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双界と無環の魔術師(仮)  作者: 三叉霧流
第一章 『大罪と恐怖の停滞』
2/9

大罪人の息子

 統一歴1300年、初夏。


「ああああああああああ!」

 真夜中の兵舎に絶叫がこだまする。

 彼は不快な汗に濡れた体を起き上がらせて、呆然と震える手を見た。

 バクバクと鼓動を高くして耳の中まで五月蠅い。

 ヌルリ、と背につたう汗が彼にここが現実だと教えてくれる。


「オイ! ツナグ、またかよ!」

 隣で寝ていた親友のベノンが苛立たしげに起き上がり不満げに怒鳴った。


 その声で呆然としていた彼の頭が動き出す。

 ベノンは孤児院時代からの友達だ。自分がときたま夢にうなされて叫び声を上げるのはよく知っていたがここ最近でその回数が増えている。疲れた体にとって睡眠は最高の癒やしだ。それを悲鳴でたたき起こされてはかなわない。

 ツナグは申し訳なさで胸に手を当てて小さくため息をついた。

「悪い、ベン」

 そう一つ謝るとベノンは、たく、と鼻を鳴らしてまたベッドの毛布にくるまった。


「リーダー。明日、朝早いんだからいい加減にしてよね・・・」

 寝ぼけた女性の声を聞いてツナグが反対に目を向けると、兵舎の中にいた隊の三人の仲間が不満げな目を向けていた。

「ごめん、みんな」

 ツナグが力なく謝って彼らはそれぞれもぞもぞと体を揺らして寝直す。


 ツナグは息を殺して彼らがすうすうと穏やかな寝息を立てるのを聞いていた。

 窓に目を向ける。

 外は真夜中。

 蒼と赤の月が夜空を照らし、見慣れた街並みが広がっている。見慣れているが夢で見た懐かしい街とは全く違う。

 夜空に向かって高い煙突を伸ばす高炉の群れが、昼夜問わずにモクモクと煙を吐き出していた。それはまるで誕生日用のショートケーキに刺さる蝋燭のようだ。

 そして、その高炉の煙突の真ん中にそびえる大きな塔。

 夢の中では崩れてしまったあの塔がこの鉱脈都市には存在する。


 それを見ながらツナグは何度もここは大丈夫だと自分に言い聞かせた。それでも、もう一度同じ夢を見ない保証はない。

 不安にかられながらも彼はベッドに身を任せる。

 その手は首にぶら下げた形見のペンダントを握りしめている。


(駄目だ、早く寝ないと。明日は月に一度の魔力量検査と合格した者には神印の儀式がある)


 ツナグは目を閉じた。

 その夜は一睡もできなかった。


 ◆◆◆


 朝の空は快晴で、雲一つない気持ちのいい日差しが窓越しに降り注いでいた。

 兵舎の廊下。まだ神印を授かっていない者たちがパラパラとヴェルーサ教会の聖堂へと向かっていた。神印という神の恩恵を授かることができるのは、兵役期間にいる訓練兵のおよそ半分ほど。少なくない数の訓練兵たちが今回こそはと意気込みを宿したり、すでに諦めて友達と午前中に遊びに行く話に花を咲かせている者達もいる。魔力容量検査に不合格になれば午前中は暇になる。検査は朝早くから始まるが順番を守ればすぐに終わる。一番時間がかかるのが儀式だ。いちいち儀式のために一人ずつ念入りに沐浴をして、儀式用の服を着なければならない。


 ツナグは検査に向かう人たちの間に紛れて、一人で廊下を歩いていた。

 彼はこの都市には珍しい黒髪と黒い瞳で、顔つきはまだ成長途中の幼さを残した中性的。身長は隊の中で真ん中で、13歳の平均身長のまま成長中だ。服装はいちおう魔力容量検査は兵士の正装でなければならいので、訓練兵を示す緑色の学ランのような詰め襟の服に、硬いズボン、足元は編み上げの軍長靴。身長の割に手足が長いので童顔にしては様になっていた。

 だが、表情が暗すぎてそこに目が行ってしまう。


 彼は憂鬱だった。

 自ずと顔に陰りが出て、聖堂へと向かう足が遅くなる。憂鬱なときに一人で歩いていれば考えはどうしても悪い方へと転がっていく。

 一人なのも、彼が所属する小隊のメンバーと検査の順番が合わなかったからだ。まだ誰も神印を授かってはいないが、検査の順番は市民登録順で行われる。小隊のメンバーはその順番にしたがって、バラバラに部屋を出ていた。ツナグが一番最後。

 

 兵役についてすでに一年と一ヶ月が経っていた。その間に検査を13回は受けており、神印の儀式も毎回同じ判定。今回も同じ結果になることは見えていた。

 なら、あんな居づらい儀式なんてしなくてもいい。魔力容量検査も神印の儀式もせず、せっかくの午前中の休みを使って街に遊びに出たい。


 初夏ならそろそろ果実がたくさん売りに出される。

 甘い菓子は高すぎるので、ツナグがとれる糖分といえばもっぱら果糖になっていた。それでも絞りたての果実汁(ジュース)は格別。神印の儀式をサボれるなら奮発して屋台で串焼きや野菜やソーセージを挟んだバゲットでも食べることもありだ。質素で味気ない兵舎の食堂の料理はどうしても孤児院の食事を思い出す。慣れているといえば慣れているだがそれでは欲求が満たされない。比較的我慢強いツナグでも体は味の濃いものを求めている。

 そんな風にツナグは現実逃避をつつ、下を向いて鉛のように重い足を動かしていた。


「おい」

 と、声が後ろから聞こえる。

 ツナグは自分とは関係ないとでもいうようにそのまま進む。こうした兵舎の廊下を一人で歩くとだいたいあまり嬉しくないことが起こるので、無視することにしている。すでにここまで来る間で、ツナグの陰口をいっている人の話が何度か耳に入ってきていたが、知らないふりをするのが一番だった。

 ベノンとはそれで仲良くなったんだっけと。ツナグは思い出した。初めて訪ねる孤児院で盛大な喧嘩をして友達になった。


「ツナグ。貴様だ」

 せっかく懐かしい回想をしていたのに、台無しにされてツナグは悔しい思いをしつつも振り向いた。


 そこには三人の訓練兵がいた。

 目を惹くのはその中でも真ん中の立っている少年だった。輝くようなブロンドを流し、目つきは鋭くも、青い瞳は優雅なナイフのような気品を閉じ込めている。顔立ちは驚くほど整っており、訓練兵の中でもずば抜けた美男子。だが、プライドの高さと刺々しい雰囲気で誰も近づけないとでもいうような趣がある。

 それに服装はツナグとは違っていた。訓練兵である緑の服ではなく、士官候補生の深い紺色。その軍服に金のボタンや肩章がつけば士官となる。

 しかし、ツナグに声をかけたのはその人物ではなかった。

 その隣にいる士官候補生の服を着た大柄な人物だ。体が大きく顎が四角。頬骨も出ているので印象は巌のような、とでもいうべきか。どうみても13歳には見えない。20歳を超えていそうな顔立ちだった。

 その男はツナグに憤然としていた。

「ツナグ、貴様はイギル・ドルガーク様に挨拶もしないのか。【魔災】の大罪人の息子をこの都市に保護したドルガーク家への恩を忘れてはおるまいな」

 鼻を膨らまし古めかしい物言い。

 

 ツナグは魔災の大罪人という言葉に反応する。

 歯を食いしばった。右の拳が震えて、殴り倒したくなる衝動を抑えるために反対の手で腕を押さえるしかなかった。

 命をかけて街を守ろうとした父を侮辱されたのだ。

 だが、それを何度声高に叫ぼうと魔災は人災だ。地下遺跡の管理を怠ったが故に起きる。そしてその責任は、都市の代表者であるツナグの父へ。


「ほう、やはり忘れたと見える」

 大柄なその男は、目を細めてツナグの拳を見た。ちらりと怒気がその体を一回りも大きくさせていた。

 ツナグとその男が無言でにらみ合う。


「そのような雑魚とやり合うなど時間の無駄だ。いくぞ、ウィルド」

 と、その仲裁に入ったのは黙ってやりとりを聞いていたイギル・ドルガークだった。彼は不快な顔をしながら灰を振り払うように手でウィルドを制す。

 そのままイギルはきびすを返した。連れだって歩いていた二人を残して、自分の部屋の方へと先に歩いて行く。

「はっ!」

 ウィルドはそう短い返答をして、振り向きざまにツナグへ声をかけた。

「貴様は守られている自覚を認めろ、ツナグ・レイナード」

 ウィルドはそう言い残してイギルの後を追いかけた。


(守られているだと・・・? 僕が魔術を使えないと分かって孤児院にいれたドルガーク家に何を守られているって言うんだっ!)

 ぐっと怒りを抑えながら、ツナグは心の中でそう叫んだ。


 憂鬱と怒り、それが腹の底でグツグツと煮えながらツナグは窓の外から差し込む太陽のまぶしさに目を細めた。

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