びれず。

 タチが悪かった。


「し、知りませんっ!」

「それおかしい。私は【疑似神印】の着想を得てアレを描いた。君が三次元と言っていたのは間違いない。やっぱり知っているじゃないかい? ねぇ、ねぇ」

 ツナグはつんのめりそうになる。神印で肉体強化した女が引っ張るのだ。服が嫌な音で悲鳴をあげる。神印を持たないツナグには抵抗できなかった。


(めんどくさっ!)


 心の中で叫ぶが、時間がない。急ぐためには走らなければならない。それに遅くなるとベノンに放置される可能性だってある。

 ツナグはとうとうこの人の質問に答えなければならないと痛感した。


 通りを横切る瞬間は、人通りが多いので急ぐ速度も緩やかになる。ツナグはその時を狙って答える。

「秘密です」

 人混みの中を歩きながら軽くあしらったツナグに、何故か感慨深い顔をしてその女性は頷いた。

「ふむふむ。秘密とは興味深い。秘密、未知、謎! 心が躍るね! アハハハハ!」

 急に笑い出した彼女に二人どころか道行く人も驚く。

 しかし、次の瞬間にはその笑みを完全に消して真面目な顔。あまりにも急制動が激しすぎて二人にはついていけていない。

「で、君は私の魔方陣の欠点を簡単に指摘したが、数年かけて自分で研究しないとあのような論理展開は不可能だ。そして君の見た目だと神印を習得する年頃。つまり、君は人為的に神印を作り出そうとしていたのかい?」

 

 その言葉にツナグは顔からサッと血の気が失せた。

 まずい、と焦る。

 おかしな人だが鋭い。ツナグがしようとしていた禁術を指摘されて思わず口から言葉がでた。


「秘密です!」

「秘密、未知、謎! 心が躍るな! アハハハ! ふむ、私は君に興味が沸いたよ。さあ名前を教えてくれないかい?!」

 がばっとツナグの襟を握りしめて彼女は顔を近づける。

 ふんふんと生温かい空気がツナグの顔にかかる。

 鼻息が荒かった。


 ツナグはおかしな人から逃げようと思ったが無理だった。完全に拘束されている。

 そして彼女が手を離してくれないと、兵舎に戻れない。

 降参だった。


「ツ、ツナグです」

「ツナグ、すさまじく記憶にあるような。・・・・・・もしやあのツナグ・レイナードかい?」

 彼女の目が大きく見開かれて、信じられない未知の生物を見たように放心して聞く。

「・・・・・・はい。そうです」

 ツナグは警戒した。自分の名前は大陸中に広まっている。魔災で救出されて、ドルガーク家の屋敷で過ごした一年間はそれこそ地獄のようだった。連日の嫌がらせや脅迫状、そして亡くなった人々の遺族からの非難の嵐。だいぶそれがマシになったとはいえ、未だに悩まされている。


 そんなツナグの警戒をよそに彼女は小躍りしそうなほど嬉しそうに笑った。

「私はいま、あこがれの人に出会ってる!」

 ツナグはキョトンとした。非難されてるのは慣れているが、あこがれという言葉は初めて聞く。

「憧れ?」

「そう! ツナグが書いた『魔方陣における相似形を用いた術式要素の収斂効率』は素晴らしかった。六年前に初めて読んで漏らしそうになったよ」

 

 ツナグは懐かしい本のタイトルに心が温かくなる。あれは父と話していたら思いついて衝動的に書いた本だ。出版こそしなかったが、図書都市の大図書遺跡に自動保存されて人の目に触れるようになった。

「あれ?」

 ツナグは声を上げて首を傾げる。

 あの本は公表するつもりがなかったので自分の名前を書いていない。自動保存される場合も、タイトルの著者欄は空欄のはずだ。

 ならば、何故この人は自分が書いたと知っているんだ、と。

 

 ツナグが僅かに自分よりも背が高い彼女を見上げると、そこには好奇心旺盛な瞳をくるくるさせている女性がこちらを見ていた。


 ツナグはいい知れない悪い予感を感じつつも尋ねる。

「どうして知っているんですか? 僕が書いたって」


 ん?、とツナグを不思議そうに見た彼女は、ああ、と納得した。

「言ってなかったかな。私の名前はエーリス・ノベラート。君と同じあの【魔災】で滅びた結晶都市の出身さ」


 その言葉。いや、ツナグの目に映る彼女の顔は、まるで魔災なんてなんでもないと言わんばかりに涼しげだった。自己紹介でたまたま同郷だった、と付け加えるぐらいの。

 それがツナグにとって、気味が悪い。

 非難される、泣きつかれる、無視される。

 それが当たり前だった彼は、涼しく言い放った彼女が違った生き物みたいに見えた。

 

 ツナグはエーリスから顔を背けて、

「すみません、急いでいるんで僕達は戻ります。いこう、ベン」

「あ、ああ・・・」

 突然、態度が冷たくなったツナグにベノンは戸惑いつつも彼の後を追いかけた。


「ふむ。私ももどらなければ。ではまた会おう、ツナグ」

 後ろから聞こえたエーリスの声にツナグは最後まで返事を返さなかった。


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